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第六十三筆 二次創作者のブルース!
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つまらない、コピー、空っぽ。
私、色帯寸止めこと紙山中がよく投げつけられた言葉の数々だ。
読者に、編集者に、ライターに、作家仲間に言われたものだ。
紙山という一人の作家は二次創作しか書けないのか、という問い。
だからこそ、ギアドラゴン君が述べたような感想を叩き込まれた。
「一次創作で売れたいよ、私だって」
ワンルームマンションの一部屋。
私だけしかいないこの世界でホットコーヒーをすする。
私は小説家になりたかった。しかし、送った各社で開催される文芸大賞の公募には何度も落選。
そこで愛読していたゲーム雑誌に自分を売り込み、ライター業を開始した。
文章を書くこと自体は好きだったからだ。
最初の仕事は安すぎるほど安い単価だった。
五万字ほど書いて一万円か二万円ほどしかもらえない。
ライター業だけでは食えないので、バイトを掛け持ちしながら食いつないだ。
歯を食いしばって続けた文筆業、するとチャンスが訪れた。
ダンジョン探索型RPGの傑作『ダンジョンオデッセイ』のノベライズの仕事だ。
私は懸命にこれまで磨き続けたものを出して執筆した。
それが『ダンジョンオデッセイ-天使の囁きと悪魔の旋律-』だった。
この作品はゲーム業界や雑誌業界の後押しもあり、売れに売れた。
当時はネットも発達していない時代だったので、私へのファンレターが編集部に届いたものだ。
それを契機に、私の書いたゲームノベライズは売れ続け、春を謳歌し続けた。
しかし、時代を追うごとにゲーム雑誌は売れなくなってくる。
インターネットが登場したのだ。
これまで雑誌が担っていた最新のゲームニュース、レビュー、攻略情報はWebに上がるようになってくる。
そうなると元々やっていたライター業も少しづつなくなり、雑誌を敢行していた出版社は次々に潰れていった。
そして、追い打ちをかけるように攻略本も出なくなると、本の端に掲載していた短編の仕事もなくなっていった。
物書きの仕事をやめたくない、私は何とか伝手を頼ってソシャゲのシナリオライターの仕事を得た。
だけども、その仕事もいつまで続くことやら。
アプリゲーも玉石混交のものとなり、だんだんと下火になっていくのが肌感覚でわかる。
そんなときに目にしたのが、ストーリーギルドに掲載していた作品のソシャゲのシナリオを担当したときだ。
Web小説というものは「所詮、素人の作品発表会」と思い、これまで興味を持たなかったが、その素人の作品を出版社が拾い上げて本に出しているというのだ。
昔だったら原稿用紙に手書きで書いて送るのが一般的だったが、ストギルなどの小説投稿サイトではタグをつけるだけで応募は可能だという。
中にはアニメ化やゲーム化、ドラマ化するような作品が現れる始末。
そう、ネットの登場により業界の形も大きく変わっていたのだ。
私はそんな状況に軽いショックを受けた。
かつては雑誌に原稿を送り、編集者からの返事を何度も待っていた時代だった。
今や、誰もが自由に作品を公開できる世界が広がっていたのだ――。
「私はこのまま消えたくない!」
人知れず、叫んだ魂の言葉。
時代に置いて行かれることの焦りが出始めていた。
私は『色帯寸止め』! ゲームノベライズの時代を築き上げた作家なのだ!
「ここがストーリーギルドか。プロの力を見せてやるさ」
私は愛用していたペンネームでWeb小説の世界へと飛び込んだ。
だが、現実は非情で残酷だった。
冒険ファンタジーの作品を出したが評価が思わしくなかったのだ。
どうも小説投稿サイトというものには流行があり、特定のお約束がないと読まれもしないらしい。
感想欄には「作品がカビ臭い」「展開が遅すぎる」「正直つまらん!」といった読者からのメッセージが並ぶ。
これまで送られたファンレターは編集者が厳選し、肯定的なものしか私に送られていないことをやっと知れた。
作品は書き続けたが評価に天井が見えてくると、次第に私の執筆速度は遅くなっていった。
やがて、書いていた冒険ファンタジーも打ち切りのように終わらせてしまった。
そんな作品を公募に出してみたが当然として落ちる。
この時の私はセレナーデという別の小説投稿サイトに活動を移していた。
ここなら二次創作の投稿が許される。
私はいくつかソシャゲを題材とする作品を執筆して投稿した。
するとどうだ、そこでは私の作品は評価され、感想欄には次々と「面白かったです」「次回が楽しみです」「次の展開が気になる」などといった感想がつけられていく。
作品もセレナーデのランキングに入り、ボロボロになっていた作家としてのプライドが回復していった。
これで自信をつけた私はSNSでの活動を始めた。
もっと色帯寸止めの宣伝をしていきたい――そう思ったからだ。
SNSでの活動を本格的に始めた私は目に留まった『ストギル系作品』への怨みにも似た感情。
華やかな表紙、異世界転生ものの大量生産、テンプレートの展開——。
それらは一見して読者を惹きつける要素を備えているが、心の奥底で私の筆が反応する。
「物語とはこの程度のものではない」
自分の経験と長年の文筆業から培った矜持が私を突き動かした。
SNS上で私は意見を発信することに決めた。最初はこのささやかなポストから始めた。
色帯寸止め:また異世界転生ものか。設定を変えただけの大量生産品ではないか、これは創作ではない。
このポストには同意する声もあれば批判する声もあった。
どちらかといえば私を批判する声が多かったのだが、同意する意見の中に過去の私を知る人物がいた。
それがピンクのバッタというアカウントの引用だった。
ピンクのバッタ:流石は色帯寸止め先生ですね。一時代を築いた作家さんもそう思ってたんだ。
どうやら、このアカウントは『ダンジョンオデッセイ-天使の囁きと悪魔の旋律-』のファンであるという。
私は嬉しくなり、ピンクのバッタをフォローし、ピンクのバッタも私をフォローしてくれた。
このピンクのバッタは、SNS上では『アンチストギル梁山泊』と揶揄されるアカウントのようで、よくストギルの批判をしていた。
主に異世界恋愛ものに対するアンチ活動をしていたので、まるぐりっとを中心とする『異世界令嬢教』なる厄介なアカウント達の攻撃を受けていた。
私はエアリプでの擁護意見を飛ばし、ピンクのバッタを護っていった。
まるぐりっとは私の存在を知っていたようで、私がエアリプを飛ばすとすぐに静かになった。
おそらくであるが、彼女は私のことをラノベ業界の重鎮の一人であると思っていたようだ。
そんなある日、ピンクのバッタからDMが送られて来た。
ピンクのバッタ:色帯寸止め先生、いつもありがとうございます。
それは何気ない感謝のメッセージだった。
そこまではよかったのだが――。
ピンクのバッタ:実はこのアカウント、裏垢なんですよね。表では書籍化作家をしています。
私は驚いた。
このピンクのバッタは書籍化作家だというのだ。
何でも元々異世界恋愛を執筆して書籍化にこぎつけたが、悪い出版社につかまり成人向けの内容に変えるように強制されたという。
作品を敢行したければ内容を変えろ、さもなくばお前は二度と業界で生きていけない、というヤクザまがいのものであった。
以降、ピンクのバッタはまともな恋愛ものを書けなくなり、成人向けの作品しか執筆出来なくなったらしい。
その怒りと憎悪は、自身が力を入れていた異世界恋愛、Web小説全体に向けられていったとのことだ。
私はピンクのバッタを哀れに思い、DMでのささやかな交流が始まった。
DMでのやり取りをしてわかったが、ピンクのバッタはどうやら二十代後半の女性のようだ。
彼女は私に心を許したのか、本名を教え顔写真を送ってきた。
顔はよくいる地味目な女性で大人し気な印象がある。しかし、その雰囲気が私の心に射抜いた。
私は今年で五十一歳、独身で孤独だった。
情けないことであるがピンクのバッタに恋心を抱いてしまい、意を決して告白したが――。
ピンクのバッタ:ごめんなさい先生。私は先生の作品のファンであり、男性としては愛せません。
当たり前の反応だった。相手は私より十歳以上も歳が離れている。
それに私は女性と向き合うには年齢を重ね過ぎた。
文筆業に、創作に人生を燃やし、情熱を注ぎ過ぎたのだ。
私は暗い部屋で一人タバコを吸い、空に舞う紫煙を眺めていた。
「私は何をやっていたんだろうか」
ポツリと出た言葉、それが全てだった。
長い人生を創作に賭け過ぎていたのだ。
あるのは無駄なプライドと僅かな蓄え、消費した年月、粗末な食事。
何故、私は創作に集中していたのか、どこで道を間違えたのかわからない。
私は何がしたかったのだろう。
「ん?」
そんなときに通知が入った。
何者からDMが送られたのである。
黒鳥 響士郎@『最強の青魔導師2巻発売中』:こんにちは色帯寸止め先生、私は黒鳥響士郎というラノベ作家です。
黒鳥響士郎、その名前は知っていた。
ラノベ業界でその名を轟かせる若き才能だ。
シュートがつよいうまむすこ君を筆頭にアンチストギル梁山泊が蛇蝎の如く嫌う作家だ。
何でも彼は独自の創作論をばら撒き集め、厄介なWeb小説家を多く生んでいると聞いている。
敵対するであろう彼が何故、私に接触したきたのかわからなかった。
黒鳥 響士郎@『最強の青魔導師2巻発売中』:友人の編集者が今度オープンする小説投稿サイトに携わることになってましてね。そこで掲載してくれる作家さんを集めているようでして。もちろん報酬はお出しするそうです。
色帯寸止め先生:何を企んでいるかわかりませんが帰って下さい。しつこいようでしたらブロック致します。
黒鳥 響士郎@『最強の青魔導師2巻発売中』:そう邪険にしなくてもいいではありませんか。実は私、先生の『ダンジョンオデッセイ-天使の囁きと悪魔の旋律-』の大ファンでしてね。そんな先生が苦しんでおられる姿に心を痛めておりまして――。
色帯寸止め先生:ブロックしますね。
私が黒鳥をブロックしようと操作したときだ。
彼は長年積もっている私の心を指摘した。
黒鳥 響士郎@『最強の青魔導師2巻発売中』:先生は『一次創作』で売れたい。それが作家としてのサガ。
一次創作で売れる。
それが私が創作に燃やす情熱の理由だった。
黒鳥 響士郎@『最強の青魔導師2巻発売中』:あなたはこのままアンチで消えてはいけない存在です。二次創作だけの作家とは言わせません。あなたは他のアンチストギル梁山泊とは違う、一度は世にその名を轟かせた作家なのです。
私は煙草を灰皿に押し付けた。
色帯寸止め先生:詳しい話を聞かせて下さい。
そのメッセージを打ち込むと黒鳥の笑い声が聞こえたような気がした。
黒鳥 響士郎@『最強の青魔導師2巻発売中』:グレイト! でも、その前に先生に教えて欲しいことがあるのですよ。
色帯寸止め先生:教えて欲しいこと?
黒鳥 響士郎@『最強の青魔導師2巻発売中』:鬱陶しいアンチストギル梁山泊の情報ですよ。あなたなら何か一つくらい知っているでしょう。
私はピンクのバッタとのDM欄を削除してから答えた。
色帯寸止め先生:ピンクのバッタというアカウントのことですが――。
こうして、私はピンクのバッタの情報を売り渡した。
新興小説投稿サイトであるガウロンセンでの契約作品掲載。
そして、Web小説のトレンドと傾向、書き方を記した黒鳥の創作論『書籍化を呼ぶ雄鶏』を交換にして――。
ギアドラゴン:先生は二次創作しか書けないのですか。
理解っている、理解っているよ。
ギアドラゴン君、私の作品はつまらなくて、コピーで、空っぽなんだ。
ギアドラゴン:早く一次創作に改めて、オリジナルの物語を作るべきです。
そんなことは知っていた。
やるなら、もっと若いうちに挑戦できただろう。
恐かったんだ、私の一次創作が否定されることに――。
ギアドラゴン:先生のやっていることは結局『テンプレという誰かが作った二次創作でしかない』のですから。
心に直接叩き込まれるギアドラゴン君のメッセージ。
端的だが鋭く私の心を突き刺していく。
そう、私はあらゆることから逃げ出してきたのだ。
創作に情熱を燃やすと言いながら、現実から目を背け二次創作に没頭したという事実。
何が創りたいとか、本当は何もなかったんだよ。
実のところ、私は対人関係が苦手で一人で出来そうな文筆業に力を入れただけに過ぎない。
色帯寸止め:作れるかな、私に?
ギアドラゴン:今のままでは無理です。ですが心を入れ替えれば――。
色帯寸止め:無理だよ。
色帯寸止め。
このペンネームは直接的に相手と対峙して当てれない自分の弱さ。
そして、黒帯ではない半端な色帯止まりである自分を揶揄してつけた名前だ。
色帯寸止め:私は歳を取り過ぎてしまった。
今更自分を変え、過去を取り戻す自信もない。
あるのは過去の栄光と、儚い幻想を追い求める孤独なごま塩頭の中年男性だ。
色帯寸止め:のど飴ェ……。
ギアドラゴン:い、色帯寸止め先生?
色帯寸止め:おばあちゃんがね、寒くなったらくれるの。あたるちゃんは体が弱いから、空気が冷たくなると風邪気味になって咳が出るからって。
私は自我が崩壊していくことがわかる。
築き上げたものが全て偽りの栄光と気づいたとき、人は自分の存在に耐えられない。
かといって自殺なんて出来るはずもない。だって、私は臆病者だから。
私はいつも困難から逃げ回る、寸止めでしか相手に対応できないチキンなのだから。
色帯寸止め:おばあちゃん、のど飴を僕にくれるのかなあ。僕はイチゴ味の飴が好きなのに。
ギアドラゴン:先生……今はゆっくりと休んで下さい。
ギアドラゴン君、ありがとう。
ピンクのバッタちゃん、ごめんなさい。
僕は暫く筆を置くよ、だって今日は寒くて書くには厳しいんだもん。
私、色帯寸止めこと紙山中がよく投げつけられた言葉の数々だ。
読者に、編集者に、ライターに、作家仲間に言われたものだ。
紙山という一人の作家は二次創作しか書けないのか、という問い。
だからこそ、ギアドラゴン君が述べたような感想を叩き込まれた。
「一次創作で売れたいよ、私だって」
ワンルームマンションの一部屋。
私だけしかいないこの世界でホットコーヒーをすする。
私は小説家になりたかった。しかし、送った各社で開催される文芸大賞の公募には何度も落選。
そこで愛読していたゲーム雑誌に自分を売り込み、ライター業を開始した。
文章を書くこと自体は好きだったからだ。
最初の仕事は安すぎるほど安い単価だった。
五万字ほど書いて一万円か二万円ほどしかもらえない。
ライター業だけでは食えないので、バイトを掛け持ちしながら食いつないだ。
歯を食いしばって続けた文筆業、するとチャンスが訪れた。
ダンジョン探索型RPGの傑作『ダンジョンオデッセイ』のノベライズの仕事だ。
私は懸命にこれまで磨き続けたものを出して執筆した。
それが『ダンジョンオデッセイ-天使の囁きと悪魔の旋律-』だった。
この作品はゲーム業界や雑誌業界の後押しもあり、売れに売れた。
当時はネットも発達していない時代だったので、私へのファンレターが編集部に届いたものだ。
それを契機に、私の書いたゲームノベライズは売れ続け、春を謳歌し続けた。
しかし、時代を追うごとにゲーム雑誌は売れなくなってくる。
インターネットが登場したのだ。
これまで雑誌が担っていた最新のゲームニュース、レビュー、攻略情報はWebに上がるようになってくる。
そうなると元々やっていたライター業も少しづつなくなり、雑誌を敢行していた出版社は次々に潰れていった。
そして、追い打ちをかけるように攻略本も出なくなると、本の端に掲載していた短編の仕事もなくなっていった。
物書きの仕事をやめたくない、私は何とか伝手を頼ってソシャゲのシナリオライターの仕事を得た。
だけども、その仕事もいつまで続くことやら。
アプリゲーも玉石混交のものとなり、だんだんと下火になっていくのが肌感覚でわかる。
そんなときに目にしたのが、ストーリーギルドに掲載していた作品のソシャゲのシナリオを担当したときだ。
Web小説というものは「所詮、素人の作品発表会」と思い、これまで興味を持たなかったが、その素人の作品を出版社が拾い上げて本に出しているというのだ。
昔だったら原稿用紙に手書きで書いて送るのが一般的だったが、ストギルなどの小説投稿サイトではタグをつけるだけで応募は可能だという。
中にはアニメ化やゲーム化、ドラマ化するような作品が現れる始末。
そう、ネットの登場により業界の形も大きく変わっていたのだ。
私はそんな状況に軽いショックを受けた。
かつては雑誌に原稿を送り、編集者からの返事を何度も待っていた時代だった。
今や、誰もが自由に作品を公開できる世界が広がっていたのだ――。
「私はこのまま消えたくない!」
人知れず、叫んだ魂の言葉。
時代に置いて行かれることの焦りが出始めていた。
私は『色帯寸止め』! ゲームノベライズの時代を築き上げた作家なのだ!
「ここがストーリーギルドか。プロの力を見せてやるさ」
私は愛用していたペンネームでWeb小説の世界へと飛び込んだ。
だが、現実は非情で残酷だった。
冒険ファンタジーの作品を出したが評価が思わしくなかったのだ。
どうも小説投稿サイトというものには流行があり、特定のお約束がないと読まれもしないらしい。
感想欄には「作品がカビ臭い」「展開が遅すぎる」「正直つまらん!」といった読者からのメッセージが並ぶ。
これまで送られたファンレターは編集者が厳選し、肯定的なものしか私に送られていないことをやっと知れた。
作品は書き続けたが評価に天井が見えてくると、次第に私の執筆速度は遅くなっていった。
やがて、書いていた冒険ファンタジーも打ち切りのように終わらせてしまった。
そんな作品を公募に出してみたが当然として落ちる。
この時の私はセレナーデという別の小説投稿サイトに活動を移していた。
ここなら二次創作の投稿が許される。
私はいくつかソシャゲを題材とする作品を執筆して投稿した。
するとどうだ、そこでは私の作品は評価され、感想欄には次々と「面白かったです」「次回が楽しみです」「次の展開が気になる」などといった感想がつけられていく。
作品もセレナーデのランキングに入り、ボロボロになっていた作家としてのプライドが回復していった。
これで自信をつけた私はSNSでの活動を始めた。
もっと色帯寸止めの宣伝をしていきたい――そう思ったからだ。
SNSでの活動を本格的に始めた私は目に留まった『ストギル系作品』への怨みにも似た感情。
華やかな表紙、異世界転生ものの大量生産、テンプレートの展開——。
それらは一見して読者を惹きつける要素を備えているが、心の奥底で私の筆が反応する。
「物語とはこの程度のものではない」
自分の経験と長年の文筆業から培った矜持が私を突き動かした。
SNS上で私は意見を発信することに決めた。最初はこのささやかなポストから始めた。
色帯寸止め:また異世界転生ものか。設定を変えただけの大量生産品ではないか、これは創作ではない。
このポストには同意する声もあれば批判する声もあった。
どちらかといえば私を批判する声が多かったのだが、同意する意見の中に過去の私を知る人物がいた。
それがピンクのバッタというアカウントの引用だった。
ピンクのバッタ:流石は色帯寸止め先生ですね。一時代を築いた作家さんもそう思ってたんだ。
どうやら、このアカウントは『ダンジョンオデッセイ-天使の囁きと悪魔の旋律-』のファンであるという。
私は嬉しくなり、ピンクのバッタをフォローし、ピンクのバッタも私をフォローしてくれた。
このピンクのバッタは、SNS上では『アンチストギル梁山泊』と揶揄されるアカウントのようで、よくストギルの批判をしていた。
主に異世界恋愛ものに対するアンチ活動をしていたので、まるぐりっとを中心とする『異世界令嬢教』なる厄介なアカウント達の攻撃を受けていた。
私はエアリプでの擁護意見を飛ばし、ピンクのバッタを護っていった。
まるぐりっとは私の存在を知っていたようで、私がエアリプを飛ばすとすぐに静かになった。
おそらくであるが、彼女は私のことをラノベ業界の重鎮の一人であると思っていたようだ。
そんなある日、ピンクのバッタからDMが送られて来た。
ピンクのバッタ:色帯寸止め先生、いつもありがとうございます。
それは何気ない感謝のメッセージだった。
そこまではよかったのだが――。
ピンクのバッタ:実はこのアカウント、裏垢なんですよね。表では書籍化作家をしています。
私は驚いた。
このピンクのバッタは書籍化作家だというのだ。
何でも元々異世界恋愛を執筆して書籍化にこぎつけたが、悪い出版社につかまり成人向けの内容に変えるように強制されたという。
作品を敢行したければ内容を変えろ、さもなくばお前は二度と業界で生きていけない、というヤクザまがいのものであった。
以降、ピンクのバッタはまともな恋愛ものを書けなくなり、成人向けの作品しか執筆出来なくなったらしい。
その怒りと憎悪は、自身が力を入れていた異世界恋愛、Web小説全体に向けられていったとのことだ。
私はピンクのバッタを哀れに思い、DMでのささやかな交流が始まった。
DMでのやり取りをしてわかったが、ピンクのバッタはどうやら二十代後半の女性のようだ。
彼女は私に心を許したのか、本名を教え顔写真を送ってきた。
顔はよくいる地味目な女性で大人し気な印象がある。しかし、その雰囲気が私の心に射抜いた。
私は今年で五十一歳、独身で孤独だった。
情けないことであるがピンクのバッタに恋心を抱いてしまい、意を決して告白したが――。
ピンクのバッタ:ごめんなさい先生。私は先生の作品のファンであり、男性としては愛せません。
当たり前の反応だった。相手は私より十歳以上も歳が離れている。
それに私は女性と向き合うには年齢を重ね過ぎた。
文筆業に、創作に人生を燃やし、情熱を注ぎ過ぎたのだ。
私は暗い部屋で一人タバコを吸い、空に舞う紫煙を眺めていた。
「私は何をやっていたんだろうか」
ポツリと出た言葉、それが全てだった。
長い人生を創作に賭け過ぎていたのだ。
あるのは無駄なプライドと僅かな蓄え、消費した年月、粗末な食事。
何故、私は創作に集中していたのか、どこで道を間違えたのかわからない。
私は何がしたかったのだろう。
「ん?」
そんなときに通知が入った。
何者からDMが送られたのである。
黒鳥 響士郎@『最強の青魔導師2巻発売中』:こんにちは色帯寸止め先生、私は黒鳥響士郎というラノベ作家です。
黒鳥響士郎、その名前は知っていた。
ラノベ業界でその名を轟かせる若き才能だ。
シュートがつよいうまむすこ君を筆頭にアンチストギル梁山泊が蛇蝎の如く嫌う作家だ。
何でも彼は独自の創作論をばら撒き集め、厄介なWeb小説家を多く生んでいると聞いている。
敵対するであろう彼が何故、私に接触したきたのかわからなかった。
黒鳥 響士郎@『最強の青魔導師2巻発売中』:友人の編集者が今度オープンする小説投稿サイトに携わることになってましてね。そこで掲載してくれる作家さんを集めているようでして。もちろん報酬はお出しするそうです。
色帯寸止め先生:何を企んでいるかわかりませんが帰って下さい。しつこいようでしたらブロック致します。
黒鳥 響士郎@『最強の青魔導師2巻発売中』:そう邪険にしなくてもいいではありませんか。実は私、先生の『ダンジョンオデッセイ-天使の囁きと悪魔の旋律-』の大ファンでしてね。そんな先生が苦しんでおられる姿に心を痛めておりまして――。
色帯寸止め先生:ブロックしますね。
私が黒鳥をブロックしようと操作したときだ。
彼は長年積もっている私の心を指摘した。
黒鳥 響士郎@『最強の青魔導師2巻発売中』:先生は『一次創作』で売れたい。それが作家としてのサガ。
一次創作で売れる。
それが私が創作に燃やす情熱の理由だった。
黒鳥 響士郎@『最強の青魔導師2巻発売中』:あなたはこのままアンチで消えてはいけない存在です。二次創作だけの作家とは言わせません。あなたは他のアンチストギル梁山泊とは違う、一度は世にその名を轟かせた作家なのです。
私は煙草を灰皿に押し付けた。
色帯寸止め先生:詳しい話を聞かせて下さい。
そのメッセージを打ち込むと黒鳥の笑い声が聞こえたような気がした。
黒鳥 響士郎@『最強の青魔導師2巻発売中』:グレイト! でも、その前に先生に教えて欲しいことがあるのですよ。
色帯寸止め先生:教えて欲しいこと?
黒鳥 響士郎@『最強の青魔導師2巻発売中』:鬱陶しいアンチストギル梁山泊の情報ですよ。あなたなら何か一つくらい知っているでしょう。
私はピンクのバッタとのDM欄を削除してから答えた。
色帯寸止め先生:ピンクのバッタというアカウントのことですが――。
こうして、私はピンクのバッタの情報を売り渡した。
新興小説投稿サイトであるガウロンセンでの契約作品掲載。
そして、Web小説のトレンドと傾向、書き方を記した黒鳥の創作論『書籍化を呼ぶ雄鶏』を交換にして――。
ギアドラゴン:先生は二次創作しか書けないのですか。
理解っている、理解っているよ。
ギアドラゴン君、私の作品はつまらなくて、コピーで、空っぽなんだ。
ギアドラゴン:早く一次創作に改めて、オリジナルの物語を作るべきです。
そんなことは知っていた。
やるなら、もっと若いうちに挑戦できただろう。
恐かったんだ、私の一次創作が否定されることに――。
ギアドラゴン:先生のやっていることは結局『テンプレという誰かが作った二次創作でしかない』のですから。
心に直接叩き込まれるギアドラゴン君のメッセージ。
端的だが鋭く私の心を突き刺していく。
そう、私はあらゆることから逃げ出してきたのだ。
創作に情熱を燃やすと言いながら、現実から目を背け二次創作に没頭したという事実。
何が創りたいとか、本当は何もなかったんだよ。
実のところ、私は対人関係が苦手で一人で出来そうな文筆業に力を入れただけに過ぎない。
色帯寸止め:作れるかな、私に?
ギアドラゴン:今のままでは無理です。ですが心を入れ替えれば――。
色帯寸止め:無理だよ。
色帯寸止め。
このペンネームは直接的に相手と対峙して当てれない自分の弱さ。
そして、黒帯ではない半端な色帯止まりである自分を揶揄してつけた名前だ。
色帯寸止め:私は歳を取り過ぎてしまった。
今更自分を変え、過去を取り戻す自信もない。
あるのは過去の栄光と、儚い幻想を追い求める孤独なごま塩頭の中年男性だ。
色帯寸止め:のど飴ェ……。
ギアドラゴン:い、色帯寸止め先生?
色帯寸止め:おばあちゃんがね、寒くなったらくれるの。あたるちゃんは体が弱いから、空気が冷たくなると風邪気味になって咳が出るからって。
私は自我が崩壊していくことがわかる。
築き上げたものが全て偽りの栄光と気づいたとき、人は自分の存在に耐えられない。
かといって自殺なんて出来るはずもない。だって、私は臆病者だから。
私はいつも困難から逃げ回る、寸止めでしか相手に対応できないチキンなのだから。
色帯寸止め:おばあちゃん、のど飴を僕にくれるのかなあ。僕はイチゴ味の飴が好きなのに。
ギアドラゴン:先生……今はゆっくりと休んで下さい。
ギアドラゴン君、ありがとう。
ピンクのバッタちゃん、ごめんなさい。
僕は暫く筆を置くよ、だって今日は寒くて書くには厳しいんだもん。
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「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!
オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。
ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。
学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。
当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。
同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。
ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。
そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。
まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。
その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。
こうしてジュリーとの同居が決まった。
しかもジュリーの母親、エリカも現われ、ランの家は賑やかになった。
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