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51~最終話
その日に向けて《クロ視点》【下】
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「――クロ、最近ちゃんと寝られてないんじゃないですか?」
霞む目元を揉んでいると、ヒナが心配そうに声をかけてきた。
その温かな気遣いだけで、疲れなど吹き飛ぶ気がする。
戴冠式を翌日に控えた今日。
さすがに今日はレッスンもなく、ヒナは執務室のソファで教本を読み返しながら過ごしていた。
「ああ……少々気が張っているせいか、このところ眠りが浅くてな。明日の式には影響させないから安心してくれ」
なにしろ敵がいつ仕掛けてくるかわからないのだ。警備の者たちは信用しているが、だからといって何も考えず熟睡できるものでもない。
「…………」
難しい顔をしてすっくと立ち上がったヒナは、こちらへ来て俺の腕をぐいぐいと引いた。
「どうした?」
微笑ましい腕力に負けて立ち上がると、むっすりしたヒナに引かれるがまま壁の方へと歩を進める。
「……開けてください」
望み通り、俺にしか開けない隠し部屋のドアを開けてヒナを通す。
ソファの端に腰を下ろしたヒナは、ぽんぽんと膝を叩いて俺を呼んだ。
「さあ、仮眠しましょう!」
「いや、しかし……」
「あっ、お邪魔だったら私は出ておくので……」
「邪魔なものか!」
腰を浮かせかけたヒナを止め、やわらかな膝を枕にゴロリと寝そべる。
甘やかな香りがふわりと漂って、小さな手のひらがゆるゆると髪を梳いた。
「王様になるなんて、緊張しちゃいますよね」
――ああ、将来国王になるのだという重責に苦しんだ時期もあった。
今となってはもう、遠い昔のことだけれど。
「……ヒナも、なにか思い悩んでいるんじゃないのか?」
手を伸ばし、白い肌にうっすらと浮かんだ隈をなぞる。
明日の婚約披露に思うところがあるのであれば、今日のうちに解決策を講じたい。
困ったように眉尻を下げるヒナの頬をすりすりとくすぐって促せば、逡巡しつつも答えをくれた。
「私でいいのかな……って」
「俺にはヒナしかいない」
「ううん、クロの気持ちを疑ってるわけじゃないんです。なんて言うか、その……王妃様なんて重要なポジションに、私なんかが収まっていいのかなって……」
その姿に昔の自分を思い出す。
プレッシャーが重くのし掛かり、腹の奥で渦巻いて、何をしようと逃れるすべはなく、焦るほどにずぶずぶと呑み込まれていくような不安感。常に高みを目指し己の存在価値を知らしめなくては、足場さえも簡単に失われてしまいそうな恐怖。
強さも、優しさも、情の深さも持ち合わせ、真っ直ぐ前を向いて立つヒナは、民の心に寄り添える素晴らしい王妃となるだろう。
しかし自信を持てと励ますよりも、あのころ欲しかった言葉がある。
「そのままでいい」
「え……」
「俺がすべて受け止める。ヒナはそのままでいい」
「…………」
俺を見下ろす瞳に、厚く水分の膜が張っていく。
零れる前に、つい、と親指の腹ですくった。
「おいで。ヒナも一緒に眠ろう」
この部屋にいる限り奇襲の心配はない。
二人で寝るには狭いソファの上。自分の身体の上にヒナを寝そべらせた俺は、小さな温もりを抱きしめながら久方ぶりの安眠へと落ちた――。
霞む目元を揉んでいると、ヒナが心配そうに声をかけてきた。
その温かな気遣いだけで、疲れなど吹き飛ぶ気がする。
戴冠式を翌日に控えた今日。
さすがに今日はレッスンもなく、ヒナは執務室のソファで教本を読み返しながら過ごしていた。
「ああ……少々気が張っているせいか、このところ眠りが浅くてな。明日の式には影響させないから安心してくれ」
なにしろ敵がいつ仕掛けてくるかわからないのだ。警備の者たちは信用しているが、だからといって何も考えず熟睡できるものでもない。
「…………」
難しい顔をしてすっくと立ち上がったヒナは、こちらへ来て俺の腕をぐいぐいと引いた。
「どうした?」
微笑ましい腕力に負けて立ち上がると、むっすりしたヒナに引かれるがまま壁の方へと歩を進める。
「……開けてください」
望み通り、俺にしか開けない隠し部屋のドアを開けてヒナを通す。
ソファの端に腰を下ろしたヒナは、ぽんぽんと膝を叩いて俺を呼んだ。
「さあ、仮眠しましょう!」
「いや、しかし……」
「あっ、お邪魔だったら私は出ておくので……」
「邪魔なものか!」
腰を浮かせかけたヒナを止め、やわらかな膝を枕にゴロリと寝そべる。
甘やかな香りがふわりと漂って、小さな手のひらがゆるゆると髪を梳いた。
「王様になるなんて、緊張しちゃいますよね」
――ああ、将来国王になるのだという重責に苦しんだ時期もあった。
今となってはもう、遠い昔のことだけれど。
「……ヒナも、なにか思い悩んでいるんじゃないのか?」
手を伸ばし、白い肌にうっすらと浮かんだ隈をなぞる。
明日の婚約披露に思うところがあるのであれば、今日のうちに解決策を講じたい。
困ったように眉尻を下げるヒナの頬をすりすりとくすぐって促せば、逡巡しつつも答えをくれた。
「私でいいのかな……って」
「俺にはヒナしかいない」
「ううん、クロの気持ちを疑ってるわけじゃないんです。なんて言うか、その……王妃様なんて重要なポジションに、私なんかが収まっていいのかなって……」
その姿に昔の自分を思い出す。
プレッシャーが重くのし掛かり、腹の奥で渦巻いて、何をしようと逃れるすべはなく、焦るほどにずぶずぶと呑み込まれていくような不安感。常に高みを目指し己の存在価値を知らしめなくては、足場さえも簡単に失われてしまいそうな恐怖。
強さも、優しさも、情の深さも持ち合わせ、真っ直ぐ前を向いて立つヒナは、民の心に寄り添える素晴らしい王妃となるだろう。
しかし自信を持てと励ますよりも、あのころ欲しかった言葉がある。
「そのままでいい」
「え……」
「俺がすべて受け止める。ヒナはそのままでいい」
「…………」
俺を見下ろす瞳に、厚く水分の膜が張っていく。
零れる前に、つい、と親指の腹ですくった。
「おいで。ヒナも一緒に眠ろう」
この部屋にいる限り奇襲の心配はない。
二人で寝るには狭いソファの上。自分の身体の上にヒナを寝そべらせた俺は、小さな温もりを抱きしめながら久方ぶりの安眠へと落ちた――。
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