皆さん勘違いなさっているようですが、この家の当主はわたしです。

和泉 凪紗

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本編

1.

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 わたしの名はリアーネ。この侯爵家の第一子。それなのにお父様はとんでもないことを言いだした。

「次期当主はエリザベスにしようと思う」

 大事な話があるからと家族と筆頭執事が部屋に集められている。何の話かと思えば次期当主変更の話だった。次期当主に指名されたエリザベスはわたしの腹違いの姉。エリザベスとその母はニコニコと話を聞いている。

「お父様は本気で仰っているのですか? この家を継ぐのは基本的に第一子です」
「冗談の訳がないだろう。それにエリザベスは私の第一子で長女だ。何も問題あるまい」

 お父様、問題しかありませんけど……。
 わたしは幼い頃からこの家を継ぐために必死に学んできた。それなのに次期当主を変更するなんて。

「今まで当主になるための勉強は大変だっただろう。これからは自由だぞ。なぁに、これまでの経験は無駄にはならん。嫁ぎ先でもきっと活かせるはずだ」
「お姉様は当主教育を受けていないではありませんか。どうして突然お姉様が次期当主になるのですか?」
「エリザベスとリンハルト殿が一緒になりたいそうだ。義父上との約束は次期当主とリンハルト殿が結婚してこの家を存続させること。そのためにリンハルト殿は準備をしてきている。エリザベスはちょうど適齢期だし、二人が思い合っているなら結婚させたい。エリザベスはリアーネのような教育は受けていないが、リンハルト殿が支えてくれれば問題ないだろう。代替わりはゆっくりすればいいしな。急に婚約者がいなくなってリアーネも不安だろうが、適齢期までまだ時間はある。お前にふさわしい結婚相手を見つけるから安心しなさい。エリザベスの結婚が決まったのだ。こんなにめでたいことはないだろう?」

 確かにエリザベスは適齢期にもかかわらず縁談はまだまとまっていない。お父様が焦る気持ちはわからないでもない。
 けれど、思い合っているっておかしいと思わないのかしら。リンハルトはわたしの婚約者。普通に考えるならば浮気でしょう。エリザベスがリンハルトに色目を使っていると感じることはあったけれど、リンハルトが自分の立場を理解していれば流されることはないと信じていた。わたしたちは十年も婚約者だったというのに……。

「リアーネには申し訳ないと思っているのよ? 幼い頃から家に決められた婚約者とはいえ、情もあるでしょう。でもリンハルト様がどうしてもわたしと一緒になりたいと……」

 エリザベスは少しも申し訳なさそうでない態度でいかに自分が思われているのかをアピールしてくる。母親譲りの美貌に自信があるのだろう。確かにエリザベスは美貌に恵まれ、とても豊満なからだをしている。

「……そうですか。リンハルト様にわたくしと結婚するつもりがないのなら仕方ありません。お姉様が結婚なさってください。わたくしの今後についてはすぐにでも叔父様たちに相談しますわ。きっと親身になってくれるでしょうから」

 他の人と結婚したいと言っている人間と無理に結婚などしたくない。しかもよりによってその相手がエリザベス。
 わたしはいろいろな思いを込めてニコリとお父様に返す。真意は伝わったかしら。

「あぁ、それが良いだろう。あの二人ならきっとリアーネにふさわしい相手を紹介してくれるはずだ。お前から相談した方が話は早いだろう。すぐにでも相談しなさい。」

 お父様は名案だと言わんばかりだ。これは伝わっていないわね。
 結婚が白紙になるだけならまだしも、次期当主の座から降ろされてどこかに嫁げなんて簡単に言って良いことではないでしょうに。世間的には傷物令嬢だ。

「では、早速叔父様にお手紙を書くのでわたくしはこれで失礼いたします。お父様たちはお話を続けてください」


 当主教育も受けていないエリザベスに当主の座を渡すわけにはいかない。そもそもエリザベスにはその資格がない。それを皆理解しているのかしら。
 この侯爵家を継ぐのは基本的に第一子。だからお母様には弟であるわたしの叔父様がいたけれど、この家を継いで当主となった。エリザベスはお父様の浮気相手の子でありこの侯爵家の血を引いていない。お母様亡き後に母親と共にこの家にやってきた。
 お母様が亡くなったとき、わたしが後を継ぐことは決まっていたものの当時十歳と幼いわたしには当主は無理だろうと、お父様が代理として当主になった。
 お父様は自分が当主の代理だと言うことを忘れている。本当に困った人だわ。

 お祖父さまの遺言も勝手にねじ曲げないで欲しい。リンハルトと結婚した人間が当主になるわけでもないし、お父様の第一子だから当主になるわけでもない。侯爵家の第一子が次の当主になるのだ。


 わたしは自室に戻り、ことの経緯を手紙につづっていく。なるべく早く会って話をしたいと添えた。この手紙を読んだらきっと叔父様と叔母様は激怒することだろう。
 わたしは書き終わった手紙を届けてもらうために筆頭執事であるルドルフを呼ぶ。ルドルフはお祖父さまの代から長くこの家に仕えてくれている人間であり、お母様の娘であるわたしの味方である。

「お呼びでしょうか、リアーネ様」
「この手紙をなるべく早く叔父様に届けて欲しいのだけど……。できればその場で返事をもらってきて欲しいの。早く直接お話したいわ」
「えぇ、それが良いと思います。可能なかぎり早くお会いできるようにいたします。それと、リンハルト様のことはいかがされますか?」

 ルドルフも突然の婚約破棄に思うところがあるらしい。

「お姉様と結婚したいのならご自由になさればいいと思います。お姉様は美人ですし、そちらになびくのも仕方ありません。それだけの人間だったのでしょう。いくら幼い頃からの婚約者といえども、わたくしは結婚前から浮気をするような人とは結婚したくありません。もちろん、慰謝料は請求しますけど。良い浮気の証拠があればいいのですが……」
「浮気の証拠でしたら簡単に得られると思います。リアーネ様に落ち度はございません。そもそも婚約者を変えたいと言ってきたのは向こうですから普通に請求してもよろしいのでは? 本来、エリザベス様はこの家と関係の無い方。リアーネ様との婚約を破棄なさりたいのならば侯爵家に対しての慰謝料は必要でしょう」
「あとあと面倒なことを言い出さないようにはっきりさせておきたいのです。リンハルト様の家は慰謝料を渋ったり、婚約破棄を簡単には認めないでしょうから。証拠が得られそうなら安心だわ。こちらもすぐに手紙を書くから届けてくれる?」
「かしこまりました」

 わたしはリンハルトの父親に向けてリンハルトからの申し出で婚約破棄になることを認めて欲しいと手紙を書いた。わたしと婚約破棄になる意味を理解していればすんなりと認めてはくれなそうだけど……。浮気の証拠があれば問題ないだろう。
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