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15 今度こそ、笑顔で──再び学園へ
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俺は馬車の座席に深く腰かけながら、隣に座るアメリアをそっと見やった。
膝の上では、ふわふわの毛並みと純白の翼を持つ猫型使い魔――ピコルが、丸くなって眠っている。並木道を進む馬車の中、窓から差し込む光が、アメリアの柔らかな栗色の髪を優しく照らしていた。琥珀色の瞳が、嬉しそうに外の景色を追っている。
アメリアがこうして心から笑える日が来るとは――俺は胸の奥で、じんわりとしたものを噛み締めながら、その小さな横顔を見守り続けた。
「窓を開けすぎるな。身体を冷やすぞ」
俺がそう声をかけると、アメリアは振り返って柔らかく微笑んだ。
「大丈夫です。今日は……すごく元気だから! だって、お兄ちゃんが一緒だもの。それに、ピコルもいるし」
アメリアは無邪気に顔をほころばせた。その笑顔を見た瞬間、胸の奥につかえていたものが、ふっとほどけるのを感じる。
──ピコルを作っておいて、正解だったな。
俺は心の中でそっと、自分に小さな拍手を送った。
馬車の中には、もう一人。アメリアの専属侍女となったマリーが、控えめに座っていた。公爵令嬢に仕える侍女としてふさわしい、落ち着いた立ち居振る舞いを時間をかけて叩き込んだ。これなら、学園生活でもしっかりアメリアを支えてくれるだろう。俺はちらりとマリーに目をやり、胸の中でひとつ、小さく頷いた。
また、俺はアメリアのドレスにも目をやった。
淡い水色のワンピースは、オルディアーク公爵夫人──母上が用意したものだ。
控えめながらも、上質な光沢を持つ布地に、繊細な刺繍。アメリアが少し動くたび、光を柔らかく反射して、ふわりと揺れる。
……どうやら、母上も本格的にアメリアを溺愛し始めたらしい。
俺は、思わず小さく笑った。思い返せば、前回アメリアが学園に通うときに持たされた衣装は、必要最低限のものばかりだった。だが今回は違う。仕立てさせたドレスやワンピースの数は、前の比じゃない。軽く五倍はある。
金のかけ方がまるで違う。
──そう、今のアメリアは、それだけの価値がある存在になったということだ。
俺はアメリアの膝の上で丸くなっているピコルに、そっと手を伸ばして撫でた。
「いいか? アメリアをちゃんと守るんだぞ」
『主よ、了解ニャン……!』
ピコルは、ぴしっと前足を揃えて返事をする。
この数日で、会話もずいぶん上達してきたものだ。
「学園が見えてきたら姿を消せ。あそこは、ペットの持ち込みは禁止だからな」
『もふっと隠れるニャ!』
愛らしい返事に、思わず笑みがこぼれる。
そんなやり取りを見ながら、アメリアは嬉しそうにピコルを抱きしめた。
「ピコル、大好きよ。これからよろしくね!」
うん、ピコルを気に入ったのはいいことだ。
だが――
"大好き"の言葉、できれば俺にも向けてほしかった。
少しだけ落ち込んでいると、アメリアがふわりと微笑み、こちらを見上げた。
「お兄ちゃんは、もっともっと大好きです!」
その一言が、胸の奥にやさしく染み込んできた。
うんうん、そうだろうとも。
ふっふっふっふ……それでこそ、俺の可愛い妹だ。
はぁぁ~……。
アメリアは、日に日に可愛くなりすぎる。
まったく、俺の心臓がいくつあっても足りないぞ。
学園の門が見えてきた。
その向こうには、教師たちがずらりと並んで出迎えていた。
「……随分と、派手だな」
俺が小さく呟くと、御者が緊張したように手綱を引き締める。
本来、生徒が入学するだけでここまで大げさな歓迎はない。
だが今回は、王妃殿下と宰相の甥にして、オルディアーク公爵家当主の入学だ。
──まあ、こうなるのも仕方がないか。
門をくぐった馬車が止まると、学園長自らが俺たちのもとへ歩み寄ってきた。
深々と頭を下げ、馬車の扉に手を添える。
外から、微かなざわめきが聞こえた。
ちらりと見上げれば、校舎の窓から学生たちが顔を覗かせている。
次第にその視線が、俺へ、そしてアメリアへと注がれるのがわかった。
「……誰? あの綺麗な男の人……!」
「うそ……かっこいい……」
「え、アメリア嬢? あんなに可愛かったっけ?」
ざわめきが広がっていく。
俺は眉をひそめかけて、隣にいるアメリアを見た。
──そりゃ、騒がれるのも無理はない。
以前とは比べものにならないほど、妹は輝いている。
体調を崩していた頃の儚さは影を潜め、今は健康的な血色に、柔らかな微笑みを浮かべている。
まるで童話に出てくる姫君のようだった。
俺は、胸の奥に湧き上がる誇らしさを抑えきれず、ふっと笑った。
「行こう、アメリア」
小さく声をかけると、アメリアはぱっと顔を輝かせ、コクリとうなずいた。小さな手をぎゅっと握りしめながら、俺たちは学園の敷地へと足を踏み入れた。
──今度こそ、アメリアが安心して過ごせる学園生活になるように。
俺は心の中で、静かに強く誓った。
さぁ、楽しい学園生活の始まりだ!
膝の上では、ふわふわの毛並みと純白の翼を持つ猫型使い魔――ピコルが、丸くなって眠っている。並木道を進む馬車の中、窓から差し込む光が、アメリアの柔らかな栗色の髪を優しく照らしていた。琥珀色の瞳が、嬉しそうに外の景色を追っている。
アメリアがこうして心から笑える日が来るとは――俺は胸の奥で、じんわりとしたものを噛み締めながら、その小さな横顔を見守り続けた。
「窓を開けすぎるな。身体を冷やすぞ」
俺がそう声をかけると、アメリアは振り返って柔らかく微笑んだ。
「大丈夫です。今日は……すごく元気だから! だって、お兄ちゃんが一緒だもの。それに、ピコルもいるし」
アメリアは無邪気に顔をほころばせた。その笑顔を見た瞬間、胸の奥につかえていたものが、ふっとほどけるのを感じる。
──ピコルを作っておいて、正解だったな。
俺は心の中でそっと、自分に小さな拍手を送った。
馬車の中には、もう一人。アメリアの専属侍女となったマリーが、控えめに座っていた。公爵令嬢に仕える侍女としてふさわしい、落ち着いた立ち居振る舞いを時間をかけて叩き込んだ。これなら、学園生活でもしっかりアメリアを支えてくれるだろう。俺はちらりとマリーに目をやり、胸の中でひとつ、小さく頷いた。
また、俺はアメリアのドレスにも目をやった。
淡い水色のワンピースは、オルディアーク公爵夫人──母上が用意したものだ。
控えめながらも、上質な光沢を持つ布地に、繊細な刺繍。アメリアが少し動くたび、光を柔らかく反射して、ふわりと揺れる。
……どうやら、母上も本格的にアメリアを溺愛し始めたらしい。
俺は、思わず小さく笑った。思い返せば、前回アメリアが学園に通うときに持たされた衣装は、必要最低限のものばかりだった。だが今回は違う。仕立てさせたドレスやワンピースの数は、前の比じゃない。軽く五倍はある。
金のかけ方がまるで違う。
──そう、今のアメリアは、それだけの価値がある存在になったということだ。
俺はアメリアの膝の上で丸くなっているピコルに、そっと手を伸ばして撫でた。
「いいか? アメリアをちゃんと守るんだぞ」
『主よ、了解ニャン……!』
ピコルは、ぴしっと前足を揃えて返事をする。
この数日で、会話もずいぶん上達してきたものだ。
「学園が見えてきたら姿を消せ。あそこは、ペットの持ち込みは禁止だからな」
『もふっと隠れるニャ!』
愛らしい返事に、思わず笑みがこぼれる。
そんなやり取りを見ながら、アメリアは嬉しそうにピコルを抱きしめた。
「ピコル、大好きよ。これからよろしくね!」
うん、ピコルを気に入ったのはいいことだ。
だが――
"大好き"の言葉、できれば俺にも向けてほしかった。
少しだけ落ち込んでいると、アメリアがふわりと微笑み、こちらを見上げた。
「お兄ちゃんは、もっともっと大好きです!」
その一言が、胸の奥にやさしく染み込んできた。
うんうん、そうだろうとも。
ふっふっふっふ……それでこそ、俺の可愛い妹だ。
はぁぁ~……。
アメリアは、日に日に可愛くなりすぎる。
まったく、俺の心臓がいくつあっても足りないぞ。
学園の門が見えてきた。
その向こうには、教師たちがずらりと並んで出迎えていた。
「……随分と、派手だな」
俺が小さく呟くと、御者が緊張したように手綱を引き締める。
本来、生徒が入学するだけでここまで大げさな歓迎はない。
だが今回は、王妃殿下と宰相の甥にして、オルディアーク公爵家当主の入学だ。
──まあ、こうなるのも仕方がないか。
門をくぐった馬車が止まると、学園長自らが俺たちのもとへ歩み寄ってきた。
深々と頭を下げ、馬車の扉に手を添える。
外から、微かなざわめきが聞こえた。
ちらりと見上げれば、校舎の窓から学生たちが顔を覗かせている。
次第にその視線が、俺へ、そしてアメリアへと注がれるのがわかった。
「……誰? あの綺麗な男の人……!」
「うそ……かっこいい……」
「え、アメリア嬢? あんなに可愛かったっけ?」
ざわめきが広がっていく。
俺は眉をひそめかけて、隣にいるアメリアを見た。
──そりゃ、騒がれるのも無理はない。
以前とは比べものにならないほど、妹は輝いている。
体調を崩していた頃の儚さは影を潜め、今は健康的な血色に、柔らかな微笑みを浮かべている。
まるで童話に出てくる姫君のようだった。
俺は、胸の奥に湧き上がる誇らしさを抑えきれず、ふっと笑った。
「行こう、アメリア」
小さく声をかけると、アメリアはぱっと顔を輝かせ、コクリとうなずいた。小さな手をぎゅっと握りしめながら、俺たちは学園の敷地へと足を踏み入れた。
──今度こそ、アメリアが安心して過ごせる学園生活になるように。
俺は心の中で、静かに強く誓った。
さぁ、楽しい学園生活の始まりだ!
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