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あなたのことだけわかりません
三条家殺人事件(?)
しおりを挟むその日、俺以外の男を愛するなら殺す、と思っている男と、
雑誌で見たみたいに、邪魔なお飾り妻は殺される!
と思い込んでいる妻が玄関で対峙した。
「お帰りなさいませ」
と女中たちと頭を下げる咲子に、うむ、と頷きながら、行正は思っていた。
今日も俺の妻は可愛い。
……やはり、誰でもこいつを好きになるだろう。
ならないとかない。
そんな奴がいたら、殺す!
と本末転倒なことを思いながら、昼に上官から贈られた抹茶を握り締める。
「奥様と召し上がれ」
と上官夫人が託けてくれたものらしい。
だが、そのとき咲子は、
――なんでしょうあの抹茶。
行正さんが急にそんなもの持って帰るなんて怪しい……、
と行正の手にある小さな木箱を見つめていた。
上官夫人からいただいた抹茶だ、と行正は説明してくれたが。
まだ咲子は警戒していた。
「食事のあと、俺が点ててやろう」
ひっ。
何故ですかっ?
今まで行正さんがお抹茶点ててくれたことなんてないんですけどっ。
そこは愛だったのだが、咲子には、まったく伝わっていなかった。
緊迫した食事のあと、
「では、茶室に行こうか」
と行正が立ち上がる。
わざわざ茶室にっ?
ここで点ててもいいのではっ?
さらに動揺しながらも、咲子は行正について、庭の数寄屋に移動する。
二人きりの密室!
いや、何処も密室ではないのだが。
母家から離れた空間なので、なんとなく……。
そのとき、茶釜の側に腰を下ろした行正が木の箱を手に持ち、ふと気づいたように言った。
「……入りの抹茶か」
――なに入りのっ!?
実は行正は、
『金粉入りの抹茶か』
と言ったのだが。
いろいろ考えすぎて、声まで沈んでいた行正の言葉は低すぎてよく聞きとれず、咲子の中では、
『毒入りの抹茶か』
になっていた。
よく考えたら、自分で毒を用意したのなら、毒入りの抹茶か、はおかしいのだが。
――私のようなものが、こんな素敵な行正さんの妻だとかっ。
行正さんにとっては、私は最初から邪魔者でしかなかったのではっ?
と思う咲子の中では、もう夫による毒殺決定だった。
顔を上げてこちらを見た行正の心の声が流れ込んでくる。
『……正式な茶事でもあるまいに、こいつ、なにを緊張してるんだ?』
いやいやいやっ。
おばさまがたに囲まれた茶事の方がマシですよっ。
茶事で毒を盛られることは、あまりありませんからねっ、と咲子は膝の上で両の拳を握り締める。
咲子の頭の中では、夫に毒殺された自分の話が婦人雑誌に載っていた。
『哀れ! 嫁いですぐに、夫に毒殺された新妻!』
という見出しのそれを美世子と文子が、
「まあ、怖いわねえ」
と眺めている――。
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