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14.閑話:ルドヴィックと友人
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ルドヴィックがヴィクトリアを初めて見かけたのは、彼女の社交界デビューの日だった。
十六で大人の仲間入りとしてデビューする令息令嬢は、その年の社交界時期に行われる王宮舞踏会にて王族に挨拶をして初めて大人としてみなされる。
そしてヴィクトリアも例にもれず、その舞踏会に参加していた。
彼女の家は子爵と爵位は低いながらも、かなり注目されていた。
というのも、彼女の家はこの国屈指の資産家であり、もともと商家であるがゆえに、今なお資産を増やしているという家柄。
さらに、跡取りは女性という事で、次男以下の爵位を継げない男児にはかなり狙われていた。
しかし、ルドヴィックは当初全く興味なかった。
彼自身は三男であるが、すでに騎士としてそれなりの地位にいたし、出世頭として最年少騎士団長になるのも夢ではない。そこまでいけば騎士爵になれる。運が良ければ男爵くらいにはなれる算段だ。
しかも、自身で投資もしているのでかなり裕福。
人の家の金にも爵位にも興味はない、それがルドヴィックだった。
そんなルドヴィックだったが彼も男で、他人の金にも爵位にも興味はなくても、女性には多少の興味はある。
そのため、付き合いがてら一歩後ろの方で新成人の姿を眺めていた。
その時。
誰よりもまっすぐ前を見つめ、堂々としていたのはヴィクトリアだった。
凛として、幼さを残しながら女性としての色香も併せ持つ、そんな危うさが混在していて、雄としての本能が、一気に高まった。
子供に興味はない。
しかし、心から欲しいと思ってしまった。
――あれは私のものだ。
のちに隣にいた友人に、怖ぇえよ……、と言われたのは聞かなかったことにした。
「んで、首尾よくいったのか?」
「怖がらせてしまったな……。でも、必死に微笑もうとしている姿がいじらしくて可愛かったんだ」
「あー、うん。ごめん、俺理解できないわ」
「理解できなくていい。彼女の事は私が一人が理解していればそれで。むしろ理解するな、近寄るな、顔も見せるな」
「おい、それじゃあお前は何のためにここに来た?」
ヴィクトリアの家を辞したその足でやって来たのは、法務局所属の幼馴染兼友人、ザイールの所だった。
相手はうんざりしながらも、一応ルドヴィックの話に耳を傾けながら、このストーカーを訴える方が先ではないかと考えつつ、書類を作成していた。
「で、これでいいか?」
渡された書類を眺め、満足そうにルドヴィックが頷く。
大事に仕舞いこむ姿に、やっぱりこっちを先にどうにかする方が国のためじゃね、と思っているザイールは、とりあえず友人が色々大人げない手段を取っている姿にちょっと思う所がありすぎて、こいつと縁切れないかなぁとか思っていた。
「伯爵家は自分たちの立場をよく理解していなかったらしい。彼女に選ばれた名誉を心に刻み付け、彼女のためにその命を差し出さず、逆に名を汚そうとしていた。万死に値する」
「もうさ、俺前から思っていたけど、なんでさっさと奪い取らなかったわけよ? お前ならできただろ?」
「……彼女が選んだ相手だから、きっと好いているのだろうと思って……」
「乙女かよ」
彼女を少しでも知っている人間がいれば、クレメンスを選んだ理由ぐらいすぐに思いつきそうなものだが、恋は盲目なのか、思い至ることの無かったルドヴィックにザイールがつっこむ。
「それに、後ろにいたのが公爵家というのも彼女が断らなかった理由の一つだった」
当時、その公爵家当主は政界ではかなり力を持つ人物。
彼とのコネができれば、子爵家にとっても旨味がある、そんな打算や断った時の被害の事を考えてヴィクトリアは婚約を受け入れたと想像できる。少なくとも、ザイールはそう思い至った。
しかし、その公爵家当主が突然事故死ししてしまったので、婚約自体子爵家にとって意味のないものになってしまった。それでも婚約を継続させていたので、ルドヴィックはクレメンスの見た目が良かったので、ヴィクトリアが彼の事を喜んで受け入れたと思っていた。
「私の方がいいと思わせるのは、少しばかりの努力じゃだめなんだ。だれからも認められるくらいにならなければ」
「それで侯爵領分捕ろうって普通は思い至らない訳よ。どんだけぶっ飛んでの? お前」
「公爵家の事を考えたら、それぐらいの持参金は必要だと思ってだな」
「え、何? お前婿養子になるつもりだったの? まじで?」
「彼女は子爵家の跡取りだ。私が婿に入るのが普通だろ。私は三男だし、継ぐべき爵位もない」
「えぇ? もしかして爵位狙い?」
「爵位も彼女に受け継がせる。私はひっそりと陰で支えられればそれで満足なんだ」
人には人の価値観がある。
ルドヴィックにとっては金も爵位もどうでもいい。その気持ちに変わりはない。
「彼女が適齢期の間に決着付けるはずだったが、色々と忙しくなりすぎて遅れてしまったのは申し訳が無かった」
「お前、騎士団長に任命されちゃったしなぁ。もっと遅いかと思ったのに、おっさん引退早すぎなんだよ」
「奥方と引退後はのんびり過ごすんだとか。私も愛する女性と結婚してのんびり過ごしたい」
「まず、しっかり婚約もぎ取れよ」
飛躍しすぎの考えのルドヴィックを呆れた様子でザイールが見る。
「その前に、あっちを処理してからだな」
きちんと伯爵家の事とのいざこざを処理してからでないと、ヴィクトリアは真面目だから先に進まない気がしていた。
「もう、どうでもいいけどさ……頼むから周囲を巻き込んでくれるなよ? 俺も忙しいのに、お前が何かしでかすたびにその事情聴取に呼び出されんの面倒なんだからな?」
「適当に返しておけばいいものを」
「お前がそんなんだから、俺のところに来るんだろうが! なんで国政に携わるお歴々がこぞって俺のところに来るんだよ。やめて! 俺は一般人なんだから! 埋没したいんだから!」
「ザイール」
ルドヴィックがにやりと笑って、肩を叩く。
「顔を覚えられて良かったじゃないか。出世が早くなるぞ?」
「いやだ! お前に利用されるための出世なんてごめんなんだよ!!」
後日、法務局所属の人間であるのに突然第二騎士団長付き書記官に任命され仕事が増える事になった時、逃げられないことを悟った文官が一人涙していた。
十六で大人の仲間入りとしてデビューする令息令嬢は、その年の社交界時期に行われる王宮舞踏会にて王族に挨拶をして初めて大人としてみなされる。
そしてヴィクトリアも例にもれず、その舞踏会に参加していた。
彼女の家は子爵と爵位は低いながらも、かなり注目されていた。
というのも、彼女の家はこの国屈指の資産家であり、もともと商家であるがゆえに、今なお資産を増やしているという家柄。
さらに、跡取りは女性という事で、次男以下の爵位を継げない男児にはかなり狙われていた。
しかし、ルドヴィックは当初全く興味なかった。
彼自身は三男であるが、すでに騎士としてそれなりの地位にいたし、出世頭として最年少騎士団長になるのも夢ではない。そこまでいけば騎士爵になれる。運が良ければ男爵くらいにはなれる算段だ。
しかも、自身で投資もしているのでかなり裕福。
人の家の金にも爵位にも興味はない、それがルドヴィックだった。
そんなルドヴィックだったが彼も男で、他人の金にも爵位にも興味はなくても、女性には多少の興味はある。
そのため、付き合いがてら一歩後ろの方で新成人の姿を眺めていた。
その時。
誰よりもまっすぐ前を見つめ、堂々としていたのはヴィクトリアだった。
凛として、幼さを残しながら女性としての色香も併せ持つ、そんな危うさが混在していて、雄としての本能が、一気に高まった。
子供に興味はない。
しかし、心から欲しいと思ってしまった。
――あれは私のものだ。
のちに隣にいた友人に、怖ぇえよ……、と言われたのは聞かなかったことにした。
「んで、首尾よくいったのか?」
「怖がらせてしまったな……。でも、必死に微笑もうとしている姿がいじらしくて可愛かったんだ」
「あー、うん。ごめん、俺理解できないわ」
「理解できなくていい。彼女の事は私が一人が理解していればそれで。むしろ理解するな、近寄るな、顔も見せるな」
「おい、それじゃあお前は何のためにここに来た?」
ヴィクトリアの家を辞したその足でやって来たのは、法務局所属の幼馴染兼友人、ザイールの所だった。
相手はうんざりしながらも、一応ルドヴィックの話に耳を傾けながら、このストーカーを訴える方が先ではないかと考えつつ、書類を作成していた。
「で、これでいいか?」
渡された書類を眺め、満足そうにルドヴィックが頷く。
大事に仕舞いこむ姿に、やっぱりこっちを先にどうにかする方が国のためじゃね、と思っているザイールは、とりあえず友人が色々大人げない手段を取っている姿にちょっと思う所がありすぎて、こいつと縁切れないかなぁとか思っていた。
「伯爵家は自分たちの立場をよく理解していなかったらしい。彼女に選ばれた名誉を心に刻み付け、彼女のためにその命を差し出さず、逆に名を汚そうとしていた。万死に値する」
「もうさ、俺前から思っていたけど、なんでさっさと奪い取らなかったわけよ? お前ならできただろ?」
「……彼女が選んだ相手だから、きっと好いているのだろうと思って……」
「乙女かよ」
彼女を少しでも知っている人間がいれば、クレメンスを選んだ理由ぐらいすぐに思いつきそうなものだが、恋は盲目なのか、思い至ることの無かったルドヴィックにザイールがつっこむ。
「それに、後ろにいたのが公爵家というのも彼女が断らなかった理由の一つだった」
当時、その公爵家当主は政界ではかなり力を持つ人物。
彼とのコネができれば、子爵家にとっても旨味がある、そんな打算や断った時の被害の事を考えてヴィクトリアは婚約を受け入れたと想像できる。少なくとも、ザイールはそう思い至った。
しかし、その公爵家当主が突然事故死ししてしまったので、婚約自体子爵家にとって意味のないものになってしまった。それでも婚約を継続させていたので、ルドヴィックはクレメンスの見た目が良かったので、ヴィクトリアが彼の事を喜んで受け入れたと思っていた。
「私の方がいいと思わせるのは、少しばかりの努力じゃだめなんだ。だれからも認められるくらいにならなければ」
「それで侯爵領分捕ろうって普通は思い至らない訳よ。どんだけぶっ飛んでの? お前」
「公爵家の事を考えたら、それぐらいの持参金は必要だと思ってだな」
「え、何? お前婿養子になるつもりだったの? まじで?」
「彼女は子爵家の跡取りだ。私が婿に入るのが普通だろ。私は三男だし、継ぐべき爵位もない」
「えぇ? もしかして爵位狙い?」
「爵位も彼女に受け継がせる。私はひっそりと陰で支えられればそれで満足なんだ」
人には人の価値観がある。
ルドヴィックにとっては金も爵位もどうでもいい。その気持ちに変わりはない。
「彼女が適齢期の間に決着付けるはずだったが、色々と忙しくなりすぎて遅れてしまったのは申し訳が無かった」
「お前、騎士団長に任命されちゃったしなぁ。もっと遅いかと思ったのに、おっさん引退早すぎなんだよ」
「奥方と引退後はのんびり過ごすんだとか。私も愛する女性と結婚してのんびり過ごしたい」
「まず、しっかり婚約もぎ取れよ」
飛躍しすぎの考えのルドヴィックを呆れた様子でザイールが見る。
「その前に、あっちを処理してからだな」
きちんと伯爵家の事とのいざこざを処理してからでないと、ヴィクトリアは真面目だから先に進まない気がしていた。
「もう、どうでもいいけどさ……頼むから周囲を巻き込んでくれるなよ? 俺も忙しいのに、お前が何かしでかすたびにその事情聴取に呼び出されんの面倒なんだからな?」
「適当に返しておけばいいものを」
「お前がそんなんだから、俺のところに来るんだろうが! なんで国政に携わるお歴々がこぞって俺のところに来るんだよ。やめて! 俺は一般人なんだから! 埋没したいんだから!」
「ザイール」
ルドヴィックがにやりと笑って、肩を叩く。
「顔を覚えられて良かったじゃないか。出世が早くなるぞ?」
「いやだ! お前に利用されるための出世なんてごめんなんだよ!!」
後日、法務局所属の人間であるのに突然第二騎士団長付き書記官に任命され仕事が増える事になった時、逃げられないことを悟った文官が一人涙していた。
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