あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ

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箱から覗いてみました……

誰にでも、すごくイケメンに見える瞬間ってあるじゃないですか

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 帰り際に、秋月に言われた回覧を回しに行こうと階段を下りていたあまりは、草野に出くわした。

「あら、あんた、まだ居たの」
と言ってくる。

 それは嫌味なんですか……?

 特に意味はないんですか……?

 おそらく深い意味はなく、この時間なのにまだ居たの、と言いたかったのだろうが、草野が言うと、あんた、この会社にまだ居たの、と聞こえてくる。

 ある意味、損な人だな、と思っていると、草野は唐突に、
「あんた見てて思ったんだけど。
 あんまり意識しないのがいいのかしらね。

 追えば追う程逃げてく気がするわ、イケメンって」
と言い出す。

「あんたの周り、自然とイケメンが集まってきてる気がするのよ」
と言われ、

 はあ。
 特に興味ないからじゃないですかね、と思った。

 イケメン様も向かい合っていて、緊張されると格好つけなきゃいけないと思って疲れるんじゃないでしょうか、と思う。

 草野も下のフロアに用があるようで、一緒に歩いて下りた。

「でもあのー、別にイケメン探さなくてもいいんじゃないですか?」
と言うと、は? という顔をする。

「なに言ってんのよ。
 結婚して一生顔眺めてるのなら、イケメンの方がイケメンじゃないよりいいじゃないのよ。

 結婚したら、腹立つことばっかりってお姉ちゃんは言うけど、目の覚めるようなイケメンなら、なにしても、ある程度は許せる気がするし」

 男が可愛い女なら、家事できなくてもワガママでも許せるって言うのと同じよ、と言い出す。

「いやあ、家事できなくても、ワガママでも許せるって言うのは、付き合う前の戯言ざれごとだと思いますよ」

「あんたも意外にクールね……」

 いや、恋にあまり憧れがなかった分、冷静に見られるというか。

 恋愛というのは、自分からは、遠い世界の出来事だと思っていた。

 草野のように、自ら引き寄せようというバイタリティもなく、海里のイケメン具合にドン引きすらしてしていた。

 目の前に降ってわいた王子様に、夢を見損ね、悪い妄想ばかり重ねてしまって。

「顔立ちはさておき、誰にでも、すごくイケメンに見える瞬間ってあるじゃないですか。

 自分だけに格好よく見えたり。

 私は、そういう人がいいかなあって思いますけど。

 自分だけが格好いいと思ってるのなら、誰も狙わないですしね」

「……意外にいいこと言うわね、あんた」

「ちなみに、経理の松田さん、草野さんがお昼買いに来てるとき、よく来てますよ。
 そして、よく草野さんを見てます」

 気のせいかもしれませんが、と言うと、
「その一言は余計よ」
と言ったあとで、

「松田さんねえ」
と呟く。

「地味でおとなしいし、普通の顔よね。
 身長は……まあ、私よりは高いか。

 争い事が嫌いで目立たない感じっていうか」
と言う草野に、

「人は正反対のものに憧れるって言いますしね」
と言って、

「……どういう意味?」
と言われてしまう。

 草野は溜息をつき、
「まあ、確かに。
 今、松田さんと付き合ってる自分とか想像してみたけど、思ったより悪くなかったわ。

 イケメンで出世頭とかもいいんだけど。
 その分、トラブルも多いし。

 結婚してからも、女が狙ってきたりするだろうから、気が抜けないわよね」
と草野は言い出す。

 確かにそうですっ、とあまりは見えない位置で拳を作る。

 海里に寄り添うように立つ女を妄想してしまう。

 兄の話とごっちゃになっているのか。

 自分から海里を略奪した女は、海里とともに、豪華客船でハネムーンに出ようとしていた。

 甲板で海里にしなだれかかり、ほほほほほ、とこちらに向かって笑っている女は、何故か大崎だった。

 妄想に向かい、……大崎さん、すみません、と思ったとき、草野が言った。

「ありがとう。
 まあ、ちょっと考えてみるわ。

 いろいろ言ってるけど、究極、どんな人でもいいのよ。
 私ひとりを大切に想ってくれる人に会いたいだけ」

「草野さん、乙女ですね」
と言って、

「いや、あんたね……」
と言われたが。

「でも、私もそう思っているのかもしれません。
 だから嫌だったのかも」

 あんなに格好よかったら、私ひとりを見ていてはくれない気がするから――。

『愛してる、あまり。
 永遠にお前だけが好きだ』

 今はそう囁いてくれるけど、人の気持ちが永遠に変わらないなんてこと、きっとないから。

「……私も頑張りますっ!」

 あまりが拳を作ると、

「あら、あんたも好きな男なんて居たの」
と言ってくる。

 好きな……

 好き、

 好きなのでしょうかね、とあまりは赤くなる。

「ま、ちょっと心入れ替えて、周りを見てみるわ。
 その方が進展あるかもしれないし。

 自分だけに格好よく見える人を私も探してみるわ」

「そうですよ。
 頑張りましょうねっ。

 私も頑張りますっ」
と思わず草野の手を握ったとき、目の前を海里と寺坂が通った。

 海里と目が合う。

 つい、赤くなって俯くと、草野が手を握ったまま、片手で海里を指差し、
「ちょっと、あんたっ。
 あれは最初からイケメンよっ」

 言ってることと、やってることが違うじゃないのっ、と文句を言ってくる。

 いきなり草野に指さされた海里が、なんだ? という顔で、こちらを見ていた。


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