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6話
しおりを挟む遊んだあと、プールから上がってふと目をやると、俺の姿がガラスに反射していた。その姿を見て、俺は全身から血の気が引くのがわかった。
「な! なっ! あ!」
俺はそのままその場にしゃがみ込んだ。
「どうした?」
まだプールを楽しんでいた高梨課長がこちらに目をやる。
「み、見ないでください!」
——Ωらしくしないとね。
親の言葉が蘇る。
見合いに行く前、仲人と親に無理やり着替えさせられたことを思い出した。
俺の着ているフリルのついた白いシャツからは、Ωたちが好んで着るというレースの下着が透けていた。
Ωの過敏な乳首を守るという名目で商品化されたらしいそれは、繊細な白いレースで、俺の胸を覆っていた。
急に現実に引き戻される。こんなものを着ている自分をおぞましいとさえ思う。
そしてその姿を尊敬する人に見られてしまった。
「宮間」
後ろから高梨課長の声が聞こえて、俺はびくっと肩をふるわせる。
ああ、ああ。
きっと見えている。見られてしまった。
しゃがみこんだ俺の背中には、きっと白いレースが透けていることだろう。
「恥じなくていい」
高梨課長がジャケットを拾って、俺にかけてくれる。俺はそのジャケットの裾を握って、歯を食いしばった。言葉が出なかった。
高梨課長は続ける。
「君が恥だと思うのなら、明日には見なかったことにしよう。ただ、今日だけ、今だけ言わせてくれ。——とても魅力的だ」
「……やめてください」
「私も君に秘密を打ち明けよう。——君が好きだ。一目見た時から、ずっと」
「まさか」
「本当さ。しかし、誓って、君の本意ではないことはしない。でも」
後ろから高梨課長が俺を抱きしめる。彼の吐息が耳にかかる。
「少しだけ、見せてくれ」
夏の太陽がこちらを向いている。熱に浮かされて、課長が俺のシャツの裾から中へと手を入れる。腹を伝って、上へと向かい、レースの上を撫でる。
「高梨課長……」
身を捩るが、彼の逞しい腕からは逃げだすことはできない。
「今だけ、名前で呼んでくれ。ここには誰もいない」
「あっ…」
指がレースの下に潜り込む。思わず吐息が漏れるのはΩの性なのか、それとも。
「課長、やめて」
αの匂いが強くなる。αの多くがフェロモンの量をコントロールできるのだと聞いたことがあった。いま、高梨課長はあきらかに俺に向けてフェロモンを放っている。
ゆっくりと、俺は振り返る。
水面には星がきらきらとゆらめいている。
その中心に立つ彼のなんと美しいことだろう。
どくん、と心臓が跳ねる。ああ、こんな時に、どうしよう、と思っても、もうどうすることもできない。指先から力が抜けていき、ぐらりと体勢を崩す。
俺の変化に、高梨課長は間違いなくすぐに気がついた。彼の発しているαの香りが強くなって、彼の腕に込められた力が強くなる。
「高、梨課長」
離れてくれ、というところまでは言葉にならなかった。しかし、彼は俺の意図するところを正確に理解した。
「宮間……すまない、無理だ」
謝罪が、合図だった。次の瞬間にはプールサイドに仰向きに転がされて、高梨課長に組み敷かれた。
ヒートの熱に浮かされた俺は、その鍛えられた高梨課長の上半身から目がはなせない。
俺のヒートの香りにあてられてしまったらしいαの目は獲物を見るように爛々と輝いている。
喉が、なった。
――だってΩなんだもん
親の言葉が耳の奥で聞こえた。Ωだから、仕方ない。熱が全身に広がって、俺の中でぷつりと理性の糸が切れる。
「高梨課長、俺……」
あなたがほしい。
俺のズボンが引き下ろした時、高梨課長は息を飲んだ。
俺は下にもレースの白いランジェリーを着ていたのだ。
「きれいだ」
お世辞だと思う。それでも、褒められたことに心が跳ねる。
つ、と彼の指がレースの裾をなでる。足の下腹をなぞり、足の付け根へと滑る。
「あっ」
声が出る。俺のそこはだらだらと白いものを吐きだし続けて、白いレースに大きなシミをつけていた。
「すごいことになっているな」
「あああ」
布越しに刺激されただけで、腰が跳ねる。
「も、だめ…」
焦らさないでくれ、という言葉を言い終わるより前に、薄いレースをずらして、そこに熱い棒が突き立てられた。
「あああ!」
「うっ、しまるっ……」
αの棒を、俺の体は歓喜とともに受け入れた。
「ああああ!」
そしてすぐに達してしまう。
しかしΩの体は貪欲だ。
「もっと、もっとぉ」
「……わかっている」
彼の腰が動き、俺の奥の奥を抉る。一突きされるたびに、俺のくだらない矜持がとけて、ただ彼とひとつになりたい気持ちだけで埋め尽くされていく。
Ωだとか、αだとか、いまはどうでもよかった。
ただ彼に与えられる快楽に酔って、揺さぶられていたかった。
「あああ! あっ……、ああ、あ、あ!! か、課長」
「名前で呼んでくれ」
「和仁さん……!! 好きです、あなたのこと」
「~~! 出るぞ…宮間!」
*
前回は1週間続いたヒートだったが、今回はαの精を受けたことで腹の奥底から湧き上がってくるような熱は冷めていった。いまは頬と、なぶられた秘孔がじくじくと熱を持っているだけだった。
Ωの体は精を受けると、ヒートがおさまるということを俺は初めて体験した。初めてのヒートの際に病院から受け取った冊子の内容を信じるならば、俺の人生2回目のヒートはこれで終わるはずだ。
俺たちは重なり合ってプールサイドに倒れ込んで、荒い吐息のままプールの水面を眺めていた。
ガラスから差し込む日差しが水面に反射している。絶望的な初回のヒートから比べると、明るい体験だった。
しかし、恥の気持ちだけは消えなかった。
俺が穿いていたレースのランジェリーが落っこちているのが見えて、俺は気持ちを吐露した。
「俺、矛盾していますよね。Ωとしての生き方に反発したくせに、Ωらしくふるまっているんです」
「人間なんてみんなそんなもんだろう。私だって、この仕事を続けて成功したい気持ちと、とっととやめて気楽にヒッチハイクの旅に出たい気持ちもある」
「ええ? ヒッチハイク?」
「人間は水晶なんだ。いろんな面がある。見る角度で光も変わる」
その言葉はすとんと俺の奥に落ちた。ずっと俺は俺をひねくれものだと思っていた。しかし、真っ向から否定されて、気持ちがいいくらいに納得した。
「そうかもしれません」
思わず、俺は笑い出した。
自分で自分がおかしかった。仕事を続けるために、Ωとして結婚しようとしていた。Ωらしく生きたくないがために、Ωらしくなってしまったのだ。まるで出来の悪い落語みたいじゃないか。
ひとしきり笑ったあと、俺は高梨課長に向き直った。
「ありがとうございます。俺、大事なことを見失っていました」
俺がお見合いを始めたのは俺が仕事を続けるためだった。
結局のところ、婚活は俺が俺らしく生きることを認めてくれる人生のパートナーを探すのが目的であるべきなのだ。
仕事はいまはもう俺のアイデンティティだ。
俺はΩであるが、ΩらしいΩを装うのはもうやめだ。
「あーあ、あの下着、高かったんですよ。『αを落とすレース』ってキャッチコピーで。信じられます?」
ここまで神妙に俺の様子を窺っていた高梨課長は吹き出した。
「なるほど、そしてまんまと私が落とされたわけだ」
俺は目を白黒させた。 それから、意を決した。
「俺、高梨課長のこと、けっこう前から好きです」
「そうか」
「驚かないんですか?」
「私はいい男だからな。君みたいな跳ねっ返りを受け止められるくらいだ。……いや、強がるのはやめよう。その言葉を聞けて安心した」
高梨課長は俺の首筋に指を這わせて、それから小さく「すまない」と謝罪した。首をかしげると、首筋を触られた。
首筋にはなんともいえない痛みが残っていた。
「俺、もしかして噛まれました?」
ヒートのときにαに首筋を噛まれると、番になる。俺がおそるおそる尋ねると、課長は悪びれもなく答えた。
「噛んだ……かもしれないな」
俺はくわっと目を見開いた。
「はぁ!? 信じられない! 人権侵害だ! 結婚は合意に基づくという日本国憲法違反だ!」
「人聞きの悪いことを言うんじゃない。さっき同意はとれた」
「でも」と言いかけて、飲み込んだ。同意、した。たしかに。俺は顔を赤くした。
高梨課長は続ける。
「何か不都合でも? 君は仕事を続けられる。ただ、私は、ちょっとだけ、重いんだ。しかし安心してくれ。自重もできる。君次第で」
狡猾なαの目線に、俺は縮み上がった。
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