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最終筆 ワナビスト龍!
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冬を越え、春を過ぎ、夏は終わりを迎えた。
季節は秋、龍は『風紬交流館』に訪れていた。
今日は読物マルシェ、龍にとっては二回目の参加である。
「これをこうして、アレをああしてと」
今回、龍は個人勢として読物マルシェに参加していた。
古田島の手伝いを思い出しての作業だ。
サークル名『チームギアドラゴン』(一人しかいないけど)のポップの設置。
その他テーブルクロス、値札、釣銭など準備物を並べる。
「イェーイ! 準備完了!」
ガッツポを極める龍。
本日の龍は赤い鉢巻に、黒字に赤い花柄のプリントシャツというダサい恰好ではない。
黒い髪は艶やかで鉢巻という不純物はなく、服装は無地の黒いYシャツに白ズボンという姿だ。
がんばってオサレした! これぞ『ニューギアドラゴン』の新戦闘服と呼べる。
「いよいよだ! いよいよ『お前』を取り出すぜ!」
龍はいよいよ本番へと入る。
長方形のダンボールから何かを取り出した。
「これが俺の初めての同人誌じゃい!」
取り出したのは文庫本サイズの本である。
表紙には龍らしき男のイラストが描かれている。
――タイトルは『ワナビスト龍』。
これは龍が作った同人誌で、内容は自伝的小説となっている。
龍がこの読物マルシェに参加を決めたのは、ストギルを退会したあの日。
「ワナビで悪いか! 俺は誇り高きワナビスト! ワナビスト龍だ!」
と高らかに、無意識に、自然に、偽りなく宣言したあの時だ。
自分の創作とは何か?
その明確な答えがまだ出ていない龍であるが、一つの決意と覚悟を決めた。
あの龍を変えた詩集『世界樹の記憶』のように、自分の人生を言葉として記したいと思ったのだ。
「俺という人間を言葉に出来た。それが俺の出来る精一杯の創作だ」
何かを作る前に、自分は何者であるか――。
そのことをウソ偽りなく書き表現しなければならないと思ったのだ。
社会に生きる自分を説明し、どう生きているか、どう考えているか書けない人間に何かを伝えるなど出来るはずもない。
龍は強くそう考えたのだ。
「しかし、騎士田先生。俺のことを数倍美化して描き過ぎだろ」
表紙のイラストは手掛けたのは漫画家の騎士田浪漫。
自分の自撮り写真を送ってイラストにしてもらったのだが、想像の斜め上に自分がイケメン化していた。
雰囲気がモデルっぽい感じがして何とも言えない感じだ。
「それなりにお金をかけて刷った作品。どれだけの人が手に取ってくれるか……」
龍は不安に思うも、この読物マルシェに自作品を出せたことに安堵していた。
主な内容は自身のWeb小説の事始め、何を迷い、どうしてきたか。
そこにはサクセスストーリーはなく、迷いや失敗が多かったことを赤裸々に記されている。
また仕事のことや、この読物マルシェでの出会いもなどの日常も盛り込まれ、読者を飽きさせないよう努力した。
最終的には自分は迷いながらも自分と言葉を磨いてから『再出発』する決意で締められている。
これは自伝的小説ではあるが、Web小説という広大な海での航海日誌、冒険譚となるものでもある。
「いや、今回は他人から評価は気にしてはいけない。今日はそのつもりで参加したんだ」
ブクマも、評価ポイントも、ランキングも、公募も気にしない作品を書き終えた。
自分の想いを、人生を、魂を言葉という人間が考え出した大いなる発明品で記すことが出来た。
書籍化作家からは『自己満足』と揶揄されるかもしれないが構わない。
この世に生きる自分を書ききることが出来たのだから――。
「あんた……本当にいたのね」
「え?」
龍は一人の女性に話しかけられた。
目つきの鋭い女性で黒いハットを被り、赤茶色のワンピースを着ていた。
髪は後ろにまとめ、緑色のヘアクリップで止めている。
「ど、どちら様ですか?」
「……りっと」
「は?」
「まるぐ……」
「レジナット?」
「まるぐりっとだよ!」
「ほげえええっ!」
こいつは驚き桃の木山椒の木。
龍の目の前に現れたのはまるぐりっと、鬼丸まりあだ。
久しぶりの再登場に龍は驚いていた。
「ゴ、ゴスロリじゃない! 何か横溝正史作品に出てきそうな雰囲気だ! 別人だ! 江戸川乱歩の怪人二十面相だ!」
「驚くのはそこかよ。てか、何だよその意味不明な例え」
「げ、幻想かつ不気味というか」
龍の言葉に鬼丸は睨みをきかせた。
「不気味だと? それ、どういう意味だよ」
「い、いえ……何でもありません。それより何故ここに?」
「あんたがSNSで宣伝告知してたからね。ちょいと顔を見に来てやったのさ」
「そ、そうですか……」
「あんたも色々と大変だったね」
「い、いやあ……ははっ……まあ……」
龍は苦笑いする。
黒鳥の講演会後、龍がギアドラゴンであることが知られ、暫くの間ダークワナビスト達に叩かれていた。
ある者は攻撃的な感想やレビューを送り、ある者は作品のスクショを取り粗探しをして笑いものにしようとした。
だが、どれも龍の心を折らせるものではなかった。
龍はこの目で見たのだ。
彼ら彼女らの弱さ、不安、自信のなさ、何かを頼らねば生きていけない軸のなさ。
そんな卑屈なダークワナビスト達に龍が乱されることはない。
時が流れるにして、彼ら彼女らの誹謗中傷は無くなり、ある者は消え、ある者は別の話題に熱狂していた。
その場、その場を刹那的な感情で生きる彼ら彼女ら――。
龍はそんなダークワナビスト達に憐れみしか感じなかったのである。
「プロの世界、覗いてみてどうだった」
問いかける鬼丸。
彼女が黒鳥とのパイプを持ち、龍をレイヴンクラブへと誘ったのだ。
「ま、まあ……凄かったですね」
龍は小さくそう述べるしかない。
鬼丸はニヤリとした。
龍が何を言いたいかはだいたい想像が出来ているようだ。
「ある意味、黒鳥響士郎は間違っていない。プロっていうのはね、自分を前面に押し出す『自己顕示欲』がなきゃ始まらないんだ。自己アピールを怠ったら、競い合うライバルにあっという間に食われてしまう」
「く、食われる……」
「あんたはドン引きしただろうけど……プロは多かれ少なかれ、自分を騙してでも『自分ブランド』を見せられるかどうか、それが生き残りの分かれ目なんだよ。どれだけ良いものを作っても、誰にも見てもらえなきゃ存在しないのと同じ。そういう厳しさがあの世界にはある」
鬼丸の言葉はあの講演会で黒鳥に言われたものによく似ていた。
お前のやっていることは自己満足、要約するとそうである。
プロの世界で生きていた鬼丸の言葉は龍の心に深く突き刺さった。
「でも、それはあくまでも商業の話だ――創作はそうじゃないだろ?」
「っ!」
「あんたのやろうとしていることは間違っていない」
「お、鬼丸さん……」
「はっ……私を本名で呼んでくれたね」
鬼丸は笑っていた。
その顔は憑きものが落ちたような表情だった。
思えば彼女も『商業作家の意地』という名の魔物に取りつかれていた。
鬼丸まりあとして、本来の創作の楽しみ方を忘れていたのだ。
「あんたのお陰だ。私は本来の創作を思い出すことが出来た」
「お、俺が?」
「忘れたのかい? 私に言っただろ『働け』ってさ。社会に還り、自分を見つめ直す機会を与えてくれた」
商業作家として上手くいかず、創作に逃げていた鬼丸。
そんな彼女に現実を突きつけたのが龍であった。
「そ、それは……あの時は勢いで……」
「勢いでも何でもいいんだよ、あの言葉が私を救ったからね。今は清掃会社で働いていてね、最初はこんな汚い仕事やりたくないと思ってたけど、働くうちに気づきがあった」
「気づき?」
「そうさ……この世は誰かの何かの役割で成り立っている……書籍化作家くらいでマウントを取るのは愚かなこと……その間違いに気づけた切っ掛けを作ってくれたあんたに感謝している」
鬼丸はそう述べると帽子を脱ぎ、どこかへと向かって行く。
「あ、あの……どちらへ?」
「私も参加するんだよ。読物マルシェに」
「なっ!?」
驚く龍に鬼丸は小さく答えた。
「今更かよ、そうじゃなきゃイベント開始前に挨拶しないだろ」
「そ、そりゃそうですけども……一人でですか?」
「……あそこに私のパートナーがいる」
どこかを指差す鬼丸。
その指尖の先にはピースサインをする男がいた。
(ゲェー! あいつは不破冬馬じゃないか!)
なんと、その男は不破冬馬。
元アンチストギル梁山泊の一人『腐ったみかんスミス』であった。
「本当の真実の愛を見つけたの」
「ん?」
「マッチングアプリを使ったんだよ、彼氏が欲しくてね」
「マ、マ、マッチングアプリ!?」
「実際会ったらすぐに意気投合しちゃった。彼もWeb小説を書いてたことがあるんだってさ」
「お、おーん」
「私より年下だけど教養があって、海外のファンタジーのことに詳しくて勉強になる。ちなみに彼、タニス・リーのファンなんだってさ」
恥ずかしそうに述べる鬼丸。
そして、龍は思った。
不破がアンチとして、鬼丸に噛みついていたことは絶対に言えないと。
「あ、あの……二人で何を出品されるんですか?」
「ダークなホラー小説さ」
「ダ、ダークなホラーですか」(こいつらにぴったりの作風だな)
「時間があったら来いよ、絶対」
「は、はひぃ!」
龍は直立不動で敬礼をする。
異世界令嬢教の教祖まるぐりっと、その本名は鬼丸まりあ。
彼女は今、新しい道へと歩もうとしている。
ホラー小説家という恐るべきモデルチェンジを果たして――。
***
(う、売れん!)
龍は一人席に座って読者を待った。
しかし、お昼を過ぎても一冊も売れない状態だ。
このまままでは爆死してしまうメ〇ンテの状況となった。
「古田島さん、結構売れてたもんな。あんた凄かったんだな……」
如何に古田島がアマチュアとはいえ『売れっ子の部類』であるかを心で理解した。
誰もよくわからん自分のことを書いた小説など読むはずもない。
厳しい現実に自然と頭は項垂れていく。
「阿久津川くん、調子はどう?」
「こ、古田島さん!」
そんな龍に話しかけるのは古田島。
メガネはこの一年で卒業してコンタクトに変えている。
読物マルシェには、泰ちゃん達アレッサンドロの創作者チームと共に参加中。
チームはこのイベントの常連であるのだ。
「何冊か売れた?」
「そ、それが全く売れません」
「まあ、最初は誰でもそんなものよ。あなたはまだ誰にも知られていないんだから」
「は、はあ……」
龍は落ち込んだ表情を見せる。
心のどこかで売れないな、と覚悟をしていても一冊も売れないとなると気が落ち込む。
古田島は優しく微笑みかけた。
「自分を信じなさい。あなたの良さをわかってくれる人が絶対にいるはずよ」
「あ、ありがとうございます」
「終わったら、どこかで食事をしましょう」
「アレッサンドロの打ち上げはいいんですか?」
「それはいいの。阿久津川くんとゆっくり話がしたいのよ」
「お、押しが強いですね」
「まあね」
彼女も随分と変った。
仕事では厳しいところはあるが、この一年で少し優しくなった。
押しつけがましいところはなりをひそめ、相手を労わる気持ちを言葉に出すようになっていた。
「本当は私が買ってあげたいところなんだけど、それよりも先に『お客さん』がいたっぽいのよね」
「え、お客?」
龍は不思議に思った。
誰一人として自分の作品を見る者はいないかったのに、古田島はお客がいたと言うのだ。
「ほら、あの子――こっちにいらっしゃい!」
古田島が手招きすると、そこには懐かしい顔があった。
(マ、マウザ!)
それは強筆敵だった。
表情は少し疲れ、頬が少しこけていた。
あの後、彼のサンバ令嬢は無事に書籍化を果たしたものの、初動で詰まり全く売れなかった。
ネット上では駄作として評され、かつていた信奉者達も完全に消え孤独となっていたのだ。
「阿久津川君をずっと見ているから声をかけたのよ。聞いたら、あなたの小説に興味があるんだって」
「あ、あの……その……僕は……」
マウザ。
まうざりっとではなく、今はそう呼ぶべきであろう。
声はか細く、その目は決して龍と合わせようとしない。
龍はたまらず立ち上がり、マウザの手を固く握った。
「教えてくれ! 君の本当の名前を! どうしても知りたいんだ!」
「ちょ、ちょっと……急にどうしたのよ?」
「古田島さん! 彼は俺の友人なんです!」
「ゆ、友人? 知り合いだったの?」
「はい! とても大切な友人です!」
大切な友人。
その言葉を聞いたマウザは、やっと龍の目に合わせてくれた。
「僕が?」
「当たり前じゃないか! 共に語らい、創作を磨き合った大切な友人だ!」
「……ギアドラゴンさん」
「違う! 俺はギアドラゴンではない! 阿久津川! 俺は阿久津川龍太郎! 龍と呼んでくれ!」
「龍……龍さん……」
「次は君だ! 君の名を聞かせてくれ!」
マウザは唇を震わせる。
「僕は博志……沖博志です」
「沖博志……いい名前だな。君のことを博志くんと呼ばせてもらおう」
「は、ははっ……相変わらず元気な人ですね」
「無論だ! 俺は熱き魂の創作者だからな!」
龍は涙し、博志も涙した。
「よかったわね、二人とも」
古田島はどういうことかはわからないが理解はした。
この二人は特別な関係で、とても大切なものを持っているのだろうと。
博志は勇気を出し、目一杯の声を絞り出す。
「龍さん、一冊いただけますか」
「いいのか?」
「僕、もっと龍さんのことを知りたいので――」
「よし!」
龍は自作『ワナビスト龍』を手に取ると、
「飛龍グライド!」
と熱く叫び、博志に魂を込めた作品を手渡した。
これは作者と読者を繋ぐ架け橋。
「ドラゴンブリッジ!」
――である。
なお、料金はニコニコ現金後払いだ。
「な、何よそれ?」
驚く古田島に龍は力強く述べた。
「これは『誇り高きワナビスト』の磨いた言葉! 想いを乗せた行動! 読者への感謝を込めた印です!」
彼の名は『阿久津川龍太郎』。
通称『龍』と呼ばれ、ペンネーム『ギアドラゴン』で創作活動に励む『誇り高きワナビスト』である。
ワナビスト龍・疾風怒濤の完結!
季節は秋、龍は『風紬交流館』に訪れていた。
今日は読物マルシェ、龍にとっては二回目の参加である。
「これをこうして、アレをああしてと」
今回、龍は個人勢として読物マルシェに参加していた。
古田島の手伝いを思い出しての作業だ。
サークル名『チームギアドラゴン』(一人しかいないけど)のポップの設置。
その他テーブルクロス、値札、釣銭など準備物を並べる。
「イェーイ! 準備完了!」
ガッツポを極める龍。
本日の龍は赤い鉢巻に、黒字に赤い花柄のプリントシャツというダサい恰好ではない。
黒い髪は艶やかで鉢巻という不純物はなく、服装は無地の黒いYシャツに白ズボンという姿だ。
がんばってオサレした! これぞ『ニューギアドラゴン』の新戦闘服と呼べる。
「いよいよだ! いよいよ『お前』を取り出すぜ!」
龍はいよいよ本番へと入る。
長方形のダンボールから何かを取り出した。
「これが俺の初めての同人誌じゃい!」
取り出したのは文庫本サイズの本である。
表紙には龍らしき男のイラストが描かれている。
――タイトルは『ワナビスト龍』。
これは龍が作った同人誌で、内容は自伝的小説となっている。
龍がこの読物マルシェに参加を決めたのは、ストギルを退会したあの日。
「ワナビで悪いか! 俺は誇り高きワナビスト! ワナビスト龍だ!」
と高らかに、無意識に、自然に、偽りなく宣言したあの時だ。
自分の創作とは何か?
その明確な答えがまだ出ていない龍であるが、一つの決意と覚悟を決めた。
あの龍を変えた詩集『世界樹の記憶』のように、自分の人生を言葉として記したいと思ったのだ。
「俺という人間を言葉に出来た。それが俺の出来る精一杯の創作だ」
何かを作る前に、自分は何者であるか――。
そのことをウソ偽りなく書き表現しなければならないと思ったのだ。
社会に生きる自分を説明し、どう生きているか、どう考えているか書けない人間に何かを伝えるなど出来るはずもない。
龍は強くそう考えたのだ。
「しかし、騎士田先生。俺のことを数倍美化して描き過ぎだろ」
表紙のイラストは手掛けたのは漫画家の騎士田浪漫。
自分の自撮り写真を送ってイラストにしてもらったのだが、想像の斜め上に自分がイケメン化していた。
雰囲気がモデルっぽい感じがして何とも言えない感じだ。
「それなりにお金をかけて刷った作品。どれだけの人が手に取ってくれるか……」
龍は不安に思うも、この読物マルシェに自作品を出せたことに安堵していた。
主な内容は自身のWeb小説の事始め、何を迷い、どうしてきたか。
そこにはサクセスストーリーはなく、迷いや失敗が多かったことを赤裸々に記されている。
また仕事のことや、この読物マルシェでの出会いもなどの日常も盛り込まれ、読者を飽きさせないよう努力した。
最終的には自分は迷いながらも自分と言葉を磨いてから『再出発』する決意で締められている。
これは自伝的小説ではあるが、Web小説という広大な海での航海日誌、冒険譚となるものでもある。
「いや、今回は他人から評価は気にしてはいけない。今日はそのつもりで参加したんだ」
ブクマも、評価ポイントも、ランキングも、公募も気にしない作品を書き終えた。
自分の想いを、人生を、魂を言葉という人間が考え出した大いなる発明品で記すことが出来た。
書籍化作家からは『自己満足』と揶揄されるかもしれないが構わない。
この世に生きる自分を書ききることが出来たのだから――。
「あんた……本当にいたのね」
「え?」
龍は一人の女性に話しかけられた。
目つきの鋭い女性で黒いハットを被り、赤茶色のワンピースを着ていた。
髪は後ろにまとめ、緑色のヘアクリップで止めている。
「ど、どちら様ですか?」
「……りっと」
「は?」
「まるぐ……」
「レジナット?」
「まるぐりっとだよ!」
「ほげえええっ!」
こいつは驚き桃の木山椒の木。
龍の目の前に現れたのはまるぐりっと、鬼丸まりあだ。
久しぶりの再登場に龍は驚いていた。
「ゴ、ゴスロリじゃない! 何か横溝正史作品に出てきそうな雰囲気だ! 別人だ! 江戸川乱歩の怪人二十面相だ!」
「驚くのはそこかよ。てか、何だよその意味不明な例え」
「げ、幻想かつ不気味というか」
龍の言葉に鬼丸は睨みをきかせた。
「不気味だと? それ、どういう意味だよ」
「い、いえ……何でもありません。それより何故ここに?」
「あんたがSNSで宣伝告知してたからね。ちょいと顔を見に来てやったのさ」
「そ、そうですか……」
「あんたも色々と大変だったね」
「い、いやあ……ははっ……まあ……」
龍は苦笑いする。
黒鳥の講演会後、龍がギアドラゴンであることが知られ、暫くの間ダークワナビスト達に叩かれていた。
ある者は攻撃的な感想やレビューを送り、ある者は作品のスクショを取り粗探しをして笑いものにしようとした。
だが、どれも龍の心を折らせるものではなかった。
龍はこの目で見たのだ。
彼ら彼女らの弱さ、不安、自信のなさ、何かを頼らねば生きていけない軸のなさ。
そんな卑屈なダークワナビスト達に龍が乱されることはない。
時が流れるにして、彼ら彼女らの誹謗中傷は無くなり、ある者は消え、ある者は別の話題に熱狂していた。
その場、その場を刹那的な感情で生きる彼ら彼女ら――。
龍はそんなダークワナビスト達に憐れみしか感じなかったのである。
「プロの世界、覗いてみてどうだった」
問いかける鬼丸。
彼女が黒鳥とのパイプを持ち、龍をレイヴンクラブへと誘ったのだ。
「ま、まあ……凄かったですね」
龍は小さくそう述べるしかない。
鬼丸はニヤリとした。
龍が何を言いたいかはだいたい想像が出来ているようだ。
「ある意味、黒鳥響士郎は間違っていない。プロっていうのはね、自分を前面に押し出す『自己顕示欲』がなきゃ始まらないんだ。自己アピールを怠ったら、競い合うライバルにあっという間に食われてしまう」
「く、食われる……」
「あんたはドン引きしただろうけど……プロは多かれ少なかれ、自分を騙してでも『自分ブランド』を見せられるかどうか、それが生き残りの分かれ目なんだよ。どれだけ良いものを作っても、誰にも見てもらえなきゃ存在しないのと同じ。そういう厳しさがあの世界にはある」
鬼丸の言葉はあの講演会で黒鳥に言われたものによく似ていた。
お前のやっていることは自己満足、要約するとそうである。
プロの世界で生きていた鬼丸の言葉は龍の心に深く突き刺さった。
「でも、それはあくまでも商業の話だ――創作はそうじゃないだろ?」
「っ!」
「あんたのやろうとしていることは間違っていない」
「お、鬼丸さん……」
「はっ……私を本名で呼んでくれたね」
鬼丸は笑っていた。
その顔は憑きものが落ちたような表情だった。
思えば彼女も『商業作家の意地』という名の魔物に取りつかれていた。
鬼丸まりあとして、本来の創作の楽しみ方を忘れていたのだ。
「あんたのお陰だ。私は本来の創作を思い出すことが出来た」
「お、俺が?」
「忘れたのかい? 私に言っただろ『働け』ってさ。社会に還り、自分を見つめ直す機会を与えてくれた」
商業作家として上手くいかず、創作に逃げていた鬼丸。
そんな彼女に現実を突きつけたのが龍であった。
「そ、それは……あの時は勢いで……」
「勢いでも何でもいいんだよ、あの言葉が私を救ったからね。今は清掃会社で働いていてね、最初はこんな汚い仕事やりたくないと思ってたけど、働くうちに気づきがあった」
「気づき?」
「そうさ……この世は誰かの何かの役割で成り立っている……書籍化作家くらいでマウントを取るのは愚かなこと……その間違いに気づけた切っ掛けを作ってくれたあんたに感謝している」
鬼丸はそう述べると帽子を脱ぎ、どこかへと向かって行く。
「あ、あの……どちらへ?」
「私も参加するんだよ。読物マルシェに」
「なっ!?」
驚く龍に鬼丸は小さく答えた。
「今更かよ、そうじゃなきゃイベント開始前に挨拶しないだろ」
「そ、そりゃそうですけども……一人でですか?」
「……あそこに私のパートナーがいる」
どこかを指差す鬼丸。
その指尖の先にはピースサインをする男がいた。
(ゲェー! あいつは不破冬馬じゃないか!)
なんと、その男は不破冬馬。
元アンチストギル梁山泊の一人『腐ったみかんスミス』であった。
「本当の真実の愛を見つけたの」
「ん?」
「マッチングアプリを使ったんだよ、彼氏が欲しくてね」
「マ、マ、マッチングアプリ!?」
「実際会ったらすぐに意気投合しちゃった。彼もWeb小説を書いてたことがあるんだってさ」
「お、おーん」
「私より年下だけど教養があって、海外のファンタジーのことに詳しくて勉強になる。ちなみに彼、タニス・リーのファンなんだってさ」
恥ずかしそうに述べる鬼丸。
そして、龍は思った。
不破がアンチとして、鬼丸に噛みついていたことは絶対に言えないと。
「あ、あの……二人で何を出品されるんですか?」
「ダークなホラー小説さ」
「ダ、ダークなホラーですか」(こいつらにぴったりの作風だな)
「時間があったら来いよ、絶対」
「は、はひぃ!」
龍は直立不動で敬礼をする。
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しかし、お昼を過ぎても一冊も売れない状態だ。
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「古田島さん、結構売れてたもんな。あんた凄かったんだな……」
如何に古田島がアマチュアとはいえ『売れっ子の部類』であるかを心で理解した。
誰もよくわからん自分のことを書いた小説など読むはずもない。
厳しい現実に自然と頭は項垂れていく。
「阿久津川くん、調子はどう?」
「こ、古田島さん!」
そんな龍に話しかけるのは古田島。
メガネはこの一年で卒業してコンタクトに変えている。
読物マルシェには、泰ちゃん達アレッサンドロの創作者チームと共に参加中。
チームはこのイベントの常連であるのだ。
「何冊か売れた?」
「そ、それが全く売れません」
「まあ、最初は誰でもそんなものよ。あなたはまだ誰にも知られていないんだから」
「は、はあ……」
龍は落ち込んだ表情を見せる。
心のどこかで売れないな、と覚悟をしていても一冊も売れないとなると気が落ち込む。
古田島は優しく微笑みかけた。
「自分を信じなさい。あなたの良さをわかってくれる人が絶対にいるはずよ」
「あ、ありがとうございます」
「終わったら、どこかで食事をしましょう」
「アレッサンドロの打ち上げはいいんですか?」
「それはいいの。阿久津川くんとゆっくり話がしたいのよ」
「お、押しが強いですね」
「まあね」
彼女も随分と変った。
仕事では厳しいところはあるが、この一年で少し優しくなった。
押しつけがましいところはなりをひそめ、相手を労わる気持ちを言葉に出すようになっていた。
「本当は私が買ってあげたいところなんだけど、それよりも先に『お客さん』がいたっぽいのよね」
「え、お客?」
龍は不思議に思った。
誰一人として自分の作品を見る者はいないかったのに、古田島はお客がいたと言うのだ。
「ほら、あの子――こっちにいらっしゃい!」
古田島が手招きすると、そこには懐かしい顔があった。
(マ、マウザ!)
それは強筆敵だった。
表情は少し疲れ、頬が少しこけていた。
あの後、彼のサンバ令嬢は無事に書籍化を果たしたものの、初動で詰まり全く売れなかった。
ネット上では駄作として評され、かつていた信奉者達も完全に消え孤独となっていたのだ。
「阿久津川君をずっと見ているから声をかけたのよ。聞いたら、あなたの小説に興味があるんだって」
「あ、あの……その……僕は……」
マウザ。
まうざりっとではなく、今はそう呼ぶべきであろう。
声はか細く、その目は決して龍と合わせようとしない。
龍はたまらず立ち上がり、マウザの手を固く握った。
「教えてくれ! 君の本当の名前を! どうしても知りたいんだ!」
「ちょ、ちょっと……急にどうしたのよ?」
「古田島さん! 彼は俺の友人なんです!」
「ゆ、友人? 知り合いだったの?」
「はい! とても大切な友人です!」
大切な友人。
その言葉を聞いたマウザは、やっと龍の目に合わせてくれた。
「僕が?」
「当たり前じゃないか! 共に語らい、創作を磨き合った大切な友人だ!」
「……ギアドラゴンさん」
「違う! 俺はギアドラゴンではない! 阿久津川! 俺は阿久津川龍太郎! 龍と呼んでくれ!」
「龍……龍さん……」
「次は君だ! 君の名を聞かせてくれ!」
マウザは唇を震わせる。
「僕は博志……沖博志です」
「沖博志……いい名前だな。君のことを博志くんと呼ばせてもらおう」
「は、ははっ……相変わらず元気な人ですね」
「無論だ! 俺は熱き魂の創作者だからな!」
龍は涙し、博志も涙した。
「よかったわね、二人とも」
古田島はどういうことかはわからないが理解はした。
この二人は特別な関係で、とても大切なものを持っているのだろうと。
博志は勇気を出し、目一杯の声を絞り出す。
「龍さん、一冊いただけますか」
「いいのか?」
「僕、もっと龍さんのことを知りたいので――」
「よし!」
龍は自作『ワナビスト龍』を手に取ると、
「飛龍グライド!」
と熱く叫び、博志に魂を込めた作品を手渡した。
これは作者と読者を繋ぐ架け橋。
「ドラゴンブリッジ!」
――である。
なお、料金はニコニコ現金後払いだ。
「な、何よそれ?」
驚く古田島に龍は力強く述べた。
「これは『誇り高きワナビスト』の磨いた言葉! 想いを乗せた行動! 読者への感謝を込めた印です!」
彼の名は『阿久津川龍太郎』。
通称『龍』と呼ばれ、ペンネーム『ギアドラゴン』で創作活動に励む『誇り高きワナビスト』である。
ワナビスト龍・疾風怒濤の完結!
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