あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ

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箱から出てこない箱入り娘

本日のまかない

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 結局、あまりの居る時間に海里は戻って来ず、あまりは落ち着かない気持ちのままカフェに戻った。

 仕事で帰ってこなかったんだと思うけど……。

 いや、大崎さんのところにずっと居たとか。

 いやいや、海里さんに限って、仕事中にそんなことあるはずないし。

 うーん、と思いながら、ロッカーに頭をぶつけていると、
「あまり」
とアコーディオンカーテンの向こう、スタッフルームから成田の声がした。

 もう着替えていたので、はい、と顔を出す。

「昼、食べたか?
 まかない残ってるぞ」
と言ってくる。

「わあ、ありがとうございます。
 一応食べたんですけど、ちょっと食欲なくて」

 時計で時間を確認しながら、
「少し食べても大丈夫ですかね?」
と訊くと、

「今、空いてるから大丈夫だろ」
と言ってくる。

「では、素早くいただきます」

 あまりが残っていたスープを温めに行こうとすると、成田が、

「いいから座ってろ。
 あっちとこっちで疲れてるだろ」
と自分が温めてくれようとする。

「え、ありがとうございます。
 でも、成田さんにそんなことしていただくなんて」

「別にいいよ。
 今、休憩中だしね」
と言って、窓際のローボードの上にある卓上IHのスイッチを入れていた。

 すぐにいい匂いがし始める。

 鶏と季節の野菜の豆乳スープのようだった。

 目を閉じ、あまりはその匂いを嗅いだ。

「あー、幸せです。
 こんなとき、本当に此処に勤めさせてもらってよかったなって思います」

 成田が笑う。

「客で来た方が、もっといろいろ食べられると思うけど」

「うーん。
 でも、なんていうか。

 この店の一員になってみたかったんです。
 皆様に、幸せな時間を提供する素敵な仕事だなと思って」
と目を閉じたまま、あまりは笑う。



 朝の妙な男はなんだったんだろうな。

 スタッフルームで休憩していた成田がそんなことを考えていたら、あまりが、
「お疲れさまですー」
と帰ってきた。

「お疲れ」
と読むでもなく広げていた雑誌から目を上げると、あまりは微笑み返し、奥のロッカールームに入っていく。

 アコーディオンカーテンを閉めて、着替え始めたようだ。

 ……音は丸聞こえだから、なんか照れるな、と思っていると、中から、ゴンッとすごい音が聞こえてきた。

 なんだ!? と振り返る。

 しかし、特にその後、なにも聞こえては来なかった。

 い、生きてるかっ、あまりっ? と思いながら、横目にまだ残っていた、まかないのスープを見、
「あまり」
と呼びかけてみる。

 はい、とあまりが顔を出した。

 どうやら、もう着替え終わっていたようだ。

 残念なような……

 いやいやいや、と思いながら、

「昼、食べたか?
 まかない残ってるぞ」
と訊くと、食べると言うので、温めてやった。

 あまりは目を閉じ、スープの匂いを堪能しているようだった。

「あー、幸せです。
 こんなとき、本当に此処に勤めさせてもらってよかったなって思います」

 目を閉じたまま、本当に幸せそうにあまりは笑う。

 その顔を見ていると、自分まで、穏やかな気持ちになる気がした。

 ……どうしよう。
 キスしたい。

 今日は、こんなとき、ひょっと邪魔しに現れる沙耶も休みだし。

 でも、いきなりそんなことしたら、嫌われるだろうな。

 そういえば、海里がめちゃくちゃ警戒されていたが、あいつ、あまりになにかしたに違いない、と忙しいのに、わざわざ早朝から訪ねてきた海里を思い出す。

 いいだろうか、軽くなら。

 あまりに言ったら、軽くも重くも違いませんっと言われるところだろうが。

 ちょっとだけ……

 ほんとにちょっとだけ、と思いながら腰を浮かせたとき、いきなり、ロッカーの方から、スマホの鳴る音が聞こえてきた。

「あれっ? 私のかな?」
 あまりが言い、目を開ける。

「あ、ああ、そうかもねっ」
と慌てて言い、IHを切りに立ち上がったフリをした。

「すみません。
 マナーモードにしてなかったです」
とあまりはロッカーに取って返す。

 ……ああ、危ないところだった、と思う。

 あんまり可愛かったから、理性が吹き飛びそうになった。

 なんだか、今日は特別可愛い気がするんだが。

 この間まで感じなかった色気のようなものをうっすら感じるし。

 まさか海里となにかあったんじゃないだろうな……。

 そんなことを考えていると、ロッカーの方から、微かに話し声が聞こえてきた。


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