あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ

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お茶汲み秘書の話すのやめときたい秘密

秘境バンザイ

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「……持ってやろうか」

 そう言ってきた海里に、

「いや、いいです」
とあまりは答えた。

 自分が持ってきたのだから、他人に持たせるのも悪い気がしたからだ。

 すさまじく点々としかない道沿いの街灯を頼りに歩く。

「どうだ?
 二日だが、会社勤めをしてみて。

 カフェもまだ慣れないところに、また新しい環境で疲れたんじゃないのか」

「いえ、楽しいです」
とあまりは笑って答えた。

「最初はどうなることかと思ってたんですが。

 期限が切られている気楽さがあるせいかもしれませんが。
 海里さんの会社は良い方ばかりのように感じます」

 二週間しか居ない、と決まっているのは、寂しくもあるが、気楽さもある。

 草野のことにしたって、この先は揉めるかも、などと不安に思わなくていい。

 ずっと居なければならない桜田たちとは、感じ方がまた違うのだろうな、と思っていた。

「そうか。
 なら良かった……」

 様々な揉め事を知っているせいか、そう信じてはいない口調で海里は言ってきた。

「総務は女が多いせいかよく揉めるんだ」
と海里は愚痴のように言う。

「秘書も桜田になる前は揉めてたな。
 前任者と秋月さんが同じタイプの人で」

 ああ……とあまりは苦笑いする。

 世話焼きタイプが二人では揉めるだろう。

「だからって、桜田さんが二人とかいうのも困る気がしますね」

「二人で物陰から見てそうだな……」
と言われ、あははと笑う。

 そんなあまりの顔を見て、呆れてるんだかなんだかわからない口調で、海里が言ってくる。

「……お前はいつも平和だな。
 ところで、なんで、エスペラント語を学ぼうと思った?」

「いや、それが、世界共通言語だと聞いたので。
 それ一個しゃべれたら、他の言葉は覚えなくていいかなと思って、勉強してみたんですが。

 なかなか使ってくれる人、居なくてですね」

 かえって余計な労力を使ってしまった気分です、と呟くと、
「なんかお前の人生、象徴してるな」
と言われてしまった。

「でもまあ、今日、使えてよかったな」
と言われ、

「はいっ。
 此処まで来たかいがありましたっ」
とあまりが言うと、

「……そうだな」
と言って、海里が黙る。

 まあ、見知らぬ山中をさまよっている今言う言葉ではなかったか、と思いながら、月と一番星を見上げる。

 周りに灯りがないせいか、いつもより明るくて綺麗だ。

 空気も澄んでいる気がする。

「……寒くないか?」
と海里が訊いてきた。

「あ、はい。
 大丈夫です」

 あまりも薄手のコートを着ていたので、寒くはなかった。

 そのまま沈黙しかけて、実は自分と同じくらい沈黙を苦手としているらしい海里が言ってきた。

「あまり、この場に相応しい話をしろ」

 ええ? と言ったあまりは、この場に相応しい話か、と辺りを見回したあとで、

「これは、私が小学校のとき、草むしりの時間に聞いた話なんですけど」
と小声で語り出す。

「二歳になる子どもが、とある交差点に来るといつも……」

「待て。
 それ怖い話じゃないのか」

 その話し方から言って、と言われる。

 いや、この場に相応しいかと思ったんですけどね、と思ったあとで、あまりは気づいた。
 
「あれっ?
 あんなところにも一番星が……」

 さっきまで見えていた小高い場所の陰から現れた光を指差す。

 斜め前にある山の中腹だ。

 そこに光っているものがあった。

「海里さんっ。
 人工の光ですっ。

 街灯じゃないっ」

 かなり大きな光だ。

 建物の光のように見えた。

「あれ、もしかして、宿じゃないですか?」

「携帯も通じないのが売りの秘境の宿か?」

「秘境バンザイですね。
 行ってみましょう」

「待て。
 あれ、山の中腹だぞ」

 此処からかなり距離がある、と海里が言ったとき、別の光が見えてきた。

 太陽が沈んでいった方……のような気がする場所から、それは近づいてくる。

「車だ」
と海里が言う。

 白いワゴン車だった。

 思わず手を振ると、止まってくれた。

 すぐに助手席の窓が開き、
「あのー、なにしてるんですか、こんなところで」
と運転席から身を乗り出し、若い男が訊いてきた。

 いきなりライトに暗がりを歩いている人が照らし出され、彼は彼で、ぎょっとしたようだった。

 海里が車に書かれた文字を見て言う。

「これ、宿の車か?」

「ええ。
 今、お客様を駅まで迎えに行って、戻るところなんです」

 そういえば、後部座席には、品のいい老夫婦が乗っている。

 目が合うと、微笑まれた。

「すまないが。
 まだ空いてるか? 宿」
とその運転手に海里が訊いていた。

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