グリムの精霊魔巧師

幾威空

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本編

Module_039

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「やれやれ……本当に、あの子は一体何者なのかしら」

 その後、装置の材料とセロが担当する精霊武具の引き取りを終え、工房内に一人残されたイルネは、誰に聞かせるわけもなくポツリと呟いた。

「全く恐れ入るとはこのことねぇ。私はあの設計図に書いた精霊構文を、あの子と一緒に書くことで作業時間を少しでも短縮させようとしていたというのに……たった一人で私の書いた構文を書き終えるばかりか、構文構成の最小化と装置そのものの小型化、さらにはパスワード特定時間の短縮までも成し遂げてしまうとはね」

 静まり返った工房内に響くイルネの声。ふと気づけば背筋を冷たい汗が流れていた。

 ーー畏怖。

 そんな言葉が瞬間的に彼女の頭に浮かぶ。

(あの子は、「まるでそうするのが当たり前」と言うように、この構文を書き上げた。それはさながら既知の情報を書き写すかのように、その筆は淀みがなかった。それに……この中には私では考えつかなかった記述もあるわね。変数化? 基本構文? 何なのよそれは・・・・・・・

 心中に思いを吐露していたイルネは、無意識のうちにその口の端を吊り上げ、肩を揺らして小さく笑っていた。

「あぁ、やはり……あの子は面白い・・・。彼なら、どこか行き詰まりを感じていたこの技術をーーさらに発展させ得る存在となるかもしれないわね……」

 イルネは呟いた言葉に、自分自身驚きながらもそれを否定することはなかった。
 気持ちを落ち着かせたイルネは、作業に戻ると程なくしてロック機構を解除する装置を完成させる。逸る気持ちを押さえながら、早速試してみるとーー

「ーーっ!? 恐れ入ったわ……事前に聞いていたからいいものの、まさか本当に20秒足らずで成功するとはねぇ」

 セロの告げた通り、彼女の前にはほんのわずかな時間で解錠された精霊武具が机の上に横たわっていた。

「……ふふっ。あれだけ苦戦を覚悟していたのに、ここまでアッサリと解除させられると、もはや驚きを通り越して呆れるばかりだわ。実際にこの目で見たから否定はできないけど、やはりあれだけの小規模な精霊構文で成し得たのが未だに信じられないわ。まったく……あの子の頭の中はどうなっているのよ。一度詳しくその中身を見てみたくなるわね」
 ここに当人がいれば数歩後退りするような不穏な言葉を呟きつつ、イルネはロックを解除した精霊武具のメンテナンスを行う。

 そして、マレーン商会に持ち込まれた精霊武具は、セロの助力もあり、無事に期限内に納品する目処をつけることができた。
 もっとも、半ば強引に手伝わされたセロは自分の担当分を半日とかからず終わらせた。単純計算で20件以上ものメンテナンスを、たった一人でである。

 しかもーー

「あ、そうそう。精霊構文内に無駄な箇所がいくつかあったから、一応修正しておいたぞ。とは言っても、手入れしたのはそのくらいで、この前のカラクに施したような、大幅な構文の書き換えはしていないけどな。下手に手をつけて後でゴチャゴチャ言われるのも面倒だし。まぁ、問題はないと思うが、念のため確認しておいてくれ」

 などと、セロは去り際にヒラヒラと手を軽く振りながらイルネに告げたのだ。本人からすれば、「チョコっと直しただけ」という認識なのだろうが、告げられた方はポカンと口を開けながら聞くことしかできなかった。

「ウ、ウソでしょ……あれだけの数のメンテナンスを、こんなに早く? しかも、精霊構文の記述まで見直しした……なんて」
 話を聞いたユーリアは、目を白黒させつつうわ言のように「何かの間違いだ」と現実逃避してしまう。

 というのも、通常の精霊武具のメンテナンスでは、動力源となる「精霊石や精霊結晶の損耗度合い」や、「精霊術の行使に問題はないか」といったチェックのみに主眼が置かれ、精霊術発動の根本である精霊構文のチェックまでは行われない。
 これは第一に精霊武具はあくまでも己の身を守るための武器がその主たる用途であり、精霊術は「使用出来ればいい」と認識させているためだ。このため、精霊術の発動速度や精霊術行使に伴う精霊力の消費量低減まで所有者の考えが及ばない。

 今回、セロが「もののついで」という程度の認識で行った精霊構文の見直しは、彼女らの予想の斜め上をいくものだ。
「それじゃあ俺はこのへんで。あっ……イルゼヴィルにもよろしくと伝えておいてくれ」

 イルネとユーリアの見せた反応に、一瞬だけ首を傾げたセロだったが、すぐに気を取り直して商会を後にする。
「……うん。やはりあの子の持つ技術は、嫉妬するのも、自分の技術と比較するのもバカらしいと思えてならないわね」
 去っていったセロの方へと目を向けていたイルネは、自らに言い聞かせるようにそう呟くのだった。

「まぁ、色々と思うところはありますが……なんとか無事に終えられてよかったですね、会頭。一時はどうなることかと思いましたケド」
 最後の納品を終え、肩の荷が下りたユーリアが傍らに立つイルネに声をかける。

「あぁ、そうね……」
 発せられたユーリアの言葉に、イルネはやや疲れた表情を見せつつ答える。しかし、無事に納品できたことを喜ぶユーリアとは対照的に、イルネの表情は晴れなかった。

(元はと言えばデラキオ商会に持ち込まれたものをウチが拾った案件なのだけれど……なぜあのブタはいとも簡単に断ったのかしら。過去に何度も同様の依頼をしたことがあるなら、商会にとっては馴染みの客でしょうに……)

 安堵の息を吐いて戻るユーリアを横目に、イルネは一人考えを巡らせる。心の中に生じた小さな違和感。
 本来ならばユーリアと同じく素直に喜ぶべき場面なのだろうが、イルネはじわじわと心の中を侵食する疑念に対し、これといった答えが出せなかった。

(……現状では情報が足りない、か。仕方がないわね。多少面倒だが、それとなく調べてみますか……)

 一応の方針をまとめたイルネは、深く息を吐くと自室へと足を運ぶ。

 だが、この時彼女が抱いた違和感は、ほどなくして思いもかけない結果を伴って現れるのであった。

◆◇◆

「うぅ~っ! 今日もいい天気だ。さぁて、寝ぼすけたちを叩き起こすとするかね」
 セロがマレーン商会を訪れてから数日後、朝陽を浴びながら商会の建物の前でぐっと大きく伸びをしていた。天気のいい日にこうして朝陽を浴びるのはユーリアの日課であった。陽の光を浴びることで、エネルギーを充填している気持ちがするからだ。

 商売は身体が資本だ。客を不安にさせないためには、笑顔で接するのが適している。だが、笑顔を一日中キープするのは想像以上に辛いものがある。受付という、「商会の顔」を担うユーリアにとって、この日課はなくてはならないものだ。

「そういえば、そろそろ武具のメンテナンスをしなきゃな……」

 ユーリアが中へと戻ろうとした時、目の前を数人の革鎧を身につけた男女が通りかかった。その出で立ちから、これからギルドで依頼を受けようとする冒険者だと容易に想像できる。彼女が朝早くにこうして外に出るのは、エネルギー充填の他にも、こうして通り過ぎていく冒険者の会話の端々から彼らの動向を把握するためだ。冒険者は商会の主要な客であり、持ちつ持たれつの関係にあるためだ。

 彼らの動向を把握するのは、商いを行うユーリアたちにとって欠かすことのできない仕事だ。何気ない会話の中に、彼らも気づかないニーズが隠れていることもあるからだ。
「あぁ、そうそう。この前チラッと聞いたんだけど、ウチらがメンテナンスを頼んでるお店……何やら仕事をミスして客と揉めてるみたいよ?」
「ソレ、本当か?」
 女性の発した言葉に、隣で聞いていた男が目を見開いて驚きながら訊ねる。聞き返された女性は、コクリと頷きつつ、やや声のトーンを落として話を続ける。

「ギルドで複数のクランから聞いた話だから、まず間違いないと思う。なんでもメンテナンスに出した武具が納期を過ぎても返ってこなくて、店を問いただしたら『ロックが掛かってて、解除するのに技術的に難度が高いから』だって」
「難度が高い、ねぇ……機巧師の口から出ていい言葉じゃないと思うけどな」
 横で話を聞いた男性冒険者は、軽い相槌を打ちつつ、自分の意見を口にする。

「それだけ難しいってことでしょ? まぁ、もともと依頼を出した冒険者も、本当はデラキオ商会にメンテナンスの依頼を出す予定だったんだって。でも、向こうから『他の案件もあるから、通常よりも日数がかかる』って言われたらしくてね」
「ふぅん……なるほどな。そんなことがあったワケか。まぁ仕方がないよな。あの商会は規模がデカイし、メンテナンスって言えばまずあそこの商会の名前が上がるほどだ。それだけ有名なら、押しかける人間も相当数いるだろうし」
「まぁそれは分かるわね。確かにその冒険者は可哀想だと思うけど、もともとデラキオ商会に依頼しようとしてたのを、別のトコに出したのはその人の判断だしねぇ……」
「そうだな。俺たちは関係ないが……同じ冒険者として、ちょっと同情するよ」
 経緯を話す女性に、男はわずかに眉を八の字に曲げながら零し「それで? ウチは結局どうするんだ?」と今度は自分たちの身に置き換えて訊ねた。

「なんか色々話を聞くと、他の商会も似たようなコトになってるみたいよ? だから『料金は少し高いけど、客と揉めてるトコに依頼するより、デラキオ商会に依頼した方が無難か』ってなってるみたい」
「そりゃそうだよなぁ……わざわざ客と揉めてるトコに出すことはないもんな。その揉め事のせいで俺たちの武具までとばっちり食らったらシャレにならないしな」
 そんなやり取りをしつつ、納得顔でユーリアの前を通り過ぎていく冒険者たち。当人たちからすれば、その話は世間話の一つという程度の認識だったのであろう。だが、彼らの会話を耳にしたユーリアにとっては、およそ無視できる話ではない。

「他の商会でも似たようなことが起きている……? 一体何故ーー」

 耳にした話の裏側に隠された、不穏な空気を感じ取ったユーリアは、背後であくびをしながら降りてくるイルネにすぐさま報告する。
 そして、報告を受けたイルネは、すぐさま調査に乗り出すのであった。
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