あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ

文字の大きさ
49 / 89
お茶汲み秘書の話すのやめときたい秘密

カメは何処に行ってしまったんでしょう

しおりを挟む
 

 海岸で大きなカメの甲羅をモップで洗わされる夢を見た。

 これはあの日、羊羹を磨いたモップだろうかと思いながら、あまりは目を覚ました――。



 窓から早朝のものらしき明かりが少し差し込んでいた。

 朝だ……。

 朝ですね。

 朝だよね。

 そう思いながら、あまりは固まる。

 なんで、この人が横に居て、私の顔を眺めているのでしょうね。

 思わず、また目を閉じる。

 もう一度、カメの甲羅を磨きに行こうとしたのだ。

「現実逃避するな」
と頭をはたかれる。

「いえ、どうやら、こちらが夢の世界のようなので、もう一度、カメを磨きに……」
とぐるぐる回る頭で呟くと、……なに言ってるんだお前は、という目で見られた。

 ぼんやり夕べの記憶が蘇ってくる。

 あまりは布団を握り締め、呟いていた。

「どうしたらいいんでしょう。
 あんな恐ろしいことをしてしまうなんて。

 私はもう世間様に顔向けできません」

「待て。
 すべての人類が、その恐ろしいことをしなかったら、お前産まれてないからな?」

 いやいや、とあまりは言う。

「まず愛がなければ、あんなことはしてはいけないんですっ」

「愛ならあるぞ、最初から」

 はい?

「夕べ言わなかったか?」
と言われるが、ほとんど記憶になく、何故か、竜宮城とカメばかり頭に浮かぶ。

 あとは侍が刀に手をかけ、ナンバ歩きで旅館を素早く移動している映像しか出て来ないのだが、夕べ、一体、なにがっ!?

 だが、海里には、その謎の映像は見えてはいないので、甘く囁き、抱き寄せてくる。

「なにも心配するな。
 お前は、このまま俺と結婚すればいいんだ」

 愛してるよ、としびれるような声で、耳許で囁かれ、思わず、

「結構です」
と言ってしまった。

 一瞬の沈黙のあと、海里が、
「……結構ですってなんだ?」
と訊き返してくる。

 だって、私は、この事実を闇に葬りたいのです。

 結婚前に、お見合いさえしていない、この人となんてことをっ。

 っていうか、私はずっと身持ちが堅いと信じていたのに。

 何故、こんなことにっ。

 ただ誰にも誘われなかったから、そうならなかっただけで、実は私は悪い女なんでしょうか。

 あまりは布団をかぶって、顔を隠す。

「もう、おてんと様の下を歩けません。
 死にます」

 そのまま、ぐずぐず泣いていると、気の短い海里は、イラッと来たらしく、
「じゃあ、死ねっ」
と言い出した。

「俺にもう一度、襲われてからなっ」
と布団をはがれる。

「駄目ですっ、駄目ですっ」
とあまりは布団を取り返そうとする。

「そんなことしたら、舌噛み切って死にますーっ。

 舌っ」

 早口に言おうとして、

「……舌噛んでしまいました」

 いたいー、と布団の上に突っ伏していると、海里が、頭の上で、
「どうしたいんだ……」
と呟いていた。

 いや、自分でも動揺しすぎて、よくわからない。

 やがて、溜息が聞こえてきた。

「わかったよ。
 じゃあ、一緒に露天風呂にでも入るか。

 昨日入りそびれたから」
と言ってくる。

「嫌です。
 そんな恥ずかしいっ」
と取り返させてくれた布団をかぶったまま、あまりはひとり震える。

「露天風呂は、ひとりで入ります~」

「……入るのは入るのか。
 結構余裕だな」

 いや、だって、昨日、入りそびれましたから……と言い訳のように思う。

 そのまま海里はお湯をはりに行ったようだった。

 しばらくすると、
「あまり、お湯たまったぞ。
 先に入れ」
と言ってくれる。

 結構優しいな……と思いながらも、あまりは、もう一度、布団の中で目を閉じる。

 カメの世界に逃避しようとしたが、もうカメは頭の中に居なかった。

 お腹が空いていたのか。

 昨夜のご飯、美味しかったけど。
 今朝は、どんな朝食なのかな、とそればかりが頭に浮かぶ。

 無理やり襲われたはずなのに。

 何故だろう、呑気だな、と自分でも思ってはいた。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

あやかし旅館、縁結びは四季ちゃんにおまかせ!!

八乙女 忍
キャラ文芸
僕の家は、昔から旅館をしていた。 その旅館には、座敷わらしが出ると言われている。 その座敷わらしを見ると、願い事が叶うと言われていた。 僕は、小さい頃からその座敷わらしと遊んでいる。 僕も年頃になり好きな子ができた。 小さい頃から座敷わらしと、遊んでいた僕の願い事は叶うのだろうか?

紅玉楽師は後宮の音を聞く 〜生き残りたい私の脱走計画〜

高里まつり
キャラ文芸
【耳のいい隠れ長公主】✕【したたかな美貌の文官】コンビが挑む後宮の陰謀! 片目が紅い娘・曄琳(イェリン)は訳あって後宮から逃走した妃の娘ーー先帝の血を引く、隠れ長公主。 貧民街で隠れて生活していたのに、ひょんなことから宮廷に舞い戻ってしまった曄琳は、生まれを秘匿し、楽師としてあらゆる音を聞き分けるという特技を活かしながら、宮廷からの脱走を目論んでいた。 しかしある日、後宮で起きた幽鬼騒動の解決に駆り出された先で、運命を狂わされてしまう。 利用できるものは利用します精神の美形の文官・暁明(シャオメイ)と、出生の秘密をなんとか隠して外に出たい曄琳。 二人が後宮での事件を追う中で、母や貴妃の死、過去の出来事が少しずつ絡んで、宮廷の陰謀に巻き込まれていく。契約じみた曄琳と暁明の関係も少しずつ、少しずつ、形を変えていきーー? 曄琳の運命やいかに!

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

OL 万千湖さんのささやかなる野望

菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。 ところが、見合い当日。 息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。 「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」 万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。 部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

処理中です...