冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花

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嵐の前の静寂

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「あやちゃん、そんな大荷物抱えてどうしたの」

 大きな紙袋を抱えて麗仁くんの病室の扉を開けると、目をまん丸くさせた麗仁くんに出迎えられた。

「あ、えっとこれは……」

 どう言ったものか。
 この紙袋の中身が麗仁くんの肌着やパンツもろともの日用品ですなんて言ったら、麗仁くんのプライドに傷がついちゃうんじゃ……。
 そんな心配をしてしまう。

「仁科さんから預かった日用品です……!」

 悩みに悩んだ結果、オブラートに包んだ表現をすることにした。

「なに、真人があやちゃんにそんな大きな荷物を任せたってわけ?」

 あ、あれれ……?
 わたしが病室に入ってきた時までは機嫌が良かったはずなのに、今の麗仁くんはなんというか、怒ってる?

「い、いえ…違うんです。わたしが無理に持っていきたいと仁科さんにお願いしたんです」

 なんとなく、仁科さんが責められるような気がして。
 最初に事実を言っておいたのは正解だったのもしれない。

「そう…、それならいい。あやちゃん、荷物なんかそこらへんに置いてこっちにおいで」

 麗仁くんの声が柔らかくなって、表情も優しいものに変わっていた。
 小さく手招きをする麗仁くんに吸い寄せられるかのように、わたしの体は言われた通りに動く。

「もっと早く来てくれてもよかったのに」

 拗ねたような声と表情が可愛くて、胸がキュンと鳴る。

「…寂しかった、ですか?」

 勇気を出して言ってみた。
 上目遣いでわたしを見やる麗仁くんの綺麗な顔に見つめられて、自然とドキドキが増してしまう。

「うん。すっごく寂しかった」 

 そう言って、ギュッと腰に腕を回され、抱きしめられる。
 甘えてくれる麗仁くんが可愛くて、愛おしくて、そのサラサラな黒髪にそっと触れた。
 男の子なのに、どうしてこんなに髪が柔らかいんだろう。一生撫でていたいと思うくらい、麗仁くんの髪にはイタみ1つない。

「あやちゃんが毎日おれのために時間とってくれて、すごくうれしい」

 そう言ってわたしのお腹に頬を擦り寄せてくる。
 麗仁くん、今は本当に幼子みたい……。
 大好きなお母さんに甘える子供、みたいな……。
 そんなこと、思っても口にはしないけれど。

「麗仁くんのための時間なら、いくらでも取れます」
「へえー、そんな嬉しいこと言ってくれるの。サービス精神旺盛だねえ」
「……っな、べ、別にこれは冗談なんかじゃなくて…っ!」

 むっとして少し語気を荒げれば。
 ──うん、知ってる。
 って言葉が耳に届いて、優しく唇を塞がれた。
 麗仁くんのキスは、いつもどこか控えめで、上品さを纏っている。
 決して激しく求めるようなことをしない麗仁くんのキスがわたしは好きだけど、もっとしてほしいって思っちゃう自分がいる。
 そんな我儘は、口にはできないけれど。

「あやちゃん、今日はいつにも増して積極的だね?」

 にやりと笑われて、頬に熱が集まる。
 今日も今日とて、意地悪なことを言う麗仁くんを、こんなにも愛おしいって思ったことは今までにない───。

 ♦

 わたしは約1ヶ月ぶりに、学校に復帰することが出来た。
 山西先生はクラスメイトに『一身上の都合により学校を1ヶ月ほど休まざるを得なかった』と説明してくれてたらしく、質問攻めに遭うことはなかった。

「うぅ~~、彩夏が目の前にいるよ゛~~っ。これって幻?私の夢っ?」
「ゆ、夢なんかじゃないよ~、わたしは本当にここにいるよ~~っ」
「ああっ、これ絶対に私の妄想じゃん!彩夏ぁ~、いつになったら学校来てくれるのよぉ」

 今朝からずっとこの調子の美結ちゃんに、どう接すれば良いのか困っていたわたし。

『えー、あやちゃん学校に行っちゃうの。おれの所にずっといてくれていいのに、』

 寂しそうにわたしにくっついてくる麗仁くんから離れるのはわたしも嫌だったけど、これ以上学校に行かないというのは色々とマズい。
 それに、美結ちゃんは今もわたしのことを相当心配してくれているんだ。
 麗仁くんと美結ちゃんのことを天秤にかけたくはなかったけれど、今日のところは美結ちゃんが勝ってしまった。

『り、麗仁くん。学校が終わったらここにまた来てもいいですか……?』
『…ん、絶対来てね。おれ、あやちゃんが来るまでずっと待ってるから』

 きっと本当なんだろうなって思わせてくる真剣さ。
 それと、どこか闇を纏っている感じがしたのは単なるわたしの気のせい?
 それとも……

「……え、彩夏?え!!彩夏がいるんだけど!いつ、いつ来たのっ」

 美結ちゃんの大きな叫び声で、ようやく我に返ったわたしは目をまん丸くさせる。
 や、やっとわたしが本物だって気づいてくれたのかな……?
 ふぅ、良かった。
 このままずっと美結ちゃんの妄想の中のわたしにされるところだったよ。

「今日の朝からずっといたよ……美結ちゃん、しっかり」
「……え、まじ?」

 うんうんと頷く。
 まさか、本当にわたしのことを幽霊扱いしていたなんてちょっとショックだったけど、美結ちゃんはずっとわたしを心配してくれていたんだ。
 何日も何週間も来ない友達と1度も会えず、安否も分からない日々が続いたとしたら、いざその子が自分の前にいても現実を信じきれないのはなんとなく分かる、気がする。

「美結ちゃん、本当にごめんね……。ろくに連絡も取らずに、1ヶ月間も学校を休んでしまって、心配させて、」
「………っ、う」
「み、美結ちゃん……?どうしたのっ?」

 小さな嗚咽を漏らしたかと思えば、次の瞬間美結ちゃんの瞳からだばーっと大量の涙が溢れ出す。
 わっ、わっ、美結ちゃんを泣かせちゃった……っ。
 どうしよう、どうしたらいい……っ?

「彩夏が無事でほんと良かったなって思ったら急に泣けてきて……っ。彩夏が学校に来ない間事故にあったのかなとか、熱出したのかなとか、そういう心配ばっかしてて……っ、」

 ……っ、美結ちゃん。そんなことまで考えて、心配してくれていたんだ。
 それに凄く心が温かくなって、わたしは美結ちゃんをギュッと抱きしめた。

「美結ちゃん~~、本当にごめんね。わたしがもっと早くに連絡できていれば良かったのに……、」
「違うの、彩夏は悪くなんてないの……っ。私が心配性なだけだから、」

 こんな時でも、わたしのせいにはしない彼女の優しさが胸にしみる。
 ……あぁ、本当に直さなきゃ。
 自分のことしか見えなくなるこの性格を直さなくちゃ。
 そうじゃないと、こうやってわたしのために傷ついている周囲の人に悲しい思いばかりさせてしまう。

「美結ちゃん、今までごめん。……でも、ありがとうっ」

 ちゃんとお礼を伝えよう。
 わたしを想って泣いてくれた彼女に、毎日欠かさず連絡をくれた友達に、感謝の言葉を言おう。
 美結ちゃんの連絡があったから、わたしの心は均衡を保てていたんだって。
 そんなこと、やっぱり直接だと恥ずかしくて中々言えないのだけど。

「私こそありがど~~っ」

 お互いに涙を流しながら、感動の再会を果たせた、そんな昼休み。

 ♦

 ここまで穏やかで幸せな日々が続いたことは、初めてだった。
 それだからか、抱かなくてもいい不安や心配を抱いてしまう。季節はもうすっかり夏へと移り変わり、汗が出る季節になった。
 もうすぐで夏休み。
 ろくに学校に行っていなかったわたしが言うのもあれだけど。

「──文化祭実行委員の集まりはこれで最後です。皆さん、役員としての責任をしっかり果たしましょう。夏休みに入ったら本格的に準備が始まるので、気を引き締めて!これで集会を終わります」

 文化祭実行委員の委員長の挨拶で、集会が終わる。
 よしっ、みんなをまとめる立場としてこれから頑張らないと……!
 教室を出て、2年生の階へと急ぐ。
 もうすぐで5限目が始まるのだ。

「美結ちゃ~ん、教材準備してくれてありがと」

 教室に着いて、わたしの席に現文の教材が置かれているのを見たから、美結ちゃんにお礼を言いに行く。

「いえいえ~、それより文化祭の集会お疲れ様!私たちのクラスは出し物メイド&執事喫茶するもんね。楽しみぃ」
「だね!わたしはメイドじゃなくて裏かなぁ」
「ええっ、なんで!一緒にしようよ」
「むりむりっ、美結ちゃんには似合うけど、わたしなんかがメイド服着たらどうなると思ってるの…っ」

 メイド服はわたしみたいな地味女のために作られてないんだよぉ~~。
 自分で言ってて凄く悲しくなるけどね。

「は、可愛い決まってるって!!むしろメイド服は彩夏みたいな子が着るべきなんだって!」
「冗談キツイよ~……」

 わたしがそうぼやいたタイミングで、現文の中野先生が入ってきた。
 それでみんな各自の席に着き、授業が開始する。
 今まで学校を休んでいた分、今までで1番ってくらい真面目に真剣に授業を受けて。
 6限目までが過ぎた。
 そして本日最後の刻限は、学活。わたしが中心になって文化祭準備のスケジュールを確認するんだ。
 人前に出て話すのが苦手なわたしにとっては結構キツイよ……。そんな弱音は心の最奥に隠して、教壇の前に立つ。

「え、えっと……これから文化祭のスケジュール確認を始めます!」

 わたしの挨拶で、7限目が始まった。
 みんな静かにわたしの話を聞いてくれたから、比較的早くに終わって、今は役割分担をしているところだ。

「それじゃあ次はメイド役を決めます!立候補でも推薦でもどちらでもいいのでやりたい子は手を挙げてください」

 推薦でもいい、と言ったのが間違いだった。
 クラスメイトが即座に名指しした人物───
 それがなんと、

「「「七瀬彩夏さんがいいと思いまーすっ!」」」

 一斉に名前を呼ばれて、絶望。
 わたしを推薦したこの中にはなぜか男子もいて……。

「な、なんでですか……っ!?」
「えー、そりゃあ七瀬サンが可愛いからだろー」
「ねー、学年イチ可愛い子がメイドをやらなくて何をするっていうのー」

 が、学年イチ可愛い……っ!?
 それって、わたしのこと……っ??
 クラスメイトが口々に言うその言葉たちを、ほぼ理解できていないのはわたしだけ……、。

「わっ、わたしは本当に似合わなくて……。わたしよりもっと可愛い子なら他にもいっぱい……っ」
「七瀬サンのメイド姿みたい奴ら手ぇ挙げろー」

 最初にわたしのことを可愛いと言ってくれた男子が、そんなことを言う。
 早乙女くんって人だ……。クラスのムードメーカーで、いつもみんなの中心にいるような人気者。
 早乙女くんに続き、次々と挙がっていく沢山の人の手。
 こっ、これ……っ、もしかしてわたしに対するいじめなんじゃ……?
 それなら、こんな状況にも納得がいくよっ。

「わ、分かりました……。わたし、やります」

 こういう時は、素直に従うのがいいって誰かが言っていたような気もする。
 クラスから歓声が上がる。
 みんなが喜ぶのなら、これで良かったのかな……。
 そうポジティブに考えることにして、わたし以外のメイド役の子も決めていく。
 執事役は早乙女くんを中心とするその友達に決まり、裏方志望の子たちの意見も汲み取って役決めを終えた。
 学校が終わり、わたしは美結ちゃんにバイバイを言って病院に直行する。

「飛鳥馬麗仁くんと面会しに来ました。今大丈夫ですか」

 受付員さんに一言告げて、許可をもらってからエレベーターに乗り込む。
 30階のボタンを押して、扉が閉じるのを待つ。
 ここは、夜の世界の住民たちの病院。
 普通の病院とは違うというのが、エレベーター1つで分かる。金の装飾が施された内装は、肉眼でも膨大なお金がかかっているのが分かり……。
 住む世界が違うって思い知らされる。
 前まではそれにいちいち胸が苦しくなっていたけれど、今はもう大丈夫だって思える。
 わたしのことを大切に大事にしてくれている麗仁くんと、たとえ生きる世界が違えど一緒に生きていけるならそれでいいって考えられる。
 エレベーターが30階に到着し、静かに扉が開く。
 人気がなく、やけにおしゃれな廊下を進みながら、麗仁くんの病室を目指す。
 少し行くとすぐに「飛鳥馬麗仁様」と書かれた病室に付き、コンコンと扉をノックした。
 だけど、病室の中からは一向に反応がなく……。
 寝てるのかな?
 そう思って、そっと横開きの扉を開けた。
 途端、クーラーの効いた爽やかな空気が頰に触れる。
 薄いカーテンの隙間から差す淡い光が小さな埃をキラキラと煌めかせ、幻想的な雰囲気を作っている。
 麗仁くんは……寝てる。
 すやすやと静かな寝息を立てる麗仁くんに近づき、その綺麗な顔を覗き込む。
 取り敢えずベッド脇の椅子に腰掛け、学校の荷物類も床に置いた。
 再び視線を戻すと、すぐに視界に入ってくるのは包帯の巻かれた麗仁くんの右肩。
 わたしを庇ってくれた時、銃弾は麗仁くんの右肩辺りを突き抜けて……。
 病院に運ばれた時にはもう重度の怪我に変わり果てていたから、再生にも相当時間がかかるってお医者さんが言っていた。

「麗仁くん……、」

 わたし、心配でどうにかなっちゃいそうだよ……。
 今もただ眠っているだけだと分かっているのに、ここまで心配になるのは麗仁くんの顔色があまりにも良すぎるから。
 色白の肌は夏の光に映えて美しく、長い睫毛が伏せられた切れ長の瞳、凛々しい眉、色付いた唇。
 その全部が、今にも消えてなくなっちゃいそうで怖くなる。

「……わたしを1人にしないで」

 麗仁くんが起きていたら、絶対に言えないような弱音を吐き出してしまう。
 縋るような思いで麗仁くんの大きくて骨ばった手を握る。
 そうすると、わたしが触れたところから一気に熱が伝わって、麗仁くんの冷たい手が少しは温かくなるんだ。

「──絶対に1人にはしないよ。あやちゃんを1人にするなんて、何よりおれがいやだ」

 ……っ、!!?
 ビックリした。
 さっきまで寝ていたはずの麗仁くんが、体を起こしてわたしをギュッと抱きしめているんだから。
 左腕でわたしを胸の中に閉じ込め、「はぁ、」とため息をついた。
 そんなため息をついて、何か嫌なことでもあったのかな……?

「り、麗仁くん……?なにか嫌なことでもあった、の」
「へえー、あやちゃんにはやっぱ分かっちゃうんだ」

 やけに嬉しそうな声音に戸惑う。
 そんな返事を返すっていうことは、やっぱり嫌なことがあったんだ。

「な、何があったの……」
「……、んー?別にぃ」

 そう言って、わたしを抱きしめる力を強くする麗仁くん。
 少しだけ、いつもより様子がおかしい。
 麗仁くんなら、ここで嫌なことを包み隠さず話してくれそうなのに、……。
 少しずつ、疑念が増していく。
 それと同時に、心配や不安もひどくなっていく。

「わたしには何でも言っていいんだからね、麗仁くん」

 というか、言ってほしいよ……。
 麗仁くんの背中に腕を回しながら、そう言った。
 麗仁くんはそれに、「はは、うん」と返すだけだった。

「……ねぇ、麗仁くん。大好きだよ」

 それは、囁くような小さな声。
 それでも、すぐ側にいる麗仁くんにはちゃんと聞こえたみたいで。
 わたしを抱きしめていた腕の力を緩め、わたしの顔を見つめながら、

「おれもあやちゃんが大好き──」

 窮屈そうな笑みを浮かべて、そう言った。

 ♦

 朝の時よりも断然元気のない姿に、どれだけ不安を覚えたことだろう。
 夜、家に帰って自分で握って焼いたハンバーグを食べている時、そんなことを思った。
 今思えば、わたしたちの関係は本当に曖昧だ。
 付き合おうなんてお互いに言っていないし、そのことにもわざと触れないようにしているみたい。
 それは、どうして……?
 ご飯を食べ、お風呂に入り、ベッドで眠る時まで、ずっとそんなことばかりを悶々と考えていた。
 何かこれから、悪いことが起こりそうな気がする──。
 幼い時から、悪い予感だけはよく当たったわたしだ。
 きっと今回も、容赦なくその予感は当たってしまうのだろう。
 その日、わたしは絶望の中で底なし沼に落ちていくような感覚で眠りについた。

 ♦

 悪い予感は当たるものだって、初めから分かっていた。
 分かって、いたのに……。

「飛鳥馬麗仁様が、昨夜当院から失踪いたしました」

 まさかこんなことを聞かされるとは、誰も思わないでしょ……?
 神様はいつだって、望まない結末をわたしにばかり与える。
 ブラックサンタよりも、酷い存在だ。

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