OL 万千湖さんのささやかなる野望

菱沼あゆ

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ささやかなるお見合い

白雪万千湖にフラれたい

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 駿佑が、よし、終わった、戻るか、と書類をそろえ、パソコンを閉じて立ち上がろうとしたとき、コンコン、と誰かが小会議室のドアを叩いた。

 はい、と言うと、同期の綿貫わたぬきが顔を出した。

 万千湖と同じ、総務の男だ。

「手伝おうか、課長」
と笑って言う。

 手伝おうか、課長、という言い方もおかしいが。

 部署も違うし、同期なので、綿貫は普段は自分を駿佑と呼ぶ。

 ちょっとふざけて課長と呼んでみただけなのだろう。

「いや、いい。
 っていうか、お前、部署違うだろうが。

 なにか用なのか?」

 そう訊いてみると、綿貫は案の定、いやちょっと訊きたいことがあって、と言う。

「お前、昨日、白雪さんと駅で食事してなかった?」

 食事してたってか、呑んでたな、と思いながら、
「ああ」
と認める。

『部長に紹介してもらった白雪万千湖にフラれる』

 そういうシナリオに向かって進んでいるだけの関係だ。
 隠すことなどなにもないからだ。

「白雪さんと付き合ってるの?」

 そう問われ、駿佑は少し考え、
「……いや」
と言った。

 どう答えるべきか迷ったからだ。

 見合いして食事に行くのは、付き合っている範疇に入るのか。

 バナナはおやつに入るんですか、くらい悩んでいると、綿貫は周囲を見回し、訊いてきた。

「さっき、ここから、白雪さんの声も聞こえた気がしたんだけど」

 白雪の声、というか。

 歌声が響き渡っていた気がするんだが……。

「白雪がいるわけないだろ。
 あいつ、総務なのに」

「そうだよね」
と言ったあとで、いやあ、と綿貫は頭をかく。

「実はちょっと気になってるんだよね。
 白雪さんのこと」

 同期だが知らなかったな。
 こいつ、女の趣味、変わってたんだな、と思ったが、綿貫は、

「だって、なんか可憐で可愛いじゃん、白雪さんって」
と照れる。

 ……女の趣味が変わってるんじゃなくて、見る目がなかったのか、と駿佑は気がついた。

 可愛い、は合ってるかもしれないが、あの女は可憐ではない。

 カフェオレとコーヒー牛乳の違いは、腰に手をやって飲むかどうか、とか言うような女は、あまり可憐ではないような……。

「僕、前の彼女がさー。
 全然そんな風に見えなかったのに、男性遍歴がすごくてさ。

 まあ、それは過去のことだからいいんだけど。
 いちいち、前の彼氏とか、前の前の彼氏とかと比べてくるんだよね。

 もうそういう女はこりごりでさ。
 その点、白雪さんなら、そういうのもなさそうだし」

 確かに男性遍歴なんてものはなさそうだ。

 だが、

「菊水、久保田、上善、何処かの酒屋が勧めてくれた謎の酒、獺祭、長陽福娘ちょうようふくむすめの純米吟醸の方……」

「なにそれ?」

「昨日、聞かされた、あいつの酒遍歴の一部だ」

 ぷっ、と綿貫は笑う。

「やっぱり面白い人だね、白雪さん。
 まあ、女に興味のない駿佑が興味を持つくらいだもんね。

 でも、白雪さん、いい子だし。
 結構狙ってる奴、いると思うよ」

 いないと思うが、と思っているうちに、じゃあ、お互い頑張ろう、と爽やかに言って、綿貫は行ってしまった。


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