魂魄シリーズ

常葉寿

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第三章「誰心空蝉聲(たがこころうつせみのなきごえ)」

【魂魄・弐】『胡蝶は南柯の夢を見る』26話「狂輪炎上」

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 滄溟が声をかけるも貢は何も聞こえないように押し黙ってうついている。

 すると呪文のように「離せ離せ離せ離せ離せ離せ……」とブツブツ言い始めた。紺はすでに両腕を切られた骨爺の束縛から離れ、いまや自由の身だ。明らかに様子がおかしいことは容易よういにわかった。

「岩次ィッ、ガキ共をぶち殺せェッ、アタシの腕を良くもぉッッ、己ぇっ……おのれぇッッ」

「当たり前よッ、小紫を頂くまでは協力してやる……行くぜッ」

「あれは……気操術ッッ」

「フンッ、気操術くらい使えなくて海賊の親玉がつとまるかってんだっ」

 岩次はそう言うと腰に巻きつけた鎖を外し、自分の気を帯びさせて貢めがけて投げ放った。「避けてッ」と野分が叫ぶ。

 通常の鎖でも大怪我になるだろうが、気操術で数倍の力が加わっているのだ。まだ幼い貢が一撃を食らったら一溜りもない。しかし……。

「う、うぐぅぅッッ」

「……」

 勝負は一瞬だった。貢の放った一薙ぎの方が岩次の投げた鎖よりも素早かった。彼の妖刀はまるで豆腐を切ったかのようにスパッと鎖を断ち切ると、軌道上にある岩次の顔までも二つに切り上げる。

 岩次は左右に分かれた自分の顔を必死で元通りにしようとするが、叫び声ともうめき声とも区別が付かない音を鳴らし両断されて、息絶えた。

「貢……お前……」

「ボクがやるっ」

 自分の知る貢とかけ離れた少年の変貌に驚愕して立ち尽くすヨイチ。サロクは刀を離すように言霊ことだまで貢を操ろうとしたが、彼らの横をすり抜けた貢は「離せ離せ……」と呟きながら、下の階へと駆け下りていった。

「お兄ちゃん、紺はここだよぉッ!」

「完全に妖刀に魂を吸われている。あれではなにを言ってもムダだッ」

「ひとまずここを出よう……話はそれからだっ」

 そう言う滄溟に一同は強く頷き、急いで油屋を脱出することにした。気操術を使える者が先を進み、ヨイチが薬のせいで足元の覚束おぼつかないクミを肩で背負い、あとに続いた。

 ――五階から四階へ

 ――四階から三階へ

 ――三階から二階へ

 階段を一斉いっせいに駆け下りる。

 品の無い内装の内廊下には遊び部屋から溢れた遊女や客でごった返していた。それらをかきわけて階段を降りる毎に、「斬られた」「人殺し」という叫び声が吹き抜けに響いた。

 二階から一階へ降りると「お前ら、待ちなッ」と声が聞こえて一同が立ち止まり見上げると、血塗れの肉婆が鬼の形相で一同を睨み内廊下の欄干らんかんに寄りかかっていた。

「お前らも道連れにしてやるッ」

「あれは……爆破装置ッ」

 憎々しげに見下ろす肉婆は残った片手に何かを握っている。

 権八は知っていた。公許こうきょされた狂輪くるわではない脂屋あぶらやは、いつ朝廷のおとがめがあってもおかしくない。

 ずる賢い肉婆はそんな事態のために、最終手段として全ての証拠を一瞬で葬り去るほどの油と火薬を仕込んでいたのだ。


「急ぐぞッッ」

 一同は逃げ惑う遊女や客達に紛れて脂屋から逃げ出す。外に出て見上げると、いたるところから火の手が上がって煙が出始めていた。

 婀國は「どうするんだい! 脂屋は出られたが狂輪の門番がいるッ」と滄溟に叫ぶ。彼は前方に見える門番達が、溢れ返る人々を押しとどめているのを悔しそうに見た。サロクが操ろうとするが……こう人が多くては標準が定まらない。

「門番達は脂屋が爆発するのを知らないんだッ」

「脂屋には肉婆以外もう人はいない。そろそろ爆発してもおかしくないのに何かあったのかよ!」

「途中でこと切れたのかも知れないね。爆発さえすれば門番の注意を引けるのに……」

 滄溟と権八が燃え始める油屋と外へ通じる門を交互に見て婀國も悔しそうに呟く。

「こうなったら仕方がない。ヨイチ、雷神らいじんで脂屋を撃つんだ。狂輪が崩れ落ちれば……嫌でも門番の目を引けるっ」

「それは名案だぜっ、脂屋正面玄関奥に油を貯めたかめがあるのを見かけたッ。打ち抜けば……きっと大爆発するハズだッ。よし……やってみるかッ」

 ヨイチは人目の付かない路地に入ると、屋根によじ登り袋に包んだ雷神を取り出した。息を整えて銃を構える。人々の喧騒けんそうにかき消されぬよう、魂魄を繋ぐ気を一点に集約させる。

 揺れ動く標準が、はるか遠方にある脂屋正面奥の甕を捉える。ヨイチは何の躊躇ちゅうちょもなく引き金を引いた。

「行けぇッッ」

 雷神から放出された気の弾丸は雷のごとく放たれ真っ直ぐに伸びすすむと、「脂」と書かれた甕を見事に撃ち抜いた。その瞬間、火花が大量の油に引火して爆発する。

 そして脂屋のいたる所に隠されていた火薬に伝わると、爆風を放って巨大な建築物を四方に吹き飛ばした。

 ――マ……ダ

 辺りは静まり返る。あまりの爆音に周囲の人々の鼓膜は耐えられず、誰が何を言っているのか聞き取れない。しかし、滄溟は外へ通じる門を指さし何かを必死に伝えようとする権八の口の動きを読んだ。

――今だ

 彼らは空中に吹き飛んだ脂屋の残骸ざんがいを避けて門を目指す。門番達は何が起きたのかと慌ただしく脂屋に向かって行く。

 彼らとは反対に外に逃げようとする群衆に紛れた滄溟達。門を潜り振り返ると、まるで地獄の炎のように爆発に包まれた脂屋が、三人の悪漢を燃やし尽くしていているのが見えた――。
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