21 / 44
蝋人形と暮らしています
実はあのとき行正は……
しおりを挟むお飾りの妻より関係性が深くなるだろう使用人たちをまず選定しなければ、と思っていた行正だったが。
咲子と会ってからは、
……使用人も屋敷で一緒に暮らすのか、とちょっと憂鬱になっていた。
新婚なのに、二人きりではないのか。
いらないくないか? 使用人。
使用人を雇いたくないという話を咲子のばあやにすると、ばあやは笑い出した。
「あらあら、まあ、そうですね。
三条様がご用意してくださったほどのお屋敷。
若い人たちだけの住まいと言っても、住み込みの使用人は必要ですよ」
咲子とふたりきりで暮らしたい自分の心を読まれている気がして、ちょっと恥ずかしかったが。
あたたかみのある感じのいいばあやだった。
さすが我が妻を育てたばあや、と行正は、ばあやを密かに尊敬していた。
結局、使用人たちは基本、通いだけとし。
年配のやり手の女中だけを住まわせることにした。
夜はふたりきりで過ごしたかったからだ。
そうでないと、こいつ、俺を無視して、仲のいい女中とばかり話しそうだからな、と行正は思っていた。
そういえば、初めてこの屋敷を咲子に見せたとき、少ししか見せまいと思っていたのに、咲子は奥の方まで見学したいと言ってきた。
「……奥の方も見たいか」
そう言いながら、行正は思っていた。
見るのか。
まだ、結婚後のお楽しみにとっておきたいんだが。
寝室とか可愛いぞ。
……それにしても、今日は人気のないこの屋敷に二人きり。
だが、まだ手を出さないようにしなければな。
結婚前に、おかしなことをして逃げられたら困る。
「あの、私、お気に入りのピアノがあるのですけれど。
こちらに運んでもよろしいですか?」
日当たりの良いサンルームで、自分を振り向き、満面の笑顔で咲子が言う。
――なんと可愛らしいのだっ。
ほんとうにお前を俺の妻にしてもいいのかっ?
「あ、藤棚枯れちゃってますね。
植え直してもらってもいいですか?」
――そんなところまで気が回るとはっ。
なんと気の利く妻だっ。
ほんとうにお前を俺の妻にしてもいいのかっ?
そう思いながら、行正は無表情に頷く。
無愛想な自分に咲子はちょっと怯えているようだったが。
出会ってまだ数日しか経っていないのに、咲子を溺愛していることを知られる方が恥ずかしい。
お前に俺のこの心の声が聞こえていなくてよかった――。
心の底から行正はそう思っていた。
今、見送りに出てきてくれている咲子を見ながら行正は思う。
俺の妻となってから、咲子はさらに輝くばかりに美しい。
清六以上の色男を側に置くとかとんでもない。
咲子を見れば、男はみんな咲子を好きになってしまうだろうから。
そんな、美世子や文子や弥生子や美佳子に、いやいやいや、と手を振られそうなことを行正は真剣に考えていた。
「行ってらっしゃいませ」
振り返った自分に咲子が言う。
口を開けば、らしくもなく愛をささやいてしまいそうになるので、行正は無表情に、こくりと頷いた。
14
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる
gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く
☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。
そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。
心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。
峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。
仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。
後宮一の美姫と呼ばれても、わたくしの想い人は皇帝陛下じゃない
ちゃっぷ
キャラ文芸
とある役人の娘は、大変見目麗しかった。
けれど美しい娘は自分の見た目が嫌で、見た目を褒めそやす人たちは嫌いだった。
そんな彼女が好きになったのは、彼女の容姿について何も言わない人。
密かに想いを寄せ続けていたけれど、想い人に好きと伝えることができず、その内にその人は宦官となって後宮に行ってしまった。
想いを告げられなかった美しい娘は、せめてその人のそばにいたいと、皇帝の妃となって後宮に入ることを決意する。
「そなたは後宮一の美姫だな」
後宮に入ると、皇帝にそう言われた。
皇帝という人物も、結局は見た目か……どんなに見た目を褒められようとも、わたくしの想い人は皇帝陛下じゃない。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる