あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ

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派遣秘書のとんでもない日常

総務本部は魔窟です

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「秋月さんたちはご存知だと思いますが。
 私は、もともと土木作業員で。

 今の支社が建つとき、視察に来てらした支社長の目の前に鉄骨を落としてしまったんです」

 ひいいいい。

「いや、足場が崩れたせいだったんですけど。
 全ての罪を押し付けられて、クビになりました」

 そりゃ、社長の息子を殺しかけたわけだから。

 誰かに罪をなすりつけなければ、と建設会社のお偉いさんたちは思ったのだろう。

「ところが、それを知った支社長が私を拾ってくださったんです」

 ちなみに、今、秘書室の前辺りに入っている鉄骨です、と今、そこにあるように指差してくる。

 ひい……。

「そ、そうだったんですか。
 いや、いい秘書さんだと思いますよ」
と言うと、いや、あんた今向いてないって言ったじゃん、という顔を秋月がする。

「支社長に忠誠心が厚いのがいいと思います」

「ありがとうございます。
 南条様にそう言っていただけると」

 うやうやしく寺坂はあまりに言ってくる。

「で、結局、あんたは何者なのよ」
と秋月がこちらを見て言ってきた。

「だから、カフェの店員です」

「……ほんとのこと言わないのなら、総務に行って、あんたは支社長の愛人だって触れ回ってくるわよ」

 サグラダ・ファミリアちゃんが、秋月さん、と止めてくれている。

 何故、総務、と思いながら、
「いや、ほんとに関係ないんです。
 私、……支社長とのお見合い話をお会いする前に断ったんです。

 そしたら、それが支社長の逆鱗に触れたみたいで」
と語ると、成田が、

「まあ、プライドの高い奴だからね」
と言う。

「支社長のお友だちなんだったっけ?
 仲悪いの? この二人?」

 秋月が身を乗り出す。

 いや、そう悪くもない気がするのだが。

 なんだかんだで、支社長が好きなものも知っていたではないか、と思う。

「まあ、いいや。

 さあ、食べなさい。
 支社長夫人」
と秋月が今来た皿をあまりの前に置く。

 だから、断ったんですってば、と苦笑いしながら、あまりは、目の前に置かれた紅芯大根とホタテのカルパッチョを口にした。

 レモンの風味がよくきいていて、美味しい。

 店に入ったとき、小洒落た居酒屋だなと思ったのだが、出て来る料理は、居酒屋というよりは、洒落たレストランの一品という感じだった。

 この洒落た、小洒落た、だが、兄は、
『なんで女はすぐ小洒落た店に行きたいとか言うんだ。

 小洒落たってなんだ?
 洒落てちゃいけないのか』
と面白くないことを言ってくる。

 母親に似た美しい顔をした兄だが、あのざっくり感と無神経さで、女にはモテまいな、と思っていた。

 ちなみに、兄は海里との見合い話を、
『お前にこんな話が来るなんて、二度とないぞ。
 何故、断る、無礼者が。

 とっとと嫁に行け』
と言っていた。

 あまりにうるさいので、この兄には、何故断るのか話してしまっていたのだが。

 すると、途端に、彼は深く頷き、
『さもありなん。

 そうだな。
 断れ。

 恐らく、お前の予想通りになるであろう』
と預言者の託宣のように重々しく言ってきた。

 まあ、そんな失礼な兄はともかく、此処の料理は美味しい。

 さすが、秋月の選んだ店だ。

 美味しくホタテのカルパッチョをいただきながら、
「シャンパンに合いますね」
と言うと、秋月が、

「あんたまだ、シャンパン呑んでたの?」

 ワインはどうよ? 日本酒は? とガンガン勧めてくる。

 断り切れずにそれらを頂いていると、珍しく、桜田がグラスを手に語り出した。

「私、感謝してるんです。
 秘書室に入れていただいて。

 総務本部は、女子にとっては、魔窟です。

 あそこから脱出出来てよかったです」

「ま、ファミ子にあんな弱肉強食の群れの中は無理よね」
と秋月が言う。

 今日で、ファミさんのあだ名はファミ子に変わってしまったのでしょうか、と思っていると、南条さんっ、とファミ子が手を握ってくる。

「総務の女性陣には気をつけてくださいっ」

 な、なんだかわからないけど、わかりました……と思い、頷いていると、
「ほら、呑みなさい、支社長夫人っ」
と置いていたグラスに日本酒を注がれる。

「こっ、これっ、シャンパン入ってるんですけどっ」

 この私の酒が呑めんのか、という調子で、結局、そそがれ、支社長夫人って、こんな立場低いのか、と思っていると、寺坂が、
「南条様、スマホが鳴っております」
と言ってくる。

 あ、はい、と鞄から出すと、見知らぬ番号からかかってきていた。

「あれ? 誰だろ?」

 あまりが鳴っているスマホをテーブルに置き、ぼうっと見ていると、寺坂が青ざめ、言ってきた。

「……その番号、支社長です」

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