あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ

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派遣秘書のとんでもない日常

……人として、効率以前に重視することがあるのでは?

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 ノックの音がして、海里はノートパソコンから顔を上げた。

「入れ」
と言うと、何故か、寺坂が成田を連れてきた。

 パンと珈琲を手にした成田に、
「……何故、お前が来る」
と言うと、成田は、

「それがあまりが、成田さん、帰るついでに持ってってくださいって言ってきて。
 僕はこれから、下に下りるのに、なにがついでなんだか……」
と愚痴ったあとで、

「でも、パン、もうほとんど売れたな。
 もう一度、持ってきたいくらいだが、うち、自分とこで焼いてるから、もう在庫ないんだよ。

 これ以上持ち出すと店の方が困るから。

 ……なあ、明日から、総菜も売ってみていいか?」
と言ってくる。

「好きにしろ」

 海里が機嫌悪く言うと、

「ほら、シナモンロールとクロックムッシュ。
 お前、好きだったろ」
と成田は言ってきた。

 お前、好きだったろ、という言葉が気にかかり、
「待て。
 これ、選んだの、誰だ」
と訊くと、僕、と言う。

「……選びもしねえのか、あの女」

「いや、言ったんだけどね。
 成田さんの方が犬塚さんのことには詳しいだろうから、好みのパン、二、三個選んで持ってってくださいって」

「クビにしようかな、あの女……」

「ぼうっとしてるように見えて、さすが南条社長の娘、商売上手というか、効率重視というか」

 知ってたのか、と言うと、昨日、叔父さんに聞いた、と言う。

「人として、効率以前に重視することがあると思うがな」

 パンを見ながら呟くと、お前が言うな、と言われてしまう。

「でもまあ、仕方ないだろ。
 あまりはお前が自分のことを好きだなんて知らないんだから」

 その言葉にパンから目を上げ、成田を睨む。

「……いつ俺があまりを好きだと言った」

「言ってないけど。
 他に理由ないだろ。

 一介のカフェ店員を此処まで引っ張ってくる理由がさ」

 黙っていようかと思っていたのだが、仕方なく、海里は、あまりとの見合いの話をしてしまった。

「……断られたのに、つきまとってるのか。
 ストーカーか」
と真顔で恐れられてしまう。

「違う。
 偶然だ。

 たまたま見かけたんだ、お前のとこの店で。

 そしたら、ヘラヘラ笑って働いてやがったから。
 俺との見合い話を断っておいて、楽しそうだなと、ちょっと腹が立って……」

「で、腹が立って、何故雇う?」

「……嫌がらせだ」

「嫌がらせ?
 どの辺がだ」

 追求してくる成田に話を打ち切るように言った。

「どうでもいいだろ。
 もう帰れよ」

 成田は、ふうん、という顔でこちらを見たあとで言ってくる。

「まあ、二週間のことだからな。
 期限切らなきゃ、あまりが受けないと思ったんだろうが。

 二週間のうちに、あまりがお前のことを好きになるとかないからな」

 お前は預言者かっ、と思いながら、
「誰もそんなこと言ってねえだろ」
と言い返した。

 もう帰れ、と言うと、
「まあ、また来るよ。
 あまりが珈琲、追加持ってこいって言ってたから」
と成田は言う。

「下僕か」

「うるさい。
 じゃあな、ストーカー」

 成田は外に居た寺坂にだけは、丁寧に挨拶して去って行った。

 あまりを好きだとか。
 そんなんじゃない。

 ただ、カフェで見かけたとき、写真と同じに、楽しそうに笑っていたのに、俺の顔を見た途端、強張りやがったから腹が立っただけだ。

 シナモンロールとクロックムッシュは美味しかったが、選んで運んで来たのが成田というのが、なんかこう、納得いかないところだった。

 ……なんのために、お前を雇ってると思ってるんだ、あまり。

 いや、別に、あまりを好きだとか、そういうのではないんだが……。



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