魂魄シリーズ

常葉寿

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第五章「母海水臨月(ははのうみみずごりんげつ)」

【魂魄・参】『時空を刻む針を見よ』39話「治療薬」

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 ――愛津万代山あいずばんだいさん

 東北の名峰と謳われた山に陣営が二つ敷かれていた。

 一方は虎の半獣たちによって組織された陣で、他方は犬の半獣たちによるものだ。その内の一つに空から舞い降りた姑獲鳥こかくちょうは羽毛を脱ぐと、人の形になり部下を探して呟いた。

渾沌こんとん……渾沌よ」

「羅刹女さま、ここでございます」

「例の物はどうした」

「皇子より盗み出しましたが、奴らに奪われてしまいました」

 混沌と呼ばれた黒い影は吐き捨てるように敵陣営を見て、羅刹女に頭を下げた。

「愚か者ッ、なんのために貴様を日ノ本に配置したと思う」

「面目ありません……が、奪い返す手筈てはずは整えております」

「もう失敗は許さぬぞ」

「ハッ……」

 闇に消えた混沌を見つめ羅刹女はフムと考える。

 あれから十数年。金銀の姉妹、四凶、姑獲鳥と地道に配下を増やし、ようやく大陸だけでなく日ノ本をも掌握できる大軍にまで育て上げた。

 これは努力だけでなく、かつて鳳凰族だった自分の特殊能力――他者を惹き付ける力のお陰だった。

 愛する人が呼んだ名を封じ、羅刹女として生きたが後悔はない。自分をこんな姿にした者にはことごとく復讐する。月読の復活も目前だ。羅刹女は静かに回想し始めた――。

 ○

 ――月読、月読ってば……

 月面を駆けた翼のある少女は恋人……兎耳をもつ男性に嬉しそうに歩み寄った。月の歴史を記録する仕事をしていた彼は少女の方をふり向くと微笑んで、軽やかに胸に飛び込む恋人を優しく抱きしめた。

 そして愛しそうに頭を撫でると真剣な表情で少女に説明する。

女姫じょき、見てごらん。ここ数百年の月の状態だ。何かに気付かないかい?」

「う~ん、似たような波形が何回も現れるけど」

「そうなんだ。こことここ、それにここも……同じ周期で波形が乱れてる」

「どーゆーこと?」

「この時、月では大きな病が流行ったんだ」

「ふむふむ」

「だとすると近い内にまた凶悪な病が流行する……長老に知らせないと」

「うんっ」

 歴史が記録された書物をクルクルと巻き、二人は急いで長老の元に駆け出した。二人は勢いよく駆け込むと熱い茶をズビッと飲んでいる長老に向かって叫んだ。

「長老、大変です。これを見て下さいッ」

「ブホッ……熱ッ、何じゃ騒々しい!」

 長老は少し怒った様子で二人を見たが、彼らの説明を聞くとすぐに顔色を変えた。そして徐ろに二人を奥の部屋に促すと、部屋中を埋め尽くした結晶の一つを取り出して擦り、中に閉じ込めた過去の映像を見せた。

「これは、なんだ……」

「大きい……狐」

 長老はその映像を見終わると彼らに説明する。原因は定かでないが、周期的に現れる病は月の民たちを狂気に走らせると言う。

 その度に、民は子供たちを宙船そらふねに乗せて他惑星に一時的に避難させる。時間が経てば集団免疫ができて病が弱まる事を知っているからだ。

「じゃあ、今回も……」

「いや、今回は病と闘おう」

 長老は言った。

 前もって病が出現する前に対抗策を取れば、子供を宙船に乗せなくても済む。他の惑星に行くことも危険に変わりないのだ。

 月の民は多くの種族から愛され慕われるという生来の能力が備わっているが、それ故に危険な者をも集めてしまう。

「どうしたら……」

「病が憑いた者から治癒薬を生成する」

「そ、そんなことが……」

「薬とは、病の原理を理解し効力を弱め、元から生物に備わる自然治癒の力で押さえる……その手助けをさせるものじゃ。なかには微量の病を体に入れることで防衛力を高める方法もある。最初の被害者を隔離して研究すれば、治癒薬を生成できるだろう」

「どうやって最初の被害者を見つけるんですか、症状が出る前に発見しないと他の人に伝染うつってしまいます」

「……わざと病にかかり隔離するんじゃ。今回は病が出現する時と場所が分かっているから、それが可能じゃ。わしがその役をになおう」

「ッ……いけません。長老はもうお年です。病に耐えられないかも知れないわ」

「では……僕がなろう。僕は若く健康だ」

 月読は心配そうな女姫を見つめ長老に言った。女姫はとめたが、彼の意思は固く、覚悟を決めると長老に力強く頷いた。

「それでは……これを舐めなさい」

「なんですか」

 それは過去に九尾狐に憑かれた者の血だという。永い時間が血を黒く変色させ、毒々しいが問題はないと言う。だが、念のために、舐める量は少量で良いと長老は言った。

「よし……女姫、行くよ」

「月読、気を付けて」

 二人はそう言って見つめ合った。月読は気持ちを落ち着かせようと右手を女姫の頬に置き、女姫は何を思ったのかその手を自分の腹に持って行く。そして彼が左手の手で血の入った盃を持ち、徐ろに口に運ぶと――異変が起きた。

 ――ビクッ

 緊張したのか右手が動いた。緊張した月読は些細な動きにも過剰に反応しまい、血を一口飲んでしまう。

「あっ……」

「どうした」

「少し……飲んでしまいました」

「まぁ……大丈夫じゃろう。今夜はここで様子を見なさい」

「はい」

「月読、私も残るわ」

「君は家に帰ってなさい。何かあったら大変だ」

「でも」

「いいから」

 月読は戸惑う彼女を強引に外に追い出すと鍵を閉めた。そして長老の方に振り向き、青ざめた表情で言った。

「体の……様子が……おかしい……」

「いかん。気を落ち着かせるのじゃ。四魂の調和が崩れ曲霊まがひとなってしまうぞ」

「ぐぐッ……ギギギっ……うぐぅッ……!」

「月読ッ、気をしっかりと持て……も、もしや……」

 長老は慌てて血の入った容器を地面に勢いよく投げつけた。容器は割れて中の血は四方に飛び散……らなかった。永い時間が血を凝縮させ、数十倍にも濃度を高めていたのだ。ドロリとした血は静かに床上に広がる。

迂闊うかつだったッ……許容範囲を遙かに超えた血を摂取してしまったのか」

「ググググッ……ガガガガッッ」

「月読ッ、ツクヨ……」

 兎耳の長老は月読に頭を掴まれ、少しの抵抗する余地もなく熟れた果実のように握り潰された。彼は暴れて様々な物を破壊したあと、扉を開け多くの月の民を次々と殺めていった。

「月読、やめてッ」

 異変に気が付いた女姫が飛び出して彼を制止したが、長く爪が伸びて牙が生えた月読は彼女の言葉を理解しない。この病は直霊なおひを曲霊に変え、月の民を夜叉やしゃ化させる。夜叉化した月読は愛した少女に向けて手を伸ばした。

「月読ッ、つくよ……み?」
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