【完結】捨てられた薬師は隣国で王太子に溺愛される

青空一夏

文字の大きさ
3 / 28

2 ご苦労様? 

しおりを挟む
 そこには、ギルベルトと――“聖女”ミレイユ様が並んで座っていた。聖女様は、純白のドレスを身にまとい、首元と袖に施された銀糸の刺繍が、傾き始めた陽光を受けて静かにきらめいている。

 私が職人工房街で時間をかけて選んだソファ。そこに、あたりまえのように膝が触れ合うほどの距離で座る二人の姿。

「おかえり、リーナ」
 ギルベルトは立ち上がることもなく、ただ私に視線を向けた。
「今日は……もっと前から言おうと思ってたんだが……別れてくれないか?」
 その言葉に、胸の奥が冷たくなった。両手いっぱいに抱えていた食材が、床に落ちる。
「俺、ミレイユ様と結婚することになった。だから、お前はもう
  
 ミレイユ様が、ゆっくりと優雅に、舞台女優のような笑顔で言葉を重ねる。
「ごめんなさいね。でも、ギルには私のほうが相応しいと思うの。……今まで、ご苦労様」
  
「でも、私はギルのためにポーションをたくさん作ったし、お母さんのお世話もして……弟の学費まで……」
「母さんの世話や弟の学費なんて、俺は頼んでない。勝手にやったことだろ。ああいうの、正直……重かったよ。薬師って、給料いいしな。ずっと、上から目線で“助けてやってる”って空気が……正直、きつかった」
  
 そして、ミレイユ様が小袋を放り投げた。金貨が床に散らばる。
「それで十分でしょ? ギルがあなたのポーション、たくさんくれたけど……あれ、悪くなかったわ。でも、正直どこにでもあるものよ。大した特別感はなかったわ。それより、ギルは一番の成績で騎士に昇格したのよ。彼はもっと上を目指せる男よ。そんな人には……私みたいな、肩書きも影響力もある女が似合うと思わない?」
  
「……そんな……」
「ねぇ、まさかとは思うけど――“選ばれる側”だなんて、本気で思ってたの? の薬師が? 尽くしたことを誇りに思ってるのかもしれないけど、それって、ただの独りよがりよ。ギルが頼んだ? 頼んでないわよね? むしろ彼――“ちょっと怖い”って言ってた。あんなに尽くされると引くって、笑ってたのよ。」

 ――……怖い? 引く? 笑ってた?

 私はギルを支えるために、薬師としての仕事を全力で頑張ってきた。騎士である彼の疲れを少しでも癒そうと、特別な薬草を探して森に入り、手足を擦りむいても構わずポーションを調合した。
 訓練で泥だらけになった服も心を込めて洗い続けた。足の不自由な彼のお母さんの世話も、誰に頼まれるでもなく続けた。弟の学費も、彼の代わりに払って……。

 それは、私にとって少しも苦痛ではなかった。好きな人の役に立てる――それだけで、十分だったから。
 ギルが「ありがとう」と微笑んでくれる、それだけで私は幸せだった。
 ……本当に、それだけでよかったのに。

 ――それら全部を、「ご苦労様」の一言で終わらせるのね……
 
「……だから、一刻も早く出て行ってくれよ。ミレイユ様と結婚するのに、お前と一緒に住んでたら体裁が悪いだろ」
「……え? ここって、私が借りて、家賃も私が払ってたんだけど?」
「俺はここが気に入ってるんだよ。騎士団本部も近いしさ。その袋に金が入ってるだろ? ミレイユ様が用意してくださったんだ。俺を見込んでな。……それで勘弁してくれよ」

 ――嬉しそうに語る声が、胸の奥をナイフみたいに裂いていく。
  

 私は、身の回りのものを黙ってトランクに詰めた。
 市場で買ったばかりの食材は、大きな袋に、ただ無造作に押し込んだ。
 そして、夕暮れに染まった街へと飛び出す。

 ミレイユ様が放り投げた金貨の小袋は――最終的に、ギルベルトが無理やり私の手に握らせた。
「俺が“責任も取らずに捨てた”なんて言われたくないからな。……これで、余計なこと言うなよ」

 ……そんな言葉まで聞かされて。
 胸の奥に残っていた“何か”が、音もなく崩れていった。

 どこに行けばいいんだろう? 
 なにをすれば、この痛みが消えるんだろう?

 途方に暮れて、ただ立ち尽くしていた。
  
「あらリーナ、なにしてるの? ……荷物、すごいことになってるけど」
 ナナさんとリゼさんに、偶然呼び止められて――
しおりを挟む
感想 52

あなたにおすすめの小説

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

「華がない」と婚約破棄されたけど、冷徹宰相の恋人として帰ってきたら……

有賀冬馬
恋愛
「貴族の妻にはもっと華やかさが必要なんだ」 そんな言葉で、あっさり私を捨てたラウル。 涙でくしゃくしゃの毎日……だけど、そんな私に声をかけてくれたのは、誰もが恐れる冷徹宰相ゼノ様だった。 気がつけば、彼の側近として活躍し、やがては恋人に――! 数年後、舞踏会で土下座してきたラウルに、私は静かに言う。 「あなたが捨てたのは、私じゃなくて未来だったのね」

家も婚約者も、もう要りません。今の私には、すべてがありますから

有賀冬馬
恋愛
「嫉妬深い女」と濡れ衣を着せられ、家も婚約者も妹に奪われた侯爵令嬢エレナ。 雨の中、たった一人で放り出された私を拾ってくれたのは、身分を隠した第二王子でした。 彼に求婚され、王宮で輝きを取り戻した私が舞踏会に現れると、そこには没落した元家族の姿が……。 ねぇ、今さら私にすり寄ってきたって遅いのです。だって、私にはもう、すべてがあるのですから。

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

「輝きがない」と言って婚約破棄した元婚約者様へ、私は隣国の皇后になりました

有賀冬馬
恋愛
「君のような輝きのない女性を、妻にするわけにはいかない」――そう言って、近衛騎士カイルは私との婚約を一方的に破棄した。 私は傷つき、絶望の淵に落ちたけれど、森で出会った傷だらけの青年を助けたことが、私の人生を大きく変えることになる。 彼こそ、隣国の若き皇子、ルイス様だった。 彼の心優しさに触れ、皇后として迎え入れられた私は、見違えるほど美しく、そして強く生まれ変わる。 数年後、権力を失い、みすぼらしい姿になったカイルが、私の目の前に現れる。 「お久しぶりですわ、カイル様。私を見捨てたあなたが、今さら縋るなんて滑稽ですわね」。

見捨ててくれてありがとうございます。あとはご勝手に。

有賀冬馬
恋愛
「君のような女は俺の格を下げる」――そう言って、侯爵家嫡男の婚約者は、わたしを社交界で公然と捨てた。 選んだのは、華やかで高慢な伯爵令嬢。 涙に暮れるわたしを慰めてくれたのは、王国最強の騎士団副団長だった。 彼に守られ、真実の愛を知ったとき、地味で陰気だったわたしは、もういなかった。 やがて、彼は新妻の悪行によって失脚。復縁を求めて縋りつく元婚約者に、わたしは冷たく告げる。

【完結】大聖女は無能と蔑まれて追放される〜殿下、1%まで力を封じよと命令したことをお忘れですか?隣国の王子と婚約しましたので、もう戻りません

冬月光輝
恋愛
「稀代の大聖女が聞いて呆れる。フィアナ・イースフィル、君はこの国の聖女に相応しくない。職務怠慢の罪は重い。無能者には国を出ていってもらう。当然、君との婚約は破棄する」 アウゼルム王国の第二王子ユリアンは聖女フィアナに婚約破棄と国家追放の刑を言い渡す。 フィアナは侯爵家の令嬢だったが、両親を亡くしてからは教会に預けられて類稀なる魔法の才能を開花させて、その力は大聖女級だと教皇からお墨付きを貰うほどだった。 そんな彼女は無能者だと追放されるのは不満だった。 なぜなら―― 「君が力を振るうと他国に狙われるし、それから守るための予算を割くのも勿体ない。明日からは能力を1%に抑えて出来るだけ働くな」 何を隠そう。フィアナに力を封印しろと命じたのはユリアンだったのだ。 彼はジェーンという国一番の美貌を持つ魔女に夢中になり、婚約者であるフィアナが邪魔になった。そして、自らが命じたことも忘れて彼女を糾弾したのである。 国家追放されてもフィアナは全く不自由しなかった。 「君の父親は命の恩人なんだ。私と婚約してその力を我が国の繁栄のために存分に振るってほしい」 隣国の王子、ローレンスは追放されたフィアナをすぐさま迎え入れ、彼女と婚約する。 一方、大聖女級の力を持つといわれる彼女を手放したことがバレてユリアンは国王陛下から大叱責を食らうことになっていた。

あなたが「いらない」と言った私ですが、溺愛される妻になりました

有賀冬馬
恋愛
「君みたいな女は、俺の隣にいる価値がない!」冷酷な元婚約者に突き放され、すべてを失った私。 けれど、旅の途中で出会った辺境伯エリオット様は、私の凍った心をゆっくりと溶かしてくれた。 彼の領地で、私は初めて「必要とされる」喜びを知り、やがて彼の妻として迎えられる。 一方、王都では元婚約者の不実が暴かれ、彼の破滅への道が始まる。 かつて私を軽んじた彼が、今、私に助けを求めてくるけれど、もう私の目に映るのはあなたじゃない。

処理中です...