魂魄シリーズ

常葉寿

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第一章「神放縁稲光(かみがはなつえにしのいなびかり)」

【魂魄・弐】『胡蝶は南柯の夢を見る』3話「幼馴染」

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「はい。我が神、大明日ダイアス様からのお知らせを聞いたのです。あるじの危険を神はお知らせ下さった」

 長庵と呼ばれた医者は胸から下げた十字の形をした首飾りを握りしめ、感謝するように天井を見上げた。

「大明日……異教の神か……」

「はい。全知全能の神は若様の命をお守り下さいます。今までも、そしてこれからも」

「僕も改宗しようかな、本当に神が守ってくれるのなら……」

「はい、いつでも求める者には扉が開かれます」

「そうだ……野分のわけ姫は」

「……ここよ」

 声をした方向に滄溟そうめいが首を動かすと、離れたところで両膝を抱えた野分姫の姿があった。彼女はうなだれた頭をゆっくりと持ち上げると、滄溟を見て震える声で弱々しく呟いた。

「ごめん……あなた、本当に病気で苦しんでいたのね」

「うん……小さな頃から持病持ちなんだ」

「私を探していて薬が飲めなかったのね。私が悪いのに……ひ弱だなんて言ってしまった……」

「君が謝ることないよ」

「でもっ」

「滄溟さまっ、滄溟さまは無事かっ」

「あの声は……」

 バタバタと慌ただしく廊下を走る音がして、雪崩れ込むように滄溟の寝室に入ってきたのは鳩州の宰相さいしょう入鹿いるか法界坊ほうかいぼうであった。宰相は病床の滄溟の枕元に立ち、見下ろして呟いた。

「ご無事……であったか」

「若さまの横に立つなっ。座して頭を下げるのが礼儀じゃろうっ」

「ふん。老いぼれが偉そうに……」

 入鹿と呼ばれた男は長く伸びた髭を撫でながらドスンと着座し、両手を付いてうやうやしく病に伏せる君主に頭を下げた。

「若さまにおかれましてはご機嫌麗しく……」

「入鹿……いいんだ。法界坊も来てくれたんだね」

「へへっ、滄溟様の一大事となったらことですからね。なんせきょうをあげる役はアッシしかいねぇもんで」

「法界坊、お主まで無礼ではないかッ」

「うへへ」

「ハァハァ……爺、いいんだ。法界坊の憎まれ口は愛嬌さ」

「……はい」

「それはそうと、この状態では円滑なまつりごとは行えない……入鹿、いつも通り任せたよ」

「かしこまりました」

「病弱でごめん……ハァ……迷惑をかける」

「若さまの病弱は今に始まったことではありませぬ。どうぞ布団の中でごゆるりなされよ」

「入鹿、なんだその口の利き方はっ」

「フハハ……長庵、話がある。お前も来い」

 爺がこめかみに青筋を立てて怒る様子を軽くあしらい、入鹿と法界坊は長庵を連れて早々に退室した。あとに残った爺は悔しそうに後ろ姿を睨みつけ、野分姫は怪訝けげんそうな表情で滄溟に尋ねた。

「滄溟、彼らは……」

醜態しゅうたいを見せしてしまったね」

「あなたの部下でしょ……なんなのよ、あの態度」

「入鹿はこの鳩州の宰相。幼い頃から政を任せているんだ。今でも体調が悪いときに助けてくれる」

「あの短髪の不細工な坊主は……」

「ハハッ、不細工……法界坊には大宰府の祭事や祈祷きとうを任せているんだ。二人とも口は悪いけど優秀だよ」

「私だったらあんなのに大切な業務を任せないわ。もっと信頼できる人でないと……」

「仕方ないよ。見ての通り僕は病弱で、兄達のように上手に采配さいはいを振るう事はできないんだ」

「あなた、そんな考えで一国の主が務まるの」

「望んだことじゃない……僕は母の連れ子でね、他の兄達と違い正統な後継者でないんだ。おまけに病弱、母が亡くなってから余計に僕の居場所は少なくなった」

「心を許せる友達はいないの?」

「いるよ。幼馴染が三人。でも入鹿が会うなって言うんだ。彼らは下賤げせんの者だからって。まぁ隠れてコッソリ会っているけどね」

「……」

「……」

「決めた」

「うん?」

「私、あなたと結婚する」

「……えっ」

「こんな軟弱な考えの当主に愛する鳩州は任せられないわ。その根性を私が叩き直してあげる」

「えええッ」

「自ら道をひらき、荒れ野を分けて進め……か」

「うん?」

「まずは気の操り方を教えるわ。あなたはとっても、すっごく『気が弱い』のよ」

「おぉ、野分殿、本当によろしいのですねっ」

「爺やさん、先ほどの不躾ぶしつけをお許しください。この野分、青江の名に懸けて、滄溟様を一人前のご当主に育て上げてみせますわ……妻としてッ」

「えええっ」

「嬉しや嬉しや……」

「病は気からってね。気操術で病気も良くなるかも……ビシバシ行くわよ」

「アワワワッ」

 涙を拭きながら喜ぶ爺。恐れおののく病床の滄溟。そして両手を腰に力強く構えて、仁王立ちをした野分姫がオホホホと高笑いした――。

 ○

 ――再び大宰府だざいふ市内

 この街は日ノ本で唯一、鴎州おうしゅうと通商が許されただけあって大いに栄えていた。

 金髪碧眼の鴎州人は黒い装束に身を包み、崇拝する唯一絶対の神「大明日」の象徴である十字の首飾りを身に付けている。この信仰の魅力に引き込まれた日ノ本の民も少なくなかった。

 この異人による恩恵は宗教だけではない。大陸中津国なかつこく製の上質な絹、陶磁器、金、それに東南に位置する赦武しゃむ王国製の鉛や香辛料など、日ノ本にない魅力的な物資が鳩州に持ち込まれては彼らの生活を著しく向上させていた。

 鳩州は広大で肥沃ひよくな大地に恵まれ四方を海に囲まれている。

 果実で育つ魚、旨み溢れる地鶏、色や形が良く栄養価の高い芋、それから蒸留される極上の酒などが、鴎州から譲られた黒船で大宰府に集められ、鴎州の魅力的な物資と取引されていた。

 国皇は病弱な滄溟をこの地に配置することで大いなる安心を得た。他の有能で姑息こそくな子息たちであれば恵まれた土地を利用し、反逆する可能性もあると懸念けねんしたのだ。

 その予感は見事に的中し鳩州では滄溟の力は微塵も影響せず、宰相が国皇と鴎州との間を取りまとめ私腹を肥やしていた。

 大宰府に住む多くの若者は、黒船貿易や翻訳関連の仕事に就き、本土のように武装する衛士などは少なく、誰もが自由に銭を稼ぐ商人に憧れた。

 そう。この鳩州では商人こそが力を持っている。滄溟の幼馴染――垂れ目で長身のヨイチとクリッとした瞳のサロクも黒船に荷を積む人足で日銭を稼いでいた。

「滄溟ったら最近、ぜぇんぜん遊びに来ないね」

「あいつも、いちおう鳩州の主だ。なにかと忙しんだろう」

「ヨイチ……いちおうって」

「アイツはこの国の主である以前に俺達のダチだ。それ以上でもそれ以下でもねえ」

「だけどさぁ」

「サロクこそ何なんだよ、その赤い人形」

「あぁコレ? 傀儡くぐつ人形さ。狂都きょうと穢土えどでは三味線しゃみせんの音色で人形を操るのが流行はやってるんだ。一旗揚げようと思ってさ」

「芸能かぁ……三味線もサロクが弾くのか」

「ヨイチがいるじゃん」

「はぁ? 俺は三味線なんか弾けねぇぞ。弓矢で鳥を撃つくらいっきゃできやしねぇ」

「前に捕った鳥も美味しかったね。炭焼きなんてもう最高……ジュルっ」

「……おいっ、そこのガキ共、ムダ話をするな」

「へーいっ」

 ヨイチとサロクは二人とも鳩州でたくましく生きる孤児だ。先の大戦で両親を亡くしたが、同じような境遇の子供達と力を合わせて、孤児院で神父から教育を受けていた。

 こうして日雇いの仕事を見つけては、年少の孤児たちに足りない食料を分け与えているのだ。

「……って、クミかよ」
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