魂魄シリーズ

常葉寿

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第五章「新説地獄変(しんせつじごくへん)」

【魂魄・弐】『胡蝶は南柯の夢を見る』34話「雀ヶ森」

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 ――穢土雀ヶ森すずがもり

 穢土えどは日ノ本の新興都市である。ヒト以外に半獣など多くの民族が集まり、急激に成長したこの街はそれだけ犯罪の数も多い。

 狂都きょうとを罪人の血で染めたくない朝廷は、穢土雀ヶ森に処刑場を設けて多くの罪人を罰してきた。不思議なことにこの一体にはスズメが多く生息しているのだが、罪人が処刑される度にピタリと鳴き声が止むという。

 権八も脂屋爆破の首謀者として、すでに都で判決を言い渡され、ここ雀ヶ森に来ていた。

 彼は翌日に迫る処刑を前に牢獄に捕らえられているが、それを見物しに来た多くの野次馬で一帯は賑わっていた。そんな彼らの顔を青くしたのは突然の叫び声だ。

「ひっ、人殺しぃぃ」

「なんだ、このガキ」

 人々は突如として現れた刀を持つ少年から逃げ回った。少年はその妖しく光る刀を操っているのか、それとも操られているのか、周囲にいる大人達を次々に切りつけていく。

 彼らは口々に叫び少年の刀の前に倒れていった。

「ハァ……ハァ……」

「おやおや、いけないねぇ。ガキがそんな危ないものを振り回しちゃア」

「紺……紺を……返せ」

「さては妖刀に魅入られてるな。この気は操りやすい……」

「うッ……」

 少年――貢を制止した法界坊は両手で数珠を弄り言い聞かせる。

「お前の大切な紺は小紫が隠してるぞ」

「こむ……らさ……」

「そうだ。その女は今夜、権八という男が処刑されるのを助けにここに来る。紺を助けるにはそれしかないぞ」

「明日……権八」

 貢は定まらない視線で広場にある十字の磔台はりつけだいを見てから妖刀を握り跳躍して去った。

 騒ぎを聞きつけた兵士が到着した頃には、逃げ惑う群衆に紛れて法界坊も姿を消したあとで、残っていたのは青江下坂に切られた無数の死体だけだった。

 法界坊は物陰で不敵に笑い、今夜の処刑に思いを巡らす。磔にされる権八と彼を助けようとする小紫。権八に斬りかかる少年。男を殺害され抜け殻となった小紫の魄にその辺の猫の魂でも入れて自分の物とする。

 入鹿に依頼されて編み出したあの術がこんなところで役に立つとは……法界坊は手前勝手な欲望を満たそうと不気味に舌舐めずりをした。

 ――穢土新吉原しんよしわら

「本当に昼過ぎに着いたね。クラーケンは襲ってこなかったし」

「そうだな。よし、それじゃあクミに会いに行くか……アイツが太夫だなんて認めねぇ。俺が必ず鳩州に連れて帰るッ」

「昼間なら会えるはずっ、アタイも行くよ、ニャハ」

 穢土に着くとすぐにヨイチはサロクと共に、狂輪のことを彼らより知っているムネと行動を共にすることにした。そんな三人を見て滄溟は強く頷く。

「うん、そっちは任せる。僕と野分は権八を救いに行くよ」

 滄溟はそう言うと、野分と共に建設中の新吉原をあとにして南下し雀ヶ森に向かった。

 ○

 処刑の街と名高い雀ヶ森は、どことなく空気が張りつめている。道行く人々の顔も暗く、陰鬱いんうつとした雰囲気を醸し出していた。

「処刑は今夜だ。それまでに権八を救い出さないと」

「小紫さんの身も心配だしね。まずは彼女を探しましょう」

 二人が雀ヶ森に到着すると、すでに辺りは少し暗くなっていた。野分の提案で宿を探すと聞き覚えのある声がして滄溟は振り向いた。

「よ、滄溟」

「……婀國さんッ」

 そこには紺を連れた婀國がいた。狂都で権八の判決が下り穢土での処刑が決まると、小紫は婀国の静止を振り切り単身で穢土に向かったという。

 婀国も紺とともに、すぐに彼のあとを追って穢土に来たことを話した。

「小紫さんの居場所がわからないんですね」

「ああ、権八が幽閉された雀ヶ森にいると思ったけど当てを外したね。一体どこに……」

 処刑は今夜だという。それまで彼女は少しでもそばに居たいはずだ。雀ヶ森に宿は一つだけだが、姿は見当たらない。考え込む三人の耳に通りがかりの町人の声が聞こえた。

「今夜、新吉原の太夫がお披露目に練り歩くらしいぜ」

花魁道中おいらんどうちゅうかっ、楽しみだねぇ」

「処刑される罪人はツイてるな。最期に太夫の道中を拝めるなんて」

「……花魁道中?」

 野分と顔を見合わせた滄溟は、彼らに話を聞いてみる。特別遊女である太夫が新たに誕生すると、新太夫は多くの遊女を引き連れて街を練り歩いて披露する。それが花魁道中と呼ばれる習わしだという。

 その話を聞いた三人は顔を見合わせた。

「もしかして……小紫は道中に紛れて権八を救うつもりかい」

「だとしたら、もう新吉原に潜入しているかも知れないわ」

「しまった。読み間違えたか……ん、あれは?」

 彼らが見た先には宿屋に戻る法界坊の姿があった。彼は料理屋で酒でも飲んだのか、ことのほか上機嫌でほろ酔いだった。

「法界坊っ」

「……げ、滄溟」

「お前の魂胆は分かってる。小紫さんを狙っているな」

「な、なんのことだか、アッシにはサッパリ……」

「シラを切らないで。私たちは境で山椒太夫と話しているのを聞いてるのよ」

「ふん。お見通しってわけか……小僧ッ」

「えっ」

 法界坊が叫ぶと俄かに群衆が騒ぎ出した。またアイツだ。逃げろ。口々に叫ぶ人々の頭上を跳躍して、黒い影が彼らの前に飛び出した。その影は着地すると同時に刀で薙ぐが、婀國がとっさに扇でそれを受け止める。

「いい加減に目をお覚ましっ」

「紺……紺……」

 それは青江下坂を握った貢だった。独りで野道を駆けたのか、ボロボロの身なりでいたるところに傷があり汚れていた。眼光は淀んで血走り、その痛々しい姿は妖刀の激しい影響を物語っていた。

「ソイツらは敵だっ、殺せッ」

「て……き……てき」

 貢が青江下坂を握り直して再度斬りかかる。婀國は再び扇で受け止めたが今度はバッサリと両断されてしまう。滄溟と野分は気操術で周囲の物を動かし、何とか貢の攻撃から身を守ろうとするが長くは続かなかった。

「く、やられるッ」

 周囲のものが全て青江下坂によって両断され二人は成す術がなくなる。野分を攻撃から守ろうと抱きしめた滄溟は目を瞑るが、襲ってくるはずの攻撃が来ない。再び目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。

「紺……」

 それは目の前で滄溟達を守るように両手を広げた紺が兄に切り付けられた瞬間だった。その刹那、理性を取り戻した貢はわずかに急所を外したが、紺の鮮血が彼の頬に飛び散った。

「お兄ちゃん……もうやめて? 紺は……ここにいるよ」

「こ……ん……」
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