あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ

文字の大きさ
28 / 89
派遣秘書のとんでもない日常

嵐を呼ぶ出張販売

しおりを挟む



 お昼休み、あまりはまた総務の前で、パンと珈琲を売っていた。

「美味しさで固まるカフェ、ゴルゴン。
 二週間限定、出張店舗でーす」

 昨日は即行売り切れてしまったが、今日は、総務以外のお客様もたくさん来ていた。

 へー、とみんな物珍しげに覗いていく。

「あの店のよね。
 もうベーグルないの?」
と女性社員に訊かれた。

「あー、さっき売り切れちゃったんですよー。
 全部マスターの手作りなので、あんまり量、作れなくて」

「あそこで手作りしてるの?
 美味しいわよね」
と言いながら、他のパンを買ってくれた。

 もちろん、珈琲もつけて。

 他の人が、
「そうなんだ?
 あのイケメンの甥御さんは、パン、焼かないの?」
と訊いてくる。

 さすが近いだけあり、店のことも、よくご存知のようだ。

 そういえば、短いバイト期間でも、見た顔が結構居るような気がする。

 商品の数が随分減った頃、総務で見た気がするお姉様方がやってきた。

「あら、もう、これだけしかないの?」

「もうこれだけしかないんですよー」
と言うと、ふーん、と言ったあとで、パンを見ながら、

「貴女さあ、此処で昼にパン売る以外は、お茶をいれるだけなんですって?
 なんで、わざわざ、うちの会社に雇われてんの?」
と訊いてくる。

 ありゃ?
 じわっとやな感じで来ましたね、とあまりは思った。

『あまりさん、その薮はつつかないでくださいっ』
と言う桜田ファミ子の囁きが耳許で聞こえた気がした。

「えーと。
 お茶いれるのは、販売のついでじゃないですか?

 支社長がうちのお店の味を気に入ってくださってるみたいなので。

 あの、うちの成田さんって従業員ご存知ですか?」

 あ、ああ……あのイケメンの、と主に突っかかってくるお姉様の一人が言う。

 IDカードには草野くさのと書いてあった。

 スーツは総務らしく落ち着いた色合いだったが、化粧は派手めな感じだ。

「成田さんと支社長、仲良しなんで」

 誰がだーっ、と叫ぶ成田の声が聞こえた気がしたが、とりあえず無視して、弁明する。

「その関係だと思うんですが、成田さんはお忙しいので、私が替わりに」

「あら、そうなの。
 成田さんの方がよかったのに。

 今日はもう帰っちゃったの?」

「はい。
 でも、成田さんはいつもお店にいらっしゃるので、いつでもどうぞ。

 他にも、田村さんとか、イケメンの店員さんがいらっしゃいますし。
 夜はお酒も出してますよー」
と笑顔で言うと、

「……あんた、商売上手ね」
と草野が言ってくる。

「ところで、あんた、支社長にお茶運んでるみたいだけど。
 支社長とは、元から面識とかあったの?」

 上目遣いに見ながら訊いてくる草野に、はい、と言ったあとで、あまりは声を落とし、問うてみた。

「あの、もしや、草野さん、支社長に気がおありとか?」

 だが、草野は、莫迦ね、と言う。

「気があるとかじゃないわよ。
 所詮、雲の上の人だしね」

「そうですか?
 意外と庶民的なところもありますよ。

 突然、ショボいこと言い出したりもしますしね」

「あんた、支社長に向かって、なに言ってんの……?」

「さては、此処に居らっしゃる皆さんは、支社長に気がおありなので。
 お茶を運んでいる私が気に食わなくて、喧嘩を売って来られたのですね」

「あの、まだ売ってないんだけど……」

 これから売るところだったらしい。

 買うのが早過ぎたようだ。

 でも、よくわかりました、とあまりは頷く。

「支社長は、やはりモテモテの悪い奴なんですね。
 女性の敵です」
と言い切ると、草野が、

「いや、ちょっと。
 勝手にわからないで」
と言ってきた。

「支社長、確かにモテるけど。
 社内の子に手を出したとかも聞かないんだけど」

 悪い人じゃないんじゃない? と草野は海里をかばい出した。

「いやでも、あの顔ですよ。
 陰で悪いことしてるに違いないです。

 イケメンと言えば、妹の私が言うのもなんなんですが。
 うちのおにいちゃんとか、結構なイケメンなんですけど。

 爽やかな笑顔で、あいつ、悪ですよ、悪っ」

「いや……、あんたのおにいちゃん、知らないから」

 唐突に出てきた、あまりの兄の話に、草野は困ったように言ってくる。

「支社長だってそうですよ。
 顔が良くて、権力もあって、仕事も出来て。

 高飛車で偉そうだけど、ちょっと憎めないところもあるなんてっ。

 側に居て、好きにならないわけないですからっ。

 きっと、モテモテで、みんなを困らせてる悪い奴なんですよーっ!」
と今まで心の中に巣食っていた不審感を吐き出すように主張すると、草野が、

「……いや。
 あんたそれ、支社長のこと好きなんじゃないの?」
と言ってきた。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

あやかし旅館、縁結びは四季ちゃんにおまかせ!!

八乙女 忍
キャラ文芸
僕の家は、昔から旅館をしていた。 その旅館には、座敷わらしが出ると言われている。 その座敷わらしを見ると、願い事が叶うと言われていた。 僕は、小さい頃からその座敷わらしと遊んでいる。 僕も年頃になり好きな子ができた。 小さい頃から座敷わらしと、遊んでいた僕の願い事は叶うのだろうか?

紅玉楽師は後宮の音を聞く 〜生き残りたい私の脱走計画〜

高里まつり
キャラ文芸
【耳のいい隠れ長公主】✕【したたかな美貌の文官】コンビが挑む後宮の陰謀! 片目が紅い娘・曄琳(イェリン)は訳あって後宮から逃走した妃の娘ーー先帝の血を引く、隠れ長公主。 貧民街で隠れて生活していたのに、ひょんなことから宮廷に舞い戻ってしまった曄琳は、生まれを秘匿し、楽師としてあらゆる音を聞き分けるという特技を活かしながら、宮廷からの脱走を目論んでいた。 しかしある日、後宮で起きた幽鬼騒動の解決に駆り出された先で、運命を狂わされてしまう。 利用できるものは利用します精神の美形の文官・暁明(シャオメイ)と、出生の秘密をなんとか隠して外に出たい曄琳。 二人が後宮での事件を追う中で、母や貴妃の死、過去の出来事が少しずつ絡んで、宮廷の陰謀に巻き込まれていく。契約じみた曄琳と暁明の関係も少しずつ、少しずつ、形を変えていきーー? 曄琳の運命やいかに!

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

OL 万千湖さんのささやかなる野望

菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。 ところが、見合い当日。 息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。 「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」 万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。 部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

処理中です...