冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花

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切情極まる朧月夜

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 一体、何を考えているんだろう。
 そして、どこまで勝手な人なんだろう。

「これって、麗仁くんからの着信、だよね……」

 スマホの電源を入れてすぐに、仰天するなんてこと、普通はないと思うんだ。

着信:164件
着信元《麗仁くん》

「…っわ、ラインもいっぱい来てる!」

 えーと、なになに……?

 今すぐに会いたい。
 あの手紙のことはなかったことにしてくれないか。

「“あやちゃんのこと忘れられない。やっぱりもう1度恋人に戻りたい”……?わたしたちって、付き合ってたんだっけ……」

 うわ~、もう、めちゃくちゃ混乱するんだけど!?
 もしかして、わたしと麗仁くんの記憶って全く違っていたりして……?
 病室の窓へ顔を向ける。
 窓の外は、晴れやかな青空だ。
 麗仁くんからこんなにも沢山連絡が来ているのに、未だわたしの心が晴れないのは……、きっと麗仁くんのせい。
 あんな最悪な切り出し方でわたしの前から姿を消して、でも今度はまた恋人に戻りたいって……?
 そんなの、色々と急すぎるんだよ。
 もちろん、わたしだって麗仁くんに会いに行こうとしてたよ。
 でも、それをする前に相手からこんなにも迫られたら、誰だって身を引きたくなるでしょ……?
 少なくとも、わたしはそう。
 今、すごく麗仁くんに対して怒ってる。

「そんな簡単に、会ったりしないんだから……」

 それが、今のわたしにできる精一杯の抵抗だ。

 ♦

 腹部の傷が癒えてきた頃。
 もうすっかり夏休みに入ってしまった。
 一応、わたしは明日から文化祭の準備に携われることになっている。

「お父さんまでわざわざ見舞いに来てくれてありがとう」
「はは、彩夏に会いたくなったからね」

 物腰柔らかに笑いながら、お父さんはわたしに食べさせるためのみかんを剝いてくれている。

「彩夏は明日から学校かい?」
「…うん、そうだよ」
「きっとみんな明るく迎えてくれるよ」
「…だね」

 お父さんと話している間も、ある人のことが気になって仕方がない。
 今日も、本当は麗仁くんがわたしに会いにこの病院に来ていたらしい。
 看護師さんが教えてくれた。
 ここまで無視し続けていたら、今度はわたしの良心が傷つきそうだよ……。

「彩夏、…何だか元気がないね」

 お父さんが心配そうにわたしの顔を覗き込んでくるものだから、すぐに明るい笑みを貼り付けた。

「ん?なんのこと?」
「……、」

 わたしの必死のごまかしに、お父さんは何を返すでもなく苦い顔をしただけだった。
 ───翌日の朝。
 学校の制服に着替えながら、わたしはぼーっと宙を見つめていた。
 今日から本当に学校に行くんだ……。
 まるで実感が湧かないや。
 行きも帰りもお母さんの車で送り迎えしてもらうことになっている。

「……よし、行ってきます」

 誰もいない病室に挨拶をして、わたしは病院の出口まで下りて行った。

「お母さん、おはよう」
「ん、おはよう。体調はどう?無理して行かなくてもいいんだよ」
「ふふ、大丈夫!もう元気いっぱいだよ」
「そう?それなら良かった」

 最近、お母さんと頻繁に会える機会が増えたから凄く嬉しいんだ。
 きっと、お母さんがわたしとの時間を無理してでも作ってくれているから。
 だから、この1秒1秒が大切でかけがえのないもののように思える。
 お母さんの車で学校の前まで送ってもらって、バイバイをして別れた。
 これから美結ちゃんに会える……っ!
 そう考えただけで、軽くなる足取り。
 わたしは本当に、浮かれやすいし単純だな。
 教室の前まで辿り着いて、ふぅと深い息を吐く。
 そして、その扉を開けた。
 その瞬間、わっと盛り上がった教室内。
 何事!?と思っている内に、みんながわたしの元へ駆け寄ってきて……。

「彩夏ちゃん、無事回復おめでとう~~!」

 そうやって、満面の笑顔で祝ってくれた。

「あ、ありがとう……っ、」
「あーやかっ!これ、2年3組のみんなから彩夏にプレゼント!」

 そう言って、美結ちゃんから手渡されたのは豪華な花束。
 感極まって泣いちゃいそうだったけど、何とか堪える。

「…っみんな、本当にありがとう」

 みんなのおかげで、不安なんてどこかに吹き飛んじゃったよ。
 優しいクラスメイトと、親友の美結ちゃんに囲まれて、わたしは笑顔で1日を始めることが出来た。

「彩夏ちゃん、ちょっと体のサイズ測らせてね~」
「あ、分かった!」

 メジャーを手にわたしの元へ来てくれた女子3人組に囲まれながら、体のサイズを測っていく。
 首元、バスト、ウエスト……。
 上から下まで全て測り終えたら、わたしの役割は今日のところは終了だ。

「彩夏ちゃんのウエスト、めっちゃ細い!」
「ねっ、しかも胸も大きいなんて凄く羨ましい~~」
「あ、はは。ありがとう…?」

 可愛い女の子たちからの称賛の嵐に戸惑うわたしだったけど、内心その言葉が嬉しくも感じて。
 思わず笑みが浮かぶ。
 メイドをやるからには、頑張らないとな……っ!
 そう気合を入れて、わたしはその日を終えた。
 美結ちゃんとバイバイしてから、学校の正門を出る。
 そのタイミングで、影からぬっと現れたその人に、思わず釘付けになってしまった。

「───あやちゃん…っ!」
「……なんで、」

 どうしてあなたが、ここにいるの。
 今ここにいるべきじゃない人。
 ……本当は、わたしがとても会いたかった人。
 勝手にわたしの前から消えて、だけどまた会いたいなんて言ってくる、勝手な人は、今、麗しい顔から汗を垂らして息を乱している。

「お願い、ちょっとだけ時間ちょうだい……っ?怒ってるかもだけど、それでも」
「……麗仁くん。わたし、今すっごく怒ってる」
「……、うん」

 わたしの顔を麗仁くんが穴が開くほど見つめているのが分かる。
 それでも、わたしは麗仁くんと目を合わせなかった。
 ……合わせ、られなかった。
 今その漆黒の瞳に見つめられれば、抵抗する間もないままに麗仁くんに囚われてしまいそうだったから。

「だから、もうしばらく麗仁くんの顔見たくない」
「……っ、!!」

 自分でも驚くくらい、つめたい声だった。
 麗仁くんの瞳孔が見開かれていく。
 そして、その漆黒の瞳に絶望の色を宿していく。

「あや、ちゃ…待って、おねがい」
「……っ、そんな傷ついた顔しても、無駄なんだから」

 なんて自分勝手なんだ。
 本来麗仁くんにこんな態度を取れる身分じゃないのに、……ここまで勝手な振る舞いをするなんて。
 自分でもどうかしてるって思ってるよ。

「じゃあ、ばいばい……っ」

 麗仁くんの手がわたしの腕を掴む前に、わたしはそこから駆け出した。
 きっと、もし手首を掴まれでもしたら、わたしはその手を振り放せる自信なんてこれっぽっちもないから。

「あやちゃん───!!」

 わたしの名を悲痛に叫ぶ麗仁くんの声が後ろから追いかけてくる。

「今日の夜、21時半に、あやちゃん家の近くの公園で待ってるから……っ!あやちゃんが来るまで、ずっと待っているから!」

 だから、絶対に来て欲しい───…。
 そんな叫びが、わたしの脳内に反響する。
 必死に懇願するその姿は、この街の皇帝とは全くかけ離れた情けないもの。
 それなのに、わたしに関わることなら何だって厭わなくなる麗仁くんが、やっぱり凄く好きだって思った。

 ♦

 あの方は、きっとわたしが来なくてもずっと待っているんだろう。
 それなら、いっそ行かないでおこうか。
 自分の行いの酷さを、身にしみて分かってもらおうか。

「はぁ…~~」

 麗仁くんのすることは、いつだってズルい。
 わたしの心の弱さに漬け込んで、わざとあんな言葉を最後に言うなんて。
 今は21時を少し回った頃。
 お風呂も入り終えて、夜ご飯も食べて自分の部屋のベッドの上でぼーっとしていた。
 ずっと頭の中から消えてくれないのは、麗仁くんのこと。
 さすがに、もう許してあげていいんじゃないかな……。
 麗仁くんに弱いわたしは、もうすでにそんなことを思っている。
 そうしていたら、いつの間にか激しい眠気が襲ってきて……。
 コトン、ベッドの上で深い眠りについてしまっていた。

──────
─────

 んん、トイレ……。
 夢にトイレが出てくる時は、たいてい危ない時。
 わたしはすぐさま目を覚まして、体を起こした。
 用を足して、また私部屋に戻った時。
 何かが頭の中から抜け落ちている気がして、なんだろう?と思ったその直後───

「……っ、麗仁くん!」

 大変なことを仕出かしたと、ようやく気づいた。
 壁掛け時計を見れば、今の時刻はもうすでに23時を回ってしまっている。
 どうしよう……っ、こんなことになるなんて。
 今は夏とはいえ、夜になったらさすがに冷え込む。
 それなのに、麗仁くんはまだわたしを待っていたりするのだろうか。
 公園のベンチに1人、ぽつんと座って来るかどうかもわからないわたしを待つ麗仁くんの姿を想像して、目に涙が浮かぶ。
 わたしは、その痛みを誰よりも知っているから──。
 だから、麗仁くんに同じ思いをさせたくない。
 なんて、もう色々と遅すぎるのかもしれないけれど。
 待ってて、麗仁くん。
 わたし、もう逃げたりなんてしないから。
 だから、どうかもう1度、君と向き合うチャンスをください───。

「はぁ、はぁっ、はぁっ……、!」

 どこまで走っても公園が遠のいていくように感じた。
 足がほつれて、もたついて、上手く走れないのがもどかしい。
 気が立って今にも叫びだしてしまいそう。
 走りながら、わたしの脳内には走馬灯のような風景が物凄いスピードで流れていた。
 そう言えば、あの日初めて夜の世界に足を踏み入れた時も、麗仁くんに助けられた後こんな風に走って家まで戻ったことがあったな……。
 麗仁くんの眩しい笑顔。
 幼くて、誰よりも純粋に思える透き通った笑顔。
 その瞳はいつも冷たさを宿しているのに、わたしを見つめる目にはいつだって熱が籠もっている気がした。
 思い出して、胸がキュッと狭くなる。
 視界の中に公園が映って、ある後ろ姿を目に入れた時、わたしはハッと息を呑んだ。
 寂れた公園のベンチに座っていたのは、紛れもなく麗仁くんで……。
 寒そうに肩を縮こませながら、来るかもわからないわたしを待ってくれていた。
 本当に、ずっと待ってくれていた……。
 胸の奥から、何か熱いものがこみ上げてくる。
 それは、一気に弾けて、わたしの足を刺激した。
 一目散に再び駆け出したわたしは、そのまま麗仁くんの背中に勢いよく抱きついた。

「っわ……!」

 大好きな人の低音が、心地よく耳に響く。
 目をまん丸くさせて驚く麗仁くんがこれ以上ないほどに愛おしくて、わたしは抱きしめる腕の力を強めた。

「麗仁、くん……っ。ごめんなさい、遅くなって」

 肩に回したわたしの腕に、麗仁くんの手が触れる。
 麗仁くんはしばらく何の言葉も発さないで、呆然としているようだった。

「……、本当に、来てくれたの」
「…え?」

 あまりにも小さくボソリと呟かれた言葉。
 だけど、確かに聞こえたの。

「あや、ちゃん……。おれ、ずっと待ってた」
「うん、」
「もうこんなに遅い時間だから、来てくれないかと思ってた」
「……う、ん」

 心の中で、罪悪感が広がっていく。
 寝てはいけなかった時に、簡単に眠りに落ちてしまった自分自身を、こんなに恨んだことはない。

「……だけどあやちゃん、やっぱり来てくれた」

 そう言って、眩しいくらいの笑顔を見せてくれた。

「……あれ、嘘だから」
「え……?」
「手紙に書いた、他の人と幸せになってほしいってやつ。本当は、おれ以外の男があやちゃんの隣に並んでいるのなんて、心底見たくない。……あやちゃんを幸せにするのは、おれだけがいい」
「ふふっ、そっか。わたしも麗仁くんじゃなきゃいやだ」

 わたしに沢山の愛を囁いてくれる。
 そんな君が、たまらなく愛おしい───。

「…こんなおれだけど、もう1度あやちゃんとやり直したい。──七瀬彩夏さん、おれと付き合ってください」

 真っ直ぐな瞳に射抜かれる。
 いつの間にかわたしに向き直って立っていた麗仁くんを優しい眼差しで見つめる。
 そして、迷いなく、

「はい……っ、よろしくお願いします!」

 たまらなく愛おしい君の胸の中に飛び込んだ。
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