魂魄シリーズ

常葉寿

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第一章「神放縁稲光(かみがはなつえにしのいなびかり)」

【魂魄・弐】『胡蝶は南柯の夢を見る』4話「噂」

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「脅かさないでよ」

「ヘヘっ」

 二人の少年が振り向くと屈託くったくない笑顔の見知った少女がいた。彼女はクミ。孤児院で彼らと共に暮らす孤児のうちの一人だ。

 三人とも滄溟そうめいが母親と共に鳩州きゅうしゅうに来た頃からの仲で、彼にとっては息苦しい屋敷生活の数少ない息抜きだったし、彼らにしてもどこかかげのある滄溟は、身分こそ違うが見捨てておけない何かがあった。

「ソーメイ来てる?」

「いいや、いま話してたんだけど最近会ってないぞ」

「クミは?」

「実は……さっき女の人と歩いてるの見た」

「お付きの者かなにかだろ」

「ううん。とっても高そうな白い装束を着てた」

「……じゃあ、噂は本当だったんだ」

「噂?」

「知らないの? 滄溟みたいな上流階級の子は許嫁いいなずけがいるんだ。彼女がきっと……」

「その許嫁……」

「おいおい、クミ。お前どうすんだよ。ソーメイ奪られちゃうぜ」

「……」

「ちょっ、ちょっとヨイチッ」

 慌てて二人の間に入るサロク。茶化すヨイチとは対照的にうな垂れて顔を隠すクミ。

「え、お前まさか……マジでソーメイのこと」

「……」

「……」

「テヘッ、なんちゃってっ。ソーメイのことなんか全然気にしてないよっ」

「脅かすなよ……泣いたかと思ったじゃん」

 顔を上げたクミはほがらかな笑顔で慌てふためくヨイチを見上げた。

 彼女の笑顔を見てホッと安堵あんどしたヨイチだったが、サロクは彼女の瞳がいつも以上に潤んでいるのを見た。

 クミの美しい緑色の瞳が一層鮮やかに光を放つ。彼女の亡き片親は異人だった。

「クミ……」

「ヘヘッ、許嫁なんてモヤシっ子には勿体もったいないよないよ。茶化してやろうと思ってさ」

「だよなっ、アイツが結婚なんて信じられないぜ」

「でしょーっ、あはは……」

「……」

「……」

「……」

 ――無礼者ッ、この者を切り伏せいッ

 ――ごめんなさい、ごめんなさいっ

 沈黙した三人の微妙な雰囲気を壊したのは市内の喧騒けんそうを破る怒鳴り声だった。ヨイチとサロクは船に積んでいた荷物を置いて走りクミが続く。三人とも怒鳴り声に続いた子供の声を知っていたからだ。

 三人が群衆をかきわけて見付けたのは、馬車に乗る高貴そうな男とうずくまる孤児院の子供だった。男は馬車の上で飲んでいたのか、真っ赤な果実酒に汚れた衣服で喚き散らす。

「私の前を横切るなど無礼な乞食め、新しく得た突撃銃ルドラとやらの餌食にしてくれるっ」

「ごめんなさい、ごめんなさいっ」

「やめろッ、この子はまだ五つだ。見逃してやってくれ」

「ヨイチッ、相手が悪いッ」

「んん? 孤児院のゴミガキ共か。いいだろう。この鳩州きゅうしゅう宰相さいしょう入鹿いるか様に逆らったらどうなるか身の程を味合わせてくれる、そこへ直れッ」

 そう言うと馬車に乗った入鹿は長い髭を撫でて舌なめずりし、ルドラという異国製の道具を両手で構えヨイチに狙いを定めた。

 怯える大衆とは反対に入鹿の側近達は薄ら笑いを浮かべていたが、ヨイチはこの先に何が起きるか想像さえつかなかった。初めて見る木製の台座と鉛の筒……とても殺傷能力があるようには見えなかったのだ。

「お兄様、おやめください。ヒトを的にするなんて残酷ですわ」

たちばなよ。しかしなぁ、乞食が我らの道をさえぎるとは許しがたい」

 ヨイチが馬車を見上げると上等な絹の布に覆われた天蓋てんがいの中から美しい少女が顔を覗かせた。彼女は富士額ふじびたいの下で、眉間にしわを寄せて赤い袖を口に当てた。

「早く長嵜ながさきへ参りましょう。御料理を楽しみにしておりますのに」

和華蘭わからん料理か……あの異国情緒じょうちょ溢れる料理は私も好物だが」

「こうしては如何いかがでしょう。あの少年の持つ赤いお人形を謝罪の品として」

「……こ、これは僕のだッ」

 サロクは大事そうに持っていた赤い傀儡人形を彼女から隠すように抱きしめた。

「あんな小汚い人形など要らぬではないか。屋敷にはもっと高価な異国人形が沢山あるだろう」

「でも、橘はあの真っ赤なお人形も欲しいの」

「ううむ……おい乞食こじき。その人形に免じてこの度の無礼は許してやる。さっさと寄こせ」

「……くっ」

「やめろッ、それはサロクが何ヵ月も働いて手に入れたものだ」

「いいんだヨイチ。人形よりも命の方が大切だ。ホラ、持って行っていいよ」

「サロク……」

 サロクはそう言うと橘が座る牛車ぎっしゃに向かい両手で大切そうに人形を手渡した。

じかに手渡す非礼をお許しください。とても繊細な人形なので……」

「……ありがとう」

 橘は悲しそうにうつむくサロクを一瞥いちべつして人形を受け取ると、入鹿と共に天蓋てんがいの中に入り、長嵜ながさきに向けて牛車を走らせるのだった――。

 ○

 ――孤児院

「サロク……ごめんな。俺がシッカリしてないから」

「サロク兄ちゃん、ごめんなさい」

「おいらがこんのこと、よく見てなかったから……ゴメンよ」

「ううん、紺ちゃんが無事でよかった。ヨイチもみつぎも謝ることないよ。人形はまた働けば手に入るさ」

「……でも」

 ヨイチとサロク、それにクミは馬車の前を横切ってしまった少女――紺とその兄である貢と共に礼拝堂に併設された孤児院に戻った。

「それにしても、あのルドラって何なのかしら」

「お前達……ルドラを見たのかい?」

「牧師さまっ」
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