北国の王は運命のうさぎが愛おしい

田舎

文字の大きさ
1 / 3

北国の王は運命のうさぎが愛おしい

しおりを挟む
白く柔らかな尾に、長い耳。
ふわっとした麦色の髪と、くるっと大きな黒い瞳。
ネザーランドドワーフのΩ――リュトは、黄金の国で生まれた。

この国では、希少なΩは十六になると城へ上げられる。
王族か貴族のαに与えられ、妻か愛妾として囲われるために。
だが、リュトの両親はそれを拒否した。

―――『君は僕たちの宝物だよ』
―――『大好きよ、リュト』

番となる”主人”が決まると、Ωは二度と両親と会えない。
リュトの家は小さく貧しい暮らしだったけれど、両親にたっぷりと愛情を注がれて、十八歳になるまでリュトは親元で暮らすことができた。

リュトも両親が大好きだった、幸せだった。
そして城行きを拒むように、リュトが「発情」をしたことは一度もなかった。

それなのに…。





城の騎士に導かれ、長く磨き上げられた回廊を歩く。
気分はまるで処刑場に連れて行かれる囚人みたいだった。


(……やだよ、ずっと一人ぼっちだなんて…)

顔も名前も知らないαに選ばれて、――これから自分は一体どうなるのか。

今すぐ逃げ出したい。
それに、一度城に入ったΩと再会したという話は、滅多に聞かない。
だけど…、黄金の国ではΩの地位は一番低い。いつまでも法に背けば、両親がいわれのない罪で罰を受けてしまう。
今までだってリュトのために、高額な違約金を払ってくれたのに…。


「……ぐすっ」

ぺしょりと耳を落として、ぽろぽろ啜り泣くリュト。
その姿に騎士は困ったように声を和らげた。

「そんな顔をするな。本来なら庶民が拝謁も叶わぬ高貴な方々だが、気に入られれば贅沢をさせてくれるぞ」

(贅沢なんて、いらないのに……)

そんなことを望んだことは一度もない。


「君の器量は悪くない。やや幼く見えるかもしれないが、ウサギ種はがあるからね」
「……ぅ」
「ほら、”選別室”はすぐだ。これで顔を拭きなさい」

目の前の扉を開けば、顔も名前も知らない複数のαが待ち構えている。
なんとなく、そんな気配がした。

――もしも、心優しいαのお眼鏡にかなうことが出来れば、両親に会わせてもらえるかもしれない。

もう、リュトはそれに縋るしかない。
騎士に差し出されたハンカチに手を伸ばした、その瞬間―― 騎士の体が横へ弾け飛んだ。


「……え?」

何が起きたのか理解できない。

リュトの黒い大きな瞳。その視界いっぱいに翻るのは、銀の刺繍を散らした青いマント。

それと吹き飛ばされた騎士を睨み据える―― 肉食獣の、


「……ひっ」

次の瞬間、怒りに燃える獰猛な瞳がリュトを捉えた。

恐怖に息が止まり、視界が白く霞む。


「おい」
「あ、っ、あぅ…!」

なんだろ、これは……。
息苦しくて、氷のように冷たくなる体……。


リュトは、そのまま気を失った。



*  *  *



「――王よ! ここは北の国ではありません。他国の騎士を殴り飛ばすとは何事です!」
「それがなんだ、ハイン。我が国がこの国から受けた仕打ちに比べれば、まだ生ぬるいぞ」

「殴っていい理由になっていません!」、そう怒鳴る男と冷静な男の声。
言い合う二人の声に、リュトは目を覚ました。

「だから、あの男の右手には……」

男はそこで言葉を切った。
起き上がったリュトに気づいたのだ。

「――!」
「ああ、よかった。目が覚めたのですね」

安堵を浮かべる優しげな青年と、冷たい風貌の大男。
意識を手放す前にリュトが見た、銀と黒の混じった長髪と氷のように透き通る瞳だ。

それよりも――

「あ、アナタたちは……北の国の、かた…ですよね」

リュトは学校へ行ったことがない。拙い言い方でも、精いっぱいの丁寧語だった。
この部屋は内装どころか、掲げられた国章も「黄金の国」のものではない。
それと、三日前に行われた「北の国一行」歓迎のパレードをリュトも遠くから眺めていた。

目の前にいるのは、北極の王。

「セーヴェル・ディン・アイノース」

隣に控えるのは、王の側近と思しき白狐だ。
どちらも肉食獣らしく背が高く、体格も大きい。


(ど、どうしよう……)

心臓がバクバクと早くなる。

(オレ、なにか……しちゃったかな……)

罪もない騎士を殴りつけるような他国の獣人だ。
歴史でも、北の国は「蛮族」だと学んできたリュトには張り詰めた緊張感しかない。

一体なぜ、その国の国王様が目の前にいるのか聞きたいのに…、唇が震えて動かない。


「王よ、あまり彼を睨んではいけません。怯えていますよ」
「睨んでなどいない。こんな小さな生き物がいる事に驚いている」
「確かに、北の国にはいませんね。これほど愛らしいΩなど、すぐ食べられてしまいます」

「ぴっ!?」

「……やめろ、ハイン。お前の言い方のほうが俺のしたことよりずっと怖いぞ」
「おや、これは失礼。――小さな兎のΩ様」

白狐はゆっくりとリュトの前に膝をついた。

「さっそくですが、貴方様を我が国へお招きしたいのです」
「……お、お招き?」
「はい。現在、北の国には番のいないΩが存在しません。ゆえに他国のΩ様へお声がけしているのです。もちろん貴方にも相応の待遇をお約束いたします」
「……え」
「ご安心ください。無理に攫うことはいたしません。同意を頂ければ、と願っておりますが」

細められた狐の目は、やわらかく微笑んでいる。

(――― 怖い!!無理、無理…!!)

雪と氷に閉ざされた北の国―― アイノース。
黄金の国とは長く領土を巡り戦争を続け、勝者は北の国だった。戦時中とはいえ、北の国は捕虜に容赦しなかったと教えられていた。
初めてその話を知った夜、リュトは恐怖で眠れなかった。

その記憶が蘇り、喉がひゅっと鳴る。
この人物は、なぜ自分にアイノースに来てほしいなどと言うのか。


(オレが、Ωだから…?)

――番のいないΩが、いないからだ。

間違いなく、北の国へ行けば 「α」の子を産む道具にされる。

恐怖のあまり、耳も手も震えて動かない。
帰りたい。家に帰りたい。
恐怖に凍りついたまま、リュトはピクリとも動けなかった。


「……ハイン、帰るぞ」
「では、すぐにΩ様の支度を」
「いい。かまわない」
「は、はいぃ!?」
「……うるさいぞ、もとより無理強いをする気などない」
「しかし、王よ! 彼は、貴方の――!」

家臣は目を見開き、主君を見る。
だが王は振り返らない。

リュトを見ることすらせず、言い放った。


「Ωを尊重できないαなど、――王族でも重罪だ」


低い、揺るがぬ王の声。
堂々とした声は、有無を言わせない。

(おう、さま……?)

なぜだろう?

その言葉を聞いた瞬間――
北の王の誠実な態度に、気がつくとリュトの気持ちは軽くなっていた。


「あ、あの…、っ」
「なんだ?」
「こ、高待遇っ… それは、オレの家族、りょ、両親にも、っ」

うまく言葉が続かない。
喉が詰まり、涙が落ちる。

もし両親にも与えられるのなら―― 自分がどうなっても構わない。
オレは親孝行の一つも満足にしてあげられなかったから――…!

(今なら… この人たちについて行くことで、両親を楽にさせてあげられるかも)

どうせ、黄金の国にいても変わらないΩの運命なら。


「おれ……行きます! 子どもも、たくさん産みます…きっとっ」
「……」
「言うこと、なんでも聞くので……、どうかっ」

『どうか、北の国に連れて行ってください』
しばしの沈黙と、すすり泣くリュトの顔。

「……ハイン。聞いた通りだ。手続きをしろ」
「――承知いたしました」

白狐は深く一礼し、静かに去った。

部屋に残された王と兎。
リュトは王の足元に縋りついたまま泣き続けていた。

「俺が、怖いか…?」
「っ」

大きな腕が伸びる。
小さな兎の体は容易く抱き上げられ、厚い胸の奥へ閉じ込められる。

「……泣くな、頼む」
「あ」

王様の優しい声は―― あたたかい。

それは、幼いころ両親が歌ってくれた子守唄に似ていた。



――――――


『もう泣かないで私たちの宝物』
『そんなに泣いてしまうと木の実と間違えて小鳥が食べに… って、この子守唄は嫌だね』

父が言い直し、母が歌う。

『そんなに泣いてしまうと木が枯れて 小鳥が歌えなくなるわ』
『そうだ だから泣かないで、僕たちの宝物』


――不思議だ。

この人と 「泣くな」と願い歌う。
慈愛に満ち溢れた、子守唄の声が重なった気がした。






こうして、故郷を離れて遠く離れた北の国へ向かう―― Ωのリュト。
詳しい手続きなどは知るはずもない。

ただ、道中の会話は、とても平和だった。



「リュト様、寒くはありませんか?」
「あ。ちょ、ちょっと…」
「やはり寒暖差がありすぎますよね。黄金の国では十分な防寒具が買えませんでしたから」
「ハイン。もっと火魔石を使え」
「だ、大丈夫です! 寒くはありません、本当に!」

火の魔石に囲まれた馬車の中はあたたかいし、石は貴重で高価なのだ。
それにリュトを絶対に凍えさせないと、北極の王に包まれて熱いくらいだった。

「王よ、あまりニヤニヤしないでください。私が居た堪れません」
「気にするな、俺は満足している。これが兎族の体温と効果か」
「王様は、熱くないですか…?」

見上げるリュトに王は微笑む。

「ああ。丁度いい」
「………私の熱が上がりそうです」
「た、たいへんっ!ハイン様、風邪…?こっちでみんなで一緒に丸まりませんか?」

寒い日は、ぬくぬくと身を寄せて過ごす。
それが一番幸せな過ごし方だった。僅かな備蓄しかなかったけれど、春先にとてもお腹が空いていてひもじかったけど… 幸せだった。
だけど、

「大丈夫です。私を待ってる”番”がいますので」
「あ、…ご、ごめんなさい」

そうか。彼らは… 極寒の地で暮らす獣人だ。リュトたちとは違うのだ。
こうしてΩを抱きしめている王様も…… 交わした言葉は少ないけど、優しくて、一人でも平気なのだ。

「お前が来ようものなら蹴るがな」
「でしょうね」
「……?」



こうして無事、北の国にやってきたネザーランドドワーフのリュト。

しかし、肝心の「α」とのお見合いも、アレソレは一切ない。


さらにメイドたちからは、


「きゃぁ!? かわいい!」
「なんて愛くるしいのっ! スイートニンジンのスープを一生懸命食べてる姿が一番好き! あんな小さな口で頬張って」
「ぷわぷわ!あぁ、我が国にはない至宝」

お世話したい!
毎秒お世話しましょう!

メイドたちが押し寄せてくるたびにリュトは脱兎の如く逃げ出して、王様の部屋の隅でじっとしてる。



「……王よ、あの方は?」

「ちょっとした置物だ、見るな話しかけるな」
「もしよければ、差し入れしたいのですが」

「――お前もか」

ダメだ。
カロリーオーバーだ。


そんな王様と部下のやり取りを見て、ふふっと隠れて微笑むリュト。



(お父さん、お母さん オレ、この国が大好きになりそうです)

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

運命よりも先に、愛してしまった

AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。 しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、 2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。 その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。 2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました 2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。 様々な形での応援ありがとうございます!

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

鳥籠の夢

hina
BL
広大な帝国の属国になった小国の第七王子は帝国の若き皇帝に輿入れすることになる。

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

処理中です...