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お茶汲み秘書の話すのやめときたい秘密
人間は忘却する生き物です
しおりを挟む朝食は夕べの個室とは違い、大きなガラス張りの広い部屋で、眩しいような山の緑を眺めながら、みんなで食事するようだった。
手前の庭と借景になっている山がいい感じだなーとぼんやり見ていると、昨日、車で一緒になった老夫婦が、バイキング形式になっているパンやサラダを取りに行くのを見た。
立ち上がり、
「昨日はどうもありがとうございました。
ありがとうございました」
と頭を下げる。
和やかに少し話していると、
「貴女たち、なんだか初々しいけど、新婚さん?」
とおばあさまの方が言ってこられ、海里が勝手に、
「はい」
と答えていた。
「まあー、そうなの。
いいわねえ。
私たちもそんな頃があったわよねえ」
と夫に微笑みかけ、少し無愛想にも見えたご主人が無言で頷く。
ちょっと照れておられるようだった。
非常に穏やかな時間が過ぎた。
失礼します、と頭を下げたあとで、笑顔のまま海里を振り向き、
「……なに平然と嘘ついてんですか」
と言うと、海里は、
「嘘じゃない。
いずれそうなる。
それに此処の宿帳でも、お前の名前は、犬塚あまりになっている」
とふわふわのオムレツを食べながら言ってきた。
うっ。
意外に語呂がいい。
『犬塚あまり』
「フロントで、全然違和感を抱かれなかったぞ。
明らかに夫婦じゃないだろって奴らがそう書くこともあるだろうにな」
なんか夫婦っぽい雰囲気が漂ってたんじゃないか? と言われ、
「……そんなもの漂わせた覚えはありません」
と呟く。
卵料理やデザート、それとスープ系のものはバイキングではなかったのだが。
選べる卵料理の中から、海里はオムレツ。
あまりは、とろとろスクランブルエッグを選んでいた。
「……欲しいのか」
あまりの目線を追って、海里が言ってくる。
あまりの目は、がっちり海里のオムレツをとらえていた。
「いや、めちゃくちゃ迷ったんですよーっ。
ふわふわオムレツか、とろとろスクランブルエッグかっ。
いつもは、こういうとき、オムレツなので、今日こそはスクランブルと思ったんですけどっ」
そうあまりが熱く語ると、
「まあ、今までと変えてみるのはいいことだ。
ひとつ大人になったことだしな」
と言われる。
……えーと。
爽やかな朝食の場がフリーズするようなことを言わないでください、と思っていると、海里が上目遣いにこちらを見て言ってきた。
「お前、すべてをなかったことにしようとしてるだろ」
いけませんか?
人間は忘却する生き物です。
都合の悪いことは忘れるから、人は生きていけるのです。
「……犬に噛まれたと思って諦めます」
と言って、そういえば、犬塚だしな。
うまいこと言うな、私……。
はは、と乾いた笑いを浮かべていると、海里が、
「本人を前にして言うなよ。
っていうか、傷つくし」
とオムレツの方を見ながら言ってきた。
うっ、とあまりは、つまる。
そういえば、そうですね。
あまり全否定しても。
でも、夕べあったことを事実として認めてしまうと、恥ずかしくて顔も上げていられないのですが。
「……パンッ、取ってきますっ!」
とさも重大事のように言って、あまりは立ち上がった。
ちょうど、
「焼きたてですー」
と声がして、パンが追加されているのを見たからだ。
行きかけて振り返る。
「パン、いりますか?
どんなのがいいですか?」
「お前がいいと思うのでいい。
二、三個持ってきてくれ」
イエッサー! という勢いで言い、あまりは居なくなった。
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