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ささやかなる弁当
指が震える……
しおりを挟む沈黙は、ふとしたときにやってくるものだ。
万千湖が、
「この間、テレビで、iPhoneで念写する方法ってやってて、ビックリしたんですよ~」
と言い、駿佑が、
「連写の間違いだったんだろ」
とオチを先に言ったところで沈黙が訪れた。
あまりにくだらない話だったからかもしれない。
ちょっと気まずいな……と思いながら、万千湖は見慣れたおのれの部屋の中を見回してみた。
「えーと……」
と特になんの話をするというビジョンもなく、適当に言ったとき、窓近くのデスクの上に置いていた日記が目についた。
「に、日記読みますか?」
「なんだって?」
雑誌でも読みます? というように、日記を読むかという万千湖に駿佑が問い返してくる。
「あ、すみません。
興味ないですよね、私の日記なんて」
「いや……あるとかないとか以前に、日記って、家を訪ねた客に、ちょっと読みますか? とかいうようなものだったか?」
「あー、でも、私の日記って。
なんかすごいことが書いてある秘密の日記とかではなくて。
メモ帳代わりというか。
日々あったことを書いているだけっていうか。
でも、毎日書きたいことがたくさんあるのに、一日一ページしかないんで。
取捨選択して、印象に残ったことだけを書くようにしてるんですけどね」
万千湖はそう言いながら、もう日記帳をとって来ていた。
「あとで読み返しても楽しいように、いろいろ工夫もしてるんですよ。
写真貼ったり、マスキングテープで飾ったり、イラスト描いたり」
「……見せたいんだな、要するに」
と言われ、万千湖は笑う。
渾身の日記。
人にとっては興味のないものかもしれないが、ちょっと見て欲しい、と思っていた。
日記見ますかってどういうことだ……。
この世に鍵付きの日記とかあるの、こいつは知っているのだろうか。
普通は見せたくないものだぞ、と駿佑は思っていたが、万千湖は堂々と見せてくる。
「じゃ、じゃあ、見せたいページをお前が見せろ」
遠慮してそう言ってみた。
たぶん、頑張って描いたイラストとか、いい感じに撮れた写真だけを見せたいんだろうなと思ったからだ。
「そうですか?
じゃあ」
と言いながら、見せるも見せないもない、万千湖は目の前でバサバサとページをめくりはじめる。
丸見えだ……。
「これっ、これなんて頑張ったんですよ~っ」
みんなでランチに行ったときに見た素敵な並木路が色鉛筆で描かれていた。
「ほう。
よく描けてるじゃないか」
小学生を褒めるような感じで褒めてしまったが、万千湖は嬉しそうだった。
そのあともいくつか万千湖が思う力作ページを見せられる。
ふーん、なかなか頑張ってるじゃないか。
っていうか、こいつ、丸文字だな。
アイドルだからか?
とそんな莫迦な、というようなことを考えながら、眺めていると、
「あ、なんだか喉乾きましたね。
珈琲でも淹れてきます」
どうぞご自由にご覧になっててください、と言って万千湖はお湯を沸かしに行ってしまった。
いや、ご自由にって、と思いながら、駿佑はマスキングテープで飾られたページが開かれているのを眺めていたが。
待てよ、と気がついた。
……これ、俺と見合いした日のことも書いてるんだよな。
万千湖は鼻歌を歌いながら、ポットに水を入れている。
駿佑はページをめくってみた。
気のない素振りで、ゆっくりと。
だが、万千湖が今にも、
「見ていただいてありがとうございます~」
とか言って、ひょいと持って行ってしまいそうなので内心焦っていた。
「課長~」
間の抜けた万千湖の声が、リビングと続きになっているキッチンから聞こえてきた。
駿佑は慌てて適当に眺めているフリをする。
だが、万千湖は顔を上げて、こちらを見ることもなく。
珈琲が入っているらしき缶を開けながら、訊いてくる。
「珈琲、濃い方がいいですか?」
「い、いや、特に……」
そうですか~という万千湖の声を聞きながら、駿佑は急ぎページをめくってみた。
「あ」
ひっ。
万千湖は自由に見ろと言っているのだから、別に何処を見ていても咎められることもないのだが。
自分があの見合いの日のことを気にして探そうとしていると万千湖に知られるのが嫌だった。
「そうそう。
新しいいい珈琲もらったんでした~」
万千湖は今の缶を戻すと、こちらに背を向け、ゴソゴソ棚を探しはじめる。
いい珈琲って、なんだっ。
悪い珈琲って、どんなんだっ。
っていうか、お前、あ、とか、ほ、とか、いろいろ声を上げるなっ、と、
「いや、『ほ』は言ってないです」
と万千湖に言われそうなことを思いながら、ページをめくる。
ついに見合い翌日の日付を見つけた。
日記は見合いの日のちょっと前くらいからつけ始めたんだったらしく、かなり前のページだった。
表側から見ればよかった……。
駿佑は、はやる心を抑え、震える指先でページをめくってみた。
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