【完結】捨てられた薬師は隣国で王太子に溺愛される

青空一夏

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3 優しい先輩

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「ナナさん、リゼさん……私、捨てられました……」
 涙が溢れて止まらない。
「えっ? 嘘でしょう? とにかく、うちにおいで。私たち二人で暮らしているのよ」
「そうそう。遠慮はいらないよ。いつも言ってたじゃない? 私たちを頼っていいんだよって」
 私はそんな二人の言葉に甘えることにした。

 ついていくと、そこは王宮から少し離れた静かな住宅街に建つ、白壁の一戸建てだった。庭には季節の花が咲き、裏手には森が広がっている。二人で借りているというその家は、部屋数にも余裕があり、居間にはランプの明かりと木の香りが溶け合い、どこか懐かしいぬくもりが漂っていた。

 二人は私をソファに座らせ、温かい紅茶を持ってきてくれる。
「さてさて、リーナちゃんはギルベルトの馬鹿野郎になんて言われたのかな?」
「あんなに尽くしてきたのに、酷い男ね。でも、ただの行き違いなら、考え直しなさいよ? もらった指輪のダイヤが小さすぎたの?」
 私は思わず吹き出した。ダイヤの大きさ? そんなどうでもいいことなんかで、こんなに泣かない。

「聖女様と結婚するんですって。私はもう、いらないと言われました。お金も渡されて……手切れ金……みたいです。ギルに無理やり握らされました。『俺が“責任も取らずに捨てた”なんて言われたくないからな。……これで、余計なこと言うなよ』と言われて……」
「なっ、なんですってぇーー! 頭にくるわね。どれ、その小袋を貸して。いったい、いくら渡してきたのよ?」
 私は小袋をナナさんに渡した。
「……金貨二十枚かぁ。――これって、少なすぎだわ。部屋はリーナが借りて、朝も晩も食事して、昼はサンドイッチまで持たせてもらって? 母親の面倒に、弟の学費まで? ねぇ、それで金貨二十枚って本気? リーナが作るポーションだって、普通に売れば二本で金貨一枚なんだけど」

「そんな男と結婚しなくて正解よ。今はつらいかもしれないけど、私たちがついてるから安心して」
 リゼさんは私の肩にそっと手を置いてから、私の持ってきた食材に目をとめた。
「……それより、お腹空いたわよね。その食材、腐らせるのはもったいないわ。ね、貸して。私が食事を作るから、三人でゆっくり食べましょ」
 そう言って、彼女はそれを持ってキッチンに向かった。

 ナナさんは私のそばに寄り添い、優しく声をかけてくれた。
「確かに、別れて正解よ。結婚する前に本性を見せてくれたなんて、むしろ感謝すべきかも。忘れなさい、悪夢だったのよ。それにしても、聖女様もずいぶんと腹黒でいらっしゃる。半年ほど前までは、パッとしなかったのにね。最近は“奇跡の連発”なんて持ち上げられてるけど……中身は最悪ね」

「……とても綺麗な人でした。ギルの家って準男爵家だから、没落してても貴族としてのプライドがあるんだと思います。聖女様と結婚すれば、本当の意味で“上の階級”に行けると思ったのかもしれません」

「綺麗ねぇ……私たちは、リーナのほうがずっと美人だと思ってるけどな? そのミント色の髪とエメラルドグリーンの瞳、すっごく綺麗だもの。とにかく、今日からここに住みなさい。部屋、空いてるし」
 頼もしい声に、思わず胸があたたかくなる。ふたりは先輩で、給料も私より多い。家賃は折半してるって聞いたけど……私も、少し払った方がいいのかな。

「私、三分の一……家賃払います!」
「まさか。可愛い後輩からお金なんて取れるわけないでしょ」
 ナナさんは笑いながら手をひらひらと振ると、すぐに指を一本立てて言い添えた。
「その代わり、食事作りは当番制ね。洗濯や掃除も協力してやること。あともうひとつ、大事なこと――早く立ち直って、あんな馬鹿野郎はキレイさっぱり忘れること!」
 そう言って、ナナさんは朗らかに笑った。

 “馬鹿野郎”……。

 ふたりが率先してギルベルトの悪口を言ってくれるから、私はまだ一度も彼のことを悪く言っていない。
 ――というより、言いたくなかった。

 だって、彼を信じて、支えてきた自分を否定してしまうようで。
 それが、悲しくて……
 それが、虚しくて……

 
   


•───⋅⋆⁺‧₊☽⛦☾₊‧⁺⋆⋅───•

※朝7時夜19時の一日二回更新となります。
※次回はギルベルト視点です。本日夜19時更新です。
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