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秋の章 真実の口
洞窟を食らうもの
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秋ステージ三日目の朝を迎えていた。
ソルエルは起床してきたルビと顔を合わせたが、昨夜のことについて何も聞いたり触れたりすることはなく、いつも通りに笑顔で彼に接していた。
ルビも同様で、昨夜の話題を持ち出す素振りは一切なく、普段通りの明るい姿を見せていた。
そしてそれは、ルビとマイスが顔を合わせたときも同じだった。三人の誰もが、昨夜の契約について思うところがありながらも、誰もその話を口にすることはなかったのだ。
いつもと変わらない朝だった。しかし、何かが少しずつ、ぎこちなく噛み合わなくなっていく。そのことに三人とも気づいていたはずなのに、どうすればいいのかわからず何もできないでいた。
そんな三人の心情に関係なく、仮想精獣はいたる所で立ちはだかり続ける。
秋ステージも半ばに突入し、いよいよ敵も本格的に強くなり始めていた。中級
の中にちらほらと上級が混じってくるようになったのだ。
中級は楽に倒せていたが、さすがに上級ともなれば、腰を据えて挑まなければならない。それでも実習前に比べて実力が上がった分、段違いに倒しやすくはなっていた。
倒せば倒すほど魔力経験値が獲得できて、自分たちの潜在魔力もアップするため、それだけまた倒せる敵も多くなる。
倒した対象の魔力を得られるという魔法界の理は、強者であればあるほど有利に働くシステムだった。
逆に弱くて力のない者は、まず大半の敵を倒すのに四苦八苦するばかりで、なかなかスムーズに腕を上げにくい。これは魔法研究論でも言及され尽くしている、魔法界の特に不条理な部分だ。
文句を言っても始まらないが、弱者が這い上がるのは、いつの世でも至難の業だということだった。
この辺りでよく見かける中級は、マンティコラ、ペルーダ、フラウロスなどの四足歩行のものたち。
そして上級では、リンドブルム、ラプシヌプルクル、ニーズヘッグなどの、翼を持つ竜系仮想精獣などと多く相対してきた。
竜系の大半は上級に分類されている。神出鬼没に空から奇襲をかけてくるため、音もなく背後を取られてしまうこともあり、まったく油断ができない状況が続いた。
中級仮想精獣の群れと上級仮想精獣が同時に仕掛けてきたときは、さすがに肝を冷やした。それでもなんとか三人で全力を尽くして倒したが、そのとき生まれた一瞬の隙が、A班三人の反応を鈍らせていた。
振り返ると、小さな円卓ほどの大きさの、丸い顔が宙に浮いていた。ひげの長い老人男性の顔を模して作られたような、なんとも不気味な形状だった。仮想精獣なのだろうか。それにしても、こんな仮想精獣は初めて見る。
そのとき、その円卓の老人顔が、びっくりするほど大きく口を開けた。
「これ……! 思い出した、逃げて二人ともっ! この口に吸い込まれたら、最悪リタイアに――」
ソルエルの呼びかけもむなしく、老人の口がものすごい勢いで、近場にあった草木や岩石類、果ては地面の泥土までも、何もかもすべて吸い込み始めていた。
規格外の凄まじい吸引力になすすべもなく、A班三人は、巨大な口の中に吸い込まれてしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
気がつくと、三人は薄暗い洞窟の中で倒れていた。一本の長い道が続いているように見える、ひたすら広大な横穴の洞窟だった。
出口がほど近いのか、ぼんやりと向こうにかすかな明かりが見えている。その明かりのおかげで、かろうじて周囲の景色をなんとか見渡すことができていた。
「全員怪我は……ないようだな。しかし、どこなんだここは……」
マイスがかぶりを振って辺りを見回す。あの口に吸い込まれてたどり着いた場所がこの広い洞窟だというのなら、どう考えても物理的な法則を無視した広さだ。
おそらくは、あの顔は四季外魔法の一種である、空間魔法か転移魔法が使える類の上級仮想精獣なのだろう。
マイスとルビがきょろきょろと周囲を警戒していると、ソルエルが申し訳なさそうにうな垂れた。
「ごめんなさい。私、吸い込まれる直前にあの顔の正体を思い出したのに、結局三人ともこうなってしまって……」
「ソルエル、知ってるのか? あの顔が何なのか」
「知ってるも何も、ルビとマイスも昔、一度ここに来たことがあるんだよ。覚えてない?」
ソルエルの言葉に、二人ははっとして顔を見合わせた。
「え、ちょっと待てよ……もしかして……」
「ああっ、そうか、思い出した!」
男二人が意気投合したように手鼓を打っていた。
「たしか、三人で暴露大会し合ったときのやつだな!」
ルビは合点がいったとばかりに叫んだ。一方で、マイスはため息混じりに肩を落としている。
「なんてこと。過去の失敗をすっかり忘れて、二度も同じ罠にかかるなんて……」
「し、仕方ないよ……。なんせ、もう十年近く前のことだもの」
「それにしても、不運にも避けられなかったとはいえ、よくそんな昔に遭遇した仮想精獣のことを覚えていたな、ソルエル。これ以外にも奇をてらったものなどいくらでも遭遇してきたから、私はもうすっかり忘れてしまっていたよ」
「だって、あの体験はとても印象的だったもの。それに、後から気になって調べたからよく覚えてるの。どの文献にも載ってなくて、結局先生にまで質問して。それであの顔が、学園長先生の独創精獣だって知ったの」
「独創精獣?」
「そう。たしか命名はケイブイーター。異名を〈真実の口〉とも言うそうだよ」
ソルエルは神妙な面持ちで告げた。
独創精獣とは、個人の魔導師が一から構想して作り上げた、この世にただ一つの仮想精獣の総称だ。
一般的な仮想精獣は、多くの人々に知れ渡っている神話や伝承、おとぎ話などの、神や悪魔や精霊、妖精、怪物の類であることが多い。知名度が高く、共通認識を持つ人々が多いため、人々がその対象に抱く思念を魔導師が手繰り寄せて、作り出し、呼び出し、そして使役する。
しかし独創精獣には、創造者本人の思念しか存在しないため、それだけの強い魔力と思念、そして構想力を、一人で担う必要がある。魔導師なら誰もが独創精獣を作れるというわけではないのだ。
ある意味、最上級仮想精獣を呼び出すことより難しいと言えるかもしれない。
マイスがソルエルに尋ねた。
「ソルエル、ケイブイーターについて知ってることを、全部教えてくれないか。私たちはどうすればいい? 一刻も早くここから出なければ」
「たぶん、マイスやルビが知っていることとそんなに変わらないと思う。ほら、覚えてるでしょう? 洞窟にいた時間はそんなに長くなかったはずなのに、洞窟を出て外に出たら、二週間も経ってたよね」
「ああ、そうだ、そういやそうだった……。あれはマジでびっくりした。だんだん思い出してきたぞ。別に捕まってたオズマたちなんかは、たしか一ヶ月くらいこの洞窟から出られなくて、授業遅れて泣きながら補習受けてたっけか……」
ルビがいろいろ思い出したようで感慨にふけっていると、はっとした顔でソルエルとマイスを見て慌てふためいた。
「やばいじゃん! そんなにここにいる暇なんてあるか! 実習が終わっちまう」
「そう……そうなんだよね。ここは外とは時間の流れが違う。だから、今回もやるしかないよ、今すぐにでも」
「やるって……」
「暴露大会、だよ」
そう言った張本人であるソルエルの口元も、心なしかひくついている。まったく覚悟のできていない顔だ。
ケイブイーター。またの名を〈真実の口〉。
あの丸顔老人の口に吸い込まれ、この洞窟に閉じ込められてしまった者は、自身の秘め事や強く抱く思想などを、包み隠さず正直に告白しなければならない。後ろ暗いところもすべて話さなければ、外に出ることは許されないのだ。
出口のように見える明かりは、実は追いかけても意味がないもので、たどっても延々と続く洞窟の一本道をただひたすらに歩かされるだけ。誰かが真実を告白したときのみ、洞窟内に〈真実の炎〉がともされる。その炎の灯りが人数分揃って、初めて本物の出口が示されるのだった。
ソルエルは起床してきたルビと顔を合わせたが、昨夜のことについて何も聞いたり触れたりすることはなく、いつも通りに笑顔で彼に接していた。
ルビも同様で、昨夜の話題を持ち出す素振りは一切なく、普段通りの明るい姿を見せていた。
そしてそれは、ルビとマイスが顔を合わせたときも同じだった。三人の誰もが、昨夜の契約について思うところがありながらも、誰もその話を口にすることはなかったのだ。
いつもと変わらない朝だった。しかし、何かが少しずつ、ぎこちなく噛み合わなくなっていく。そのことに三人とも気づいていたはずなのに、どうすればいいのかわからず何もできないでいた。
そんな三人の心情に関係なく、仮想精獣はいたる所で立ちはだかり続ける。
秋ステージも半ばに突入し、いよいよ敵も本格的に強くなり始めていた。中級
の中にちらほらと上級が混じってくるようになったのだ。
中級は楽に倒せていたが、さすがに上級ともなれば、腰を据えて挑まなければならない。それでも実習前に比べて実力が上がった分、段違いに倒しやすくはなっていた。
倒せば倒すほど魔力経験値が獲得できて、自分たちの潜在魔力もアップするため、それだけまた倒せる敵も多くなる。
倒した対象の魔力を得られるという魔法界の理は、強者であればあるほど有利に働くシステムだった。
逆に弱くて力のない者は、まず大半の敵を倒すのに四苦八苦するばかりで、なかなかスムーズに腕を上げにくい。これは魔法研究論でも言及され尽くしている、魔法界の特に不条理な部分だ。
文句を言っても始まらないが、弱者が這い上がるのは、いつの世でも至難の業だということだった。
この辺りでよく見かける中級は、マンティコラ、ペルーダ、フラウロスなどの四足歩行のものたち。
そして上級では、リンドブルム、ラプシヌプルクル、ニーズヘッグなどの、翼を持つ竜系仮想精獣などと多く相対してきた。
竜系の大半は上級に分類されている。神出鬼没に空から奇襲をかけてくるため、音もなく背後を取られてしまうこともあり、まったく油断ができない状況が続いた。
中級仮想精獣の群れと上級仮想精獣が同時に仕掛けてきたときは、さすがに肝を冷やした。それでもなんとか三人で全力を尽くして倒したが、そのとき生まれた一瞬の隙が、A班三人の反応を鈍らせていた。
振り返ると、小さな円卓ほどの大きさの、丸い顔が宙に浮いていた。ひげの長い老人男性の顔を模して作られたような、なんとも不気味な形状だった。仮想精獣なのだろうか。それにしても、こんな仮想精獣は初めて見る。
そのとき、その円卓の老人顔が、びっくりするほど大きく口を開けた。
「これ……! 思い出した、逃げて二人ともっ! この口に吸い込まれたら、最悪リタイアに――」
ソルエルの呼びかけもむなしく、老人の口がものすごい勢いで、近場にあった草木や岩石類、果ては地面の泥土までも、何もかもすべて吸い込み始めていた。
規格外の凄まじい吸引力になすすべもなく、A班三人は、巨大な口の中に吸い込まれてしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
気がつくと、三人は薄暗い洞窟の中で倒れていた。一本の長い道が続いているように見える、ひたすら広大な横穴の洞窟だった。
出口がほど近いのか、ぼんやりと向こうにかすかな明かりが見えている。その明かりのおかげで、かろうじて周囲の景色をなんとか見渡すことができていた。
「全員怪我は……ないようだな。しかし、どこなんだここは……」
マイスがかぶりを振って辺りを見回す。あの口に吸い込まれてたどり着いた場所がこの広い洞窟だというのなら、どう考えても物理的な法則を無視した広さだ。
おそらくは、あの顔は四季外魔法の一種である、空間魔法か転移魔法が使える類の上級仮想精獣なのだろう。
マイスとルビがきょろきょろと周囲を警戒していると、ソルエルが申し訳なさそうにうな垂れた。
「ごめんなさい。私、吸い込まれる直前にあの顔の正体を思い出したのに、結局三人ともこうなってしまって……」
「ソルエル、知ってるのか? あの顔が何なのか」
「知ってるも何も、ルビとマイスも昔、一度ここに来たことがあるんだよ。覚えてない?」
ソルエルの言葉に、二人ははっとして顔を見合わせた。
「え、ちょっと待てよ……もしかして……」
「ああっ、そうか、思い出した!」
男二人が意気投合したように手鼓を打っていた。
「たしか、三人で暴露大会し合ったときのやつだな!」
ルビは合点がいったとばかりに叫んだ。一方で、マイスはため息混じりに肩を落としている。
「なんてこと。過去の失敗をすっかり忘れて、二度も同じ罠にかかるなんて……」
「し、仕方ないよ……。なんせ、もう十年近く前のことだもの」
「それにしても、不運にも避けられなかったとはいえ、よくそんな昔に遭遇した仮想精獣のことを覚えていたな、ソルエル。これ以外にも奇をてらったものなどいくらでも遭遇してきたから、私はもうすっかり忘れてしまっていたよ」
「だって、あの体験はとても印象的だったもの。それに、後から気になって調べたからよく覚えてるの。どの文献にも載ってなくて、結局先生にまで質問して。それであの顔が、学園長先生の独創精獣だって知ったの」
「独創精獣?」
「そう。たしか命名はケイブイーター。異名を〈真実の口〉とも言うそうだよ」
ソルエルは神妙な面持ちで告げた。
独創精獣とは、個人の魔導師が一から構想して作り上げた、この世にただ一つの仮想精獣の総称だ。
一般的な仮想精獣は、多くの人々に知れ渡っている神話や伝承、おとぎ話などの、神や悪魔や精霊、妖精、怪物の類であることが多い。知名度が高く、共通認識を持つ人々が多いため、人々がその対象に抱く思念を魔導師が手繰り寄せて、作り出し、呼び出し、そして使役する。
しかし独創精獣には、創造者本人の思念しか存在しないため、それだけの強い魔力と思念、そして構想力を、一人で担う必要がある。魔導師なら誰もが独創精獣を作れるというわけではないのだ。
ある意味、最上級仮想精獣を呼び出すことより難しいと言えるかもしれない。
マイスがソルエルに尋ねた。
「ソルエル、ケイブイーターについて知ってることを、全部教えてくれないか。私たちはどうすればいい? 一刻も早くここから出なければ」
「たぶん、マイスやルビが知っていることとそんなに変わらないと思う。ほら、覚えてるでしょう? 洞窟にいた時間はそんなに長くなかったはずなのに、洞窟を出て外に出たら、二週間も経ってたよね」
「ああ、そうだ、そういやそうだった……。あれはマジでびっくりした。だんだん思い出してきたぞ。別に捕まってたオズマたちなんかは、たしか一ヶ月くらいこの洞窟から出られなくて、授業遅れて泣きながら補習受けてたっけか……」
ルビがいろいろ思い出したようで感慨にふけっていると、はっとした顔でソルエルとマイスを見て慌てふためいた。
「やばいじゃん! そんなにここにいる暇なんてあるか! 実習が終わっちまう」
「そう……そうなんだよね。ここは外とは時間の流れが違う。だから、今回もやるしかないよ、今すぐにでも」
「やるって……」
「暴露大会、だよ」
そう言った張本人であるソルエルの口元も、心なしかひくついている。まったく覚悟のできていない顔だ。
ケイブイーター。またの名を〈真実の口〉。
あの丸顔老人の口に吸い込まれ、この洞窟に閉じ込められてしまった者は、自身の秘め事や強く抱く思想などを、包み隠さず正直に告白しなければならない。後ろ暗いところもすべて話さなければ、外に出ることは許されないのだ。
出口のように見える明かりは、実は追いかけても意味がないもので、たどっても延々と続く洞窟の一本道をただひたすらに歩かされるだけ。誰かが真実を告白したときのみ、洞窟内に〈真実の炎〉がともされる。その炎の灯りが人数分揃って、初めて本物の出口が示されるのだった。
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