1 / 15
本編
1.
しおりを挟む
わたしの名はリアーネ。この侯爵家の第一子。それなのにお父様はとんでもないことを言いだした。
「次期当主はエリザベスにしようと思う」
大事な話があるからと家族と筆頭執事が部屋に集められている。何の話かと思えば次期当主変更の話だった。次期当主に指名されたエリザベスはわたしの腹違いの姉。エリザベスとその母はニコニコと話を聞いている。
「お父様は本気で仰っているのですか? この家を継ぐのは基本的に第一子です」
「冗談の訳がないだろう。それにエリザベスは私の第一子で長女だ。何も問題あるまい」
お父様、問題しかありませんけど……。
わたしは幼い頃からこの家を継ぐために必死に学んできた。それなのに次期当主を変更するなんて。
「今まで当主になるための勉強は大変だっただろう。これからは自由だぞ。なぁに、これまでの経験は無駄にはならん。嫁ぎ先でもきっと活かせるはずだ」
「お姉様は当主教育を受けていないではありませんか。どうして突然お姉様が次期当主になるのですか?」
「エリザベスとリンハルト殿が一緒になりたいそうだ。義父上との約束は次期当主とリンハルト殿が結婚してこの家を存続させること。そのためにリンハルト殿は準備をしてきている。エリザベスはちょうど適齢期だし、二人が思い合っているなら結婚させたい。エリザベスはリアーネのような教育は受けていないが、リンハルト殿が支えてくれれば問題ないだろう。代替わりはゆっくりすればいいしな。急に婚約者がいなくなってリアーネも不安だろうが、適齢期までまだ時間はある。お前にふさわしい結婚相手を見つけるから安心しなさい。エリザベスの結婚が決まったのだ。こんなにめでたいことはないだろう?」
確かにエリザベスは適齢期にもかかわらず縁談はまだまとまっていない。お父様が焦る気持ちはわからないでもない。
けれど、思い合っているっておかしいと思わないのかしら。リンハルトはわたしの婚約者。普通に考えるならば浮気でしょう。エリザベスがリンハルトに色目を使っていると感じることはあったけれど、リンハルトが自分の立場を理解していれば流されることはないと信じていた。わたしたちは十年も婚約者だったというのに……。
「リアーネには申し訳ないと思っているのよ? 幼い頃から家に決められた婚約者とはいえ、情もあるでしょう。でもリンハルト様がどうしてもわたしと一緒になりたいと……」
エリザベスは少しも申し訳なさそうでない態度でいかに自分が思われているのかをアピールしてくる。母親譲りの美貌に自信があるのだろう。確かにエリザベスは美貌に恵まれ、とても豊満なからだをしている。
「……そうですか。リンハルト様にわたくしと結婚するつもりがないのなら仕方ありません。お姉様が結婚なさってください。わたくしの今後についてはすぐにでも叔父様たちに相談しますわ。きっと親身になってくれるでしょうから」
他の人と結婚したいと言っている人間と無理に結婚などしたくない。しかもよりによってその相手がエリザベス。
わたしはいろいろな思いを込めてニコリとお父様に返す。真意は伝わったかしら。
「あぁ、それが良いだろう。あの二人ならきっとリアーネにふさわしい相手を紹介してくれるはずだ。お前から相談した方が話は早いだろう。すぐにでも相談しなさい。」
お父様は名案だと言わんばかりだ。これは伝わっていないわね。
結婚が白紙になるだけならまだしも、次期当主の座から降ろされてどこかに嫁げなんて簡単に言って良いことではないでしょうに。世間的には傷物令嬢だ。
「では、早速叔父様にお手紙を書くのでわたくしはこれで失礼いたします。お父様たちはお話を続けてください」
当主教育も受けていないエリザベスに当主の座を渡すわけにはいかない。そもそもエリザベスにはその資格がない。それを皆理解しているのかしら。
この侯爵家を継ぐのは基本的に第一子。だからお母様には弟であるわたしの叔父様がいたけれど、この家を継いで当主となった。エリザベスはお父様の浮気相手の子でありこの侯爵家の血を引いていない。お母様亡き後に母親と共にこの家にやってきた。
お母様が亡くなったとき、わたしが後を継ぐことは決まっていたものの当時十歳と幼いわたしには当主は無理だろうと、お父様が代理として当主になった。
お父様は自分が当主の代理だと言うことを忘れている。本当に困った人だわ。
お祖父さまの遺言も勝手にねじ曲げないで欲しい。リンハルトと結婚した人間が当主になるわけでもないし、お父様の第一子だから当主になるわけでもない。侯爵家の第一子が次の当主になるのだ。
わたしは自室に戻り、ことの経緯を手紙につづっていく。なるべく早く会って話をしたいと添えた。この手紙を読んだらきっと叔父様と叔母様は激怒することだろう。
わたしは書き終わった手紙を届けてもらうために筆頭執事であるルドルフを呼ぶ。ルドルフはお祖父さまの代から長くこの家に仕えてくれている人間であり、お母様の娘であるわたしの味方である。
「お呼びでしょうか、リアーネ様」
「この手紙をなるべく早く叔父様に届けて欲しいのだけど……。できればその場で返事をもらってきて欲しいの。早く直接お話したいわ」
「えぇ、それが良いと思います。可能なかぎり早くお会いできるようにいたします。それと、リンハルト様のことはいかがされますか?」
ルドルフも突然の婚約破棄に思うところがあるらしい。
「お姉様と結婚したいのならご自由になさればいいと思います。お姉様は美人ですし、そちらになびくのも仕方ありません。それだけの人間だったのでしょう。いくら幼い頃からの婚約者といえども、わたくしは結婚前から浮気をするような人とは結婚したくありません。もちろん、慰謝料は請求しますけど。良い浮気の証拠があればいいのですが……」
「浮気の証拠でしたら簡単に得られると思います。リアーネ様に落ち度はございません。そもそも婚約者を変えたいと言ってきたのは向こうですから普通に請求してもよろしいのでは? 本来、エリザベス様はこの家と関係の無い方。リアーネ様との婚約を破棄なさりたいのならば侯爵家に対しての慰謝料は必要でしょう」
「あとあと面倒なことを言い出さないようにはっきりさせておきたいのです。リンハルト様の家は慰謝料を渋ったり、婚約破棄を簡単には認めないでしょうから。証拠が得られそうなら安心だわ。こちらもすぐに手紙を書くから届けてくれる?」
「かしこまりました」
わたしはリンハルトの父親に向けてリンハルトからの申し出で婚約破棄になることを認めて欲しいと手紙を書いた。わたしと婚約破棄になる意味を理解していればすんなりと認めてはくれなそうだけど……。浮気の証拠があれば問題ないだろう。
「次期当主はエリザベスにしようと思う」
大事な話があるからと家族と筆頭執事が部屋に集められている。何の話かと思えば次期当主変更の話だった。次期当主に指名されたエリザベスはわたしの腹違いの姉。エリザベスとその母はニコニコと話を聞いている。
「お父様は本気で仰っているのですか? この家を継ぐのは基本的に第一子です」
「冗談の訳がないだろう。それにエリザベスは私の第一子で長女だ。何も問題あるまい」
お父様、問題しかありませんけど……。
わたしは幼い頃からこの家を継ぐために必死に学んできた。それなのに次期当主を変更するなんて。
「今まで当主になるための勉強は大変だっただろう。これからは自由だぞ。なぁに、これまでの経験は無駄にはならん。嫁ぎ先でもきっと活かせるはずだ」
「お姉様は当主教育を受けていないではありませんか。どうして突然お姉様が次期当主になるのですか?」
「エリザベスとリンハルト殿が一緒になりたいそうだ。義父上との約束は次期当主とリンハルト殿が結婚してこの家を存続させること。そのためにリンハルト殿は準備をしてきている。エリザベスはちょうど適齢期だし、二人が思い合っているなら結婚させたい。エリザベスはリアーネのような教育は受けていないが、リンハルト殿が支えてくれれば問題ないだろう。代替わりはゆっくりすればいいしな。急に婚約者がいなくなってリアーネも不安だろうが、適齢期までまだ時間はある。お前にふさわしい結婚相手を見つけるから安心しなさい。エリザベスの結婚が決まったのだ。こんなにめでたいことはないだろう?」
確かにエリザベスは適齢期にもかかわらず縁談はまだまとまっていない。お父様が焦る気持ちはわからないでもない。
けれど、思い合っているっておかしいと思わないのかしら。リンハルトはわたしの婚約者。普通に考えるならば浮気でしょう。エリザベスがリンハルトに色目を使っていると感じることはあったけれど、リンハルトが自分の立場を理解していれば流されることはないと信じていた。わたしたちは十年も婚約者だったというのに……。
「リアーネには申し訳ないと思っているのよ? 幼い頃から家に決められた婚約者とはいえ、情もあるでしょう。でもリンハルト様がどうしてもわたしと一緒になりたいと……」
エリザベスは少しも申し訳なさそうでない態度でいかに自分が思われているのかをアピールしてくる。母親譲りの美貌に自信があるのだろう。確かにエリザベスは美貌に恵まれ、とても豊満なからだをしている。
「……そうですか。リンハルト様にわたくしと結婚するつもりがないのなら仕方ありません。お姉様が結婚なさってください。わたくしの今後についてはすぐにでも叔父様たちに相談しますわ。きっと親身になってくれるでしょうから」
他の人と結婚したいと言っている人間と無理に結婚などしたくない。しかもよりによってその相手がエリザベス。
わたしはいろいろな思いを込めてニコリとお父様に返す。真意は伝わったかしら。
「あぁ、それが良いだろう。あの二人ならきっとリアーネにふさわしい相手を紹介してくれるはずだ。お前から相談した方が話は早いだろう。すぐにでも相談しなさい。」
お父様は名案だと言わんばかりだ。これは伝わっていないわね。
結婚が白紙になるだけならまだしも、次期当主の座から降ろされてどこかに嫁げなんて簡単に言って良いことではないでしょうに。世間的には傷物令嬢だ。
「では、早速叔父様にお手紙を書くのでわたくしはこれで失礼いたします。お父様たちはお話を続けてください」
当主教育も受けていないエリザベスに当主の座を渡すわけにはいかない。そもそもエリザベスにはその資格がない。それを皆理解しているのかしら。
この侯爵家を継ぐのは基本的に第一子。だからお母様には弟であるわたしの叔父様がいたけれど、この家を継いで当主となった。エリザベスはお父様の浮気相手の子でありこの侯爵家の血を引いていない。お母様亡き後に母親と共にこの家にやってきた。
お母様が亡くなったとき、わたしが後を継ぐことは決まっていたものの当時十歳と幼いわたしには当主は無理だろうと、お父様が代理として当主になった。
お父様は自分が当主の代理だと言うことを忘れている。本当に困った人だわ。
お祖父さまの遺言も勝手にねじ曲げないで欲しい。リンハルトと結婚した人間が当主になるわけでもないし、お父様の第一子だから当主になるわけでもない。侯爵家の第一子が次の当主になるのだ。
わたしは自室に戻り、ことの経緯を手紙につづっていく。なるべく早く会って話をしたいと添えた。この手紙を読んだらきっと叔父様と叔母様は激怒することだろう。
わたしは書き終わった手紙を届けてもらうために筆頭執事であるルドルフを呼ぶ。ルドルフはお祖父さまの代から長くこの家に仕えてくれている人間であり、お母様の娘であるわたしの味方である。
「お呼びでしょうか、リアーネ様」
「この手紙をなるべく早く叔父様に届けて欲しいのだけど……。できればその場で返事をもらってきて欲しいの。早く直接お話したいわ」
「えぇ、それが良いと思います。可能なかぎり早くお会いできるようにいたします。それと、リンハルト様のことはいかがされますか?」
ルドルフも突然の婚約破棄に思うところがあるらしい。
「お姉様と結婚したいのならご自由になさればいいと思います。お姉様は美人ですし、そちらになびくのも仕方ありません。それだけの人間だったのでしょう。いくら幼い頃からの婚約者といえども、わたくしは結婚前から浮気をするような人とは結婚したくありません。もちろん、慰謝料は請求しますけど。良い浮気の証拠があればいいのですが……」
「浮気の証拠でしたら簡単に得られると思います。リアーネ様に落ち度はございません。そもそも婚約者を変えたいと言ってきたのは向こうですから普通に請求してもよろしいのでは? 本来、エリザベス様はこの家と関係の無い方。リアーネ様との婚約を破棄なさりたいのならば侯爵家に対しての慰謝料は必要でしょう」
「あとあと面倒なことを言い出さないようにはっきりさせておきたいのです。リンハルト様の家は慰謝料を渋ったり、婚約破棄を簡単には認めないでしょうから。証拠が得られそうなら安心だわ。こちらもすぐに手紙を書くから届けてくれる?」
「かしこまりました」
わたしはリンハルトの父親に向けてリンハルトからの申し出で婚約破棄になることを認めて欲しいと手紙を書いた。わたしと婚約破棄になる意味を理解していればすんなりと認めてはくれなそうだけど……。浮気の証拠があれば問題ないだろう。
1,932
あなたにおすすめの小説
〖完結〗残念ですが、お義姉様はこの侯爵家を継ぐことは出来ません。
藍川みいな
恋愛
五年間婚約していたジョゼフ様に、学園の中庭に呼び出され婚約破棄を告げられた。その隣でなぜか私に怯える義姉のバーバラの姿があった。
バーバラは私にいじめられたと嘘をつき、婚約者を奪った。
五年も婚約していたのに、私ではなく、バーバラの嘘を信じた婚約者。学園の生徒達も彼女の嘘を信じ、親友だと思っていた人にまで裏切られた。
バーバラの目的は、ワイヤット侯爵家を継ぐことのようだ。
だが、彼女には絶対に継ぐことは出来ない。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
感想の返信が出来ず、申し訳ありません。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
ここは私の邸です。そろそろ出て行ってくれます?
藍川みいな
恋愛
「マリッサ、すまないが婚約は破棄させてもらう。俺は、運命の人を見つけたんだ!」
9年間婚約していた、デリオル様に婚約を破棄されました。運命の人とは、私の義妹のロクサーヌのようです。
そもそもデリオル様に好意を持っていないので、婚約破棄はかまいませんが、あなたには莫大な慰謝料を請求させていただきますし、借金の全額返済もしていただきます。それに、あなたが選んだロクサーヌは、令嬢ではありません。
幼い頃に両親を亡くした私は、8歳で侯爵になった。この国では、爵位を継いだ者には18歳まで後見人が必要で、ロクサーヌの父で私の叔父ドナルドが後見人として侯爵代理になった。
叔父は私を冷遇し、自分が侯爵のように振る舞って来ましたが、もうすぐ私は18歳。全てを返していただきます!
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
〖完結〗旦那様には出て行っていただきます。どうか平民の愛人とお幸せに·····
藍川みいな
恋愛
「セリアさん、単刀直入に言いますね。ルーカス様と別れてください。」
……これは一体、どういう事でしょう?
いきなり現れたルーカスの愛人に、別れて欲しいと言われたセリア。
ルーカスはセリアと結婚し、スペクター侯爵家に婿入りしたが、セリアとの結婚前から愛人がいて、その愛人と侯爵家を乗っ取るつもりだと愛人は話した……
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全6話で完結になります。
私に姉など居ませんが?
山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」
「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」
「ありがとう」
私は婚約者スティーブと結婚破棄した。
書類にサインをし、慰謝料も請求した。
「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」
私の婚約者でも無いのに、婚約破棄とか何事ですか?
狼狼3
恋愛
「お前のような冷たくて愛想の無い女などと結婚出来るものか。もうお前とは絶交……そして、婚約破棄だ。じゃあな、グラッセマロン。」
「いやいや。私もう結婚してますし、貴方誰ですか?」
「俺を知らないだと………?冗談はよしてくれ。お前の愛するカーナトリエだぞ?」
「知らないですよ。……もしかして、夫の友達ですか?夫が帰ってくるまで家使いますか?……」
「だから、お前の夫が俺だって──」
少しずつ日差しが強くなっている頃。
昼食を作ろうと材料を買いに行こうとしたら、婚約者と名乗る人が居ました。
……誰コイツ。
〖完結〗愛人が離婚しろと乗り込んで来たのですが、私達はもう離婚していますよ?
藍川みいな
恋愛
「ライナス様と離婚して、とっととこの邸から出て行ってよっ!」
愛人が乗り込んで来たのは、これで何人目でしょう?
私はもう離婚していますし、この邸はお父様のものですから、決してライナス様のものにはなりません。
離婚の理由は、ライナス様が私を一度も抱くことがなかったからなのですが、不能だと思っていたライナス様は愛人を何人も作っていました。
そして親友だと思っていたマリーまで、ライナス様の愛人でした。
愛人を何人も作っていたくせに、やり直したいとか……頭がおかしいのですか?
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全8話で完結になります。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる