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ささやかなる弁当
モデルハウスのアンケート
しおりを挟む駿佑に遅れて給湯室から出ると、いつもご機嫌な万千湖がやってきた。
「あっ、お疲れ様です~っ」
と挨拶してくる。
「お疲れ様。
大金の置き場所は決まった?」
と言うと、
「あっ、小鳥遊課長か、増本さんか、福田さんか、綿貫さんか、部長に聞きましたねっ?」
と万千湖は言う。
大金隠したいんじゃないの? しゃべりすぎでは……、と思い、笑った。
「白雪さんの冷凍食品、おいしかったから、買いに行っちゃったよ」
うは……と万千湖は一瞬、苦笑いしたが。
「でもあれ、どれもおいしいですよね。
私が厳選した冷凍食品なんで」
と胸を張る。
「そこ、威張るとこ?」
と言いながら瑠美が横を通った。
「お疲れ様で~すっ」
とこちらに向かい、愛想良く挨拶してくる。
万千湖と瑠美は並んで歩きながら、ふたりで仲良さげに揉めている。
「付き合いなさいよ、第一日曜日~っ」
「いや、用事が入るかもしれないんでっ。
用事が入るかもしれないんでっ」
となんの話だか騒いでいた。
日曜用事って、駿佑とのデートかな。
デートが入るかもしれないと思って、日曜は空けてるのかな?
ふーん。
見合いでもラブラブになったりするんだ。
まあ、社内恋愛と変わらないもんね、と思いながら、雁夜は笑っている万千湖の白い小さな顔を見る。
「意外となんの思い入れもない奴がさらってったりするもんだよね~。
僕、昔、ちょっと好きだったんだけどな」
と小さく呟いた。
駿佑の夢の中。
万千湖が雁夜にクマの腹巻を編んでいた。
お腹が弱い雁夜を心配してのことだろう。
別にうらやましくなんてない。
そんなことを思いながら、日曜の朝早く、駿佑は万千湖を迎えに行った。
万千湖はマンションの前に出て待っていてくれたが。
こちらに気づいた万千湖は笑顔で手を上げかけたが、そのままフリーズする。
なんだ、その半端な仏像みたいなポーズは、と思った駿佑は乗ってきた万千湖にそのままのセリフを言った。
「なんだ、その半端な仏像みたいなポーズは」
いや~、と苦笑いし、万千湖は言う。
「あれ、たぶん課長の車だな~と思ったんですが。
ちょっと自信がなくて。
違ったらどうしよう、と思って、上げかけたまま手を止めてしまったんです」
「じゃあ、ついでに下ろせ」
「はいっ、次回から気をつけますっ」
次回も俺かどうかわからずに、途中で止まる気か、と思う駿佑の横で、
「いや~、楽しみですね~」
と言いながら、万千湖はガサガサあの住宅展示場のチラシを出していた。
「あのあと、いろんな住宅展示場のイベント、ネットで見てみたんですが。
最近のは、何処もすごいみたいですね。
ヒーローショーとかだけじゃなくて。
動物園や水族館みたいになってたり。
楽しみですね」
「そうだな。
お前んちの実家を建て替えるんだったか?」
「そうなんですよ~。
私の部屋も作って欲しいんですが。
もう無理でしょうね」
と万千湖は笑う。
「実家に戻る予定があるのか?」
「いや、ないんですけど。
まあ、今、一人暮らし満喫してるし。
もしかしたら、いつか結婚するかもしれませんしね」
そう笑って万千湖は言った。
こいつは俺と見合いしたことをすっかり忘れているようだ、と思うと同時に、頭に昨日の夢が浮かんだ。
万千湖が雁夜にクマの腹巻を編んでやっている夢だ。
なんで今、あの夢が気にかかるんだろうな、と思いながら、駿佑は万千湖に訊いてみた。
「そういえば、この間古書店でなに買ってたんだ?
古い本みたいだったが」
「あ、ハーブの本です。
古い本の方がありがたい感じがして、いいなあと思って。
中世の魔女とかが使ってそうな感じがするじゃないですか」
「外国の本なのか?」
あんな分厚い異国の本が読めるのかとちょっと感心して訊いたが。
「いえ、日本語で書かれた日本の本なんですけどね」
まあ、雰囲気ですよ、と万千湖は言う。
「いろんなハーブの効能について書いてあって。
ハーブで安眠する方法とかいうの見てたんですけど。
字が小さすぎて、数行読んだだけで寝ちゃいました」
「……効果抜群じゃないか」
と言ってやったが、万千湖は、ははは、と笑っていた。
「実は今のマンションに持ってきてるんですよね、昔の教科書とか。
眠れない日に読むと一発ですからね」
「お前でも眠れないこととかあるのか」
「いやー、それが新しい職場なので慣れないことばかりで。
毎日、ぐったりなので、ベッドに入って灯りを消したら、すぐ意識ないんですけどね」
じゃあ、いらないじゃないか、教科書も安眠のハーブも……と思ったとき、万千湖が言った。
「そういえば、夫婦仲がよくなるハーブとかあったんですよ。
仲直りできるハーブティーとか」
でも、と万千湖は眉をひそめる。
「将来、役に立ちそうだなって思ったんですけど。
今、まさに夫に殴り殺されそうなときに、ちょっと待ってってハーブティー淹れられますかね?」
……それ以前に、お前は、夫に殴り殺されるような、なにをするつもりなんだ、と思いながら聞いていた。
「昨日、家の中になにかが!
と思ったら、まつぼっくりだったんですよ~」
という不思議な話を聞いているうちに、意外と近かった展示場に着いていた。
すでに駐車場はいっぱいだ。
先着何名様にプレゼント、とか書いてあったから、それでだろう。
「ありがとうございました」
礼を言いながら降りようとした万千湖だったが、
「はっ、シラユキッ」
と後部座席を見て驚く。
助手席の真後ろに、ちょこんとシラユキが座っているのに気づいたようだ。
「車に乗せてくださってるんですね」
ありがとうございます、と礼を言われた。
「うちのカチョウは今、おうちで留守番してますよ。
お日様に当てるとふかふかして、いい匂いなんで、たまに窓辺に立たせてるんですけど。
この間、うっかりそのまま窓辺に立たせてて。
戸締りするとき、スマホ見ながら、カーテンの開け閉めしてたら、カチョウの頭にカーテンがひっかかって、ちゃんと閉まってなかったみたいなんですよね。
近所の人が深夜のランニング中に、ふっと顔上げたら。
窓際に置いているモザイクガラスのソーラーライトの灯りに、カーテンの隙間から覗くペンギンが照らし出されてて、すごく怖かったそうです」
「……泥棒もそんな部屋入らないだろうから、防犯に役立ってそうでなによりだ」
そう言いながら、ふたりでイベントに行き、モデルハウスのアンケートにお答えした。
どうせ当たらないだろうし、と思いながら、なんとなく『モデルハウス一棟丸ごとお譲りいたします』のところの『希望します』に丸をする。
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