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2 ご苦労様?
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そこには、ギルベルトと――“聖女”ミレイユ様が並んで座っていた。聖女様は、純白のドレスを身にまとい、首元と袖に施された銀糸の刺繍が、傾き始めた陽光を受けて静かにきらめいている。
私が職人工房街で時間をかけて選んだソファ。そこに、あたりまえのように膝が触れ合うほどの距離で座る二人の姿。
「おかえり、リーナ」
ギルベルトは立ち上がることもなく、ただ私に視線を向けた。
「今日は……もっと前から言おうと思ってたんだが……別れてくれないか?」
その言葉に、胸の奥が冷たくなった。両手いっぱいに抱えていた食材が、床に落ちる。
「俺、ミレイユ様と結婚することになった。だから、お前はもういらないんだ」
ミレイユ様が、ゆっくりと優雅に、舞台女優のような笑顔で言葉を重ねる。
「ごめんなさいね。でも、ギルには私のほうが相応しいと思うの。……今まで、ご苦労様」
「でも、私はギルのためにポーションをたくさん作ったし、お母さんのお世話もして……弟の学費まで……」
「母さんの世話や弟の学費なんて、俺は頼んでない。勝手にやったことだろ。ああいうの、正直……重かったよ。薬師って、給料いいしな。ずっと、上から目線で“助けてやってる”って空気が……正直、きつかった」
そして、ミレイユ様が小袋を放り投げた。金貨が床に散らばる。
「それで十分でしょ? ギルがあなたのポーション、たくさんくれたけど……あれ、悪くなかったわ。でも、正直どこにでもあるものよ。大した特別感はなかったわ。それより、ギルは一番の成績で騎士に昇格したのよ。彼はもっと上を目指せる男よ。そんな人には……私みたいな、肩書きも影響力もある女が似合うと思わない?」
「……そんな……」
「ねぇ、まさかとは思うけど――“選ばれる側”だなんて、本気で思ってたの? 孤児院出身の薬師が? 尽くしたことを誇りに思ってるのかもしれないけど、それって、ただの独りよがりよ。ギルが頼んだ? 頼んでないわよね? むしろ彼――“ちょっと怖い”って言ってた。あんなに尽くされると引くって、笑ってたのよ。」
――……怖い? 引く? 笑ってた?
私はギルを支えるために、薬師としての仕事を全力で頑張ってきた。騎士である彼の疲れを少しでも癒そうと、特別な薬草を探して森に入り、手足を擦りむいても構わずポーションを調合した。
訓練で泥だらけになった服も心を込めて洗い続けた。足の不自由な彼のお母さんの世話も、誰に頼まれるでもなく続けた。弟の学費も、彼の代わりに払って……。
それは、私にとって少しも苦痛ではなかった。好きな人の役に立てる――それだけで、十分だったから。
ギルが「ありがとう」と微笑んでくれる、それだけで私は幸せだった。
……本当に、それだけでよかったのに。
――それら全部を、「ご苦労様」の一言で終わらせるのね……
「……だから、一刻も早く出て行ってくれよ。ミレイユ様と結婚するのに、お前と一緒に住んでたら体裁が悪いだろ」
「……え? ここって、私が借りて、家賃も私が払ってたんだけど?」
「俺はここが気に入ってるんだよ。騎士団本部も近いしさ。その袋に金が入ってるだろ? ミレイユ様が用意してくださったんだ。俺を見込んでな。……それで勘弁してくれよ」
――嬉しそうに語る声が、胸の奥をナイフみたいに裂いていく。
私は、身の回りのものを黙ってトランクに詰めた。
市場で買ったばかりの食材は、大きな袋に、ただ無造作に押し込んだ。
そして、夕暮れに染まった街へと飛び出す。
ミレイユ様が放り投げた金貨の小袋は――最終的に、ギルベルトが無理やり私の手に握らせた。
「俺が“責任も取らずに捨てた”なんて言われたくないからな。……これで、余計なこと言うなよ」
……そんな言葉まで聞かされて。
胸の奥に残っていた“何か”が、音もなく崩れていった。
どこに行けばいいんだろう?
なにをすれば、この痛みが消えるんだろう?
途方に暮れて、ただ立ち尽くしていた。
「あらリーナ、なにしてるの? ……荷物、すごいことになってるけど」
ナナさんとリゼさんに、偶然呼び止められて――
私が職人工房街で時間をかけて選んだソファ。そこに、あたりまえのように膝が触れ合うほどの距離で座る二人の姿。
「おかえり、リーナ」
ギルベルトは立ち上がることもなく、ただ私に視線を向けた。
「今日は……もっと前から言おうと思ってたんだが……別れてくれないか?」
その言葉に、胸の奥が冷たくなった。両手いっぱいに抱えていた食材が、床に落ちる。
「俺、ミレイユ様と結婚することになった。だから、お前はもういらないんだ」
ミレイユ様が、ゆっくりと優雅に、舞台女優のような笑顔で言葉を重ねる。
「ごめんなさいね。でも、ギルには私のほうが相応しいと思うの。……今まで、ご苦労様」
「でも、私はギルのためにポーションをたくさん作ったし、お母さんのお世話もして……弟の学費まで……」
「母さんの世話や弟の学費なんて、俺は頼んでない。勝手にやったことだろ。ああいうの、正直……重かったよ。薬師って、給料いいしな。ずっと、上から目線で“助けてやってる”って空気が……正直、きつかった」
そして、ミレイユ様が小袋を放り投げた。金貨が床に散らばる。
「それで十分でしょ? ギルがあなたのポーション、たくさんくれたけど……あれ、悪くなかったわ。でも、正直どこにでもあるものよ。大した特別感はなかったわ。それより、ギルは一番の成績で騎士に昇格したのよ。彼はもっと上を目指せる男よ。そんな人には……私みたいな、肩書きも影響力もある女が似合うと思わない?」
「……そんな……」
「ねぇ、まさかとは思うけど――“選ばれる側”だなんて、本気で思ってたの? 孤児院出身の薬師が? 尽くしたことを誇りに思ってるのかもしれないけど、それって、ただの独りよがりよ。ギルが頼んだ? 頼んでないわよね? むしろ彼――“ちょっと怖い”って言ってた。あんなに尽くされると引くって、笑ってたのよ。」
――……怖い? 引く? 笑ってた?
私はギルを支えるために、薬師としての仕事を全力で頑張ってきた。騎士である彼の疲れを少しでも癒そうと、特別な薬草を探して森に入り、手足を擦りむいても構わずポーションを調合した。
訓練で泥だらけになった服も心を込めて洗い続けた。足の不自由な彼のお母さんの世話も、誰に頼まれるでもなく続けた。弟の学費も、彼の代わりに払って……。
それは、私にとって少しも苦痛ではなかった。好きな人の役に立てる――それだけで、十分だったから。
ギルが「ありがとう」と微笑んでくれる、それだけで私は幸せだった。
……本当に、それだけでよかったのに。
――それら全部を、「ご苦労様」の一言で終わらせるのね……
「……だから、一刻も早く出て行ってくれよ。ミレイユ様と結婚するのに、お前と一緒に住んでたら体裁が悪いだろ」
「……え? ここって、私が借りて、家賃も私が払ってたんだけど?」
「俺はここが気に入ってるんだよ。騎士団本部も近いしさ。その袋に金が入ってるだろ? ミレイユ様が用意してくださったんだ。俺を見込んでな。……それで勘弁してくれよ」
――嬉しそうに語る声が、胸の奥をナイフみたいに裂いていく。
私は、身の回りのものを黙ってトランクに詰めた。
市場で買ったばかりの食材は、大きな袋に、ただ無造作に押し込んだ。
そして、夕暮れに染まった街へと飛び出す。
ミレイユ様が放り投げた金貨の小袋は――最終的に、ギルベルトが無理やり私の手に握らせた。
「俺が“責任も取らずに捨てた”なんて言われたくないからな。……これで、余計なこと言うなよ」
……そんな言葉まで聞かされて。
胸の奥に残っていた“何か”が、音もなく崩れていった。
どこに行けばいいんだろう?
なにをすれば、この痛みが消えるんだろう?
途方に暮れて、ただ立ち尽くしていた。
「あらリーナ、なにしてるの? ……荷物、すごいことになってるけど」
ナナさんとリゼさんに、偶然呼び止められて――
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