64 / 125
ささやかなる弁当
なんてことを……っ!
しおりを挟む「まあ、しっかりやれよ、万千湖」
あまり邪魔しても、と思い、黒岩はその場を去ることにした。
駿佑に向き直り、
「万千湖をよろしくお願いします」
とCDの宣伝するときと同じ感じに言って、その場をあとにする。
しばらく行って振り返ったが、あの二人はまだ寒い中、ベンチに座り、揉めながらも楽しそうにお弁当を食べていた。
今日はかなり寒いんだが。
でも、こいつら寒さが気にならないんだろうな。
マチカは寒がりだが、あの男と二人でいたら、寒くないようだ。
幸せにな、マチカ。
まだ駿佑がもらってくれるとも限らないのに、もう妹か娘を嫁に出すような気持ちで、しんみりしながら、黒岩はその場を立ち去った。
「あ~、こうして中に入ると、外って寒かったんですね~っ」
会社のロビーに入った万千湖はハエのように手をこすり合わせる。
急に身体が温まり、指先にビリビリと血が流れるのを感じて初めて、外がビックリするくらい寒かったことに気がついた。
いや、寒いなと思ってはいたのだが、何故かそれほど気にならなかったのだ。
「あ、おかえりー。
何処行ってたの?」
ロビーの自動販売機の前にいた雁夜が二人に気づいて手を振ってくる。
瑠美も側にいた。
外で弁当を食べていたと万千湖が言うと、瑠美が驚く。
「ええっ? この寒いのにっ?
物好きねえ」
黒岩と出会った話もすると、雁夜が、
「ああ、プロデューサーの黒岩さん」
と笑い、駿佑が、
「……お前、詳しいな」
と呟いていた。
「黒岩さんが来てたんだ~」
そう言う瑠美の目には、お会いしたかったっ、と書かれていたが。
横に雁夜がいるせいか、口に出して言うことはなかった。
「そう。
黒岩さんにもお弁当ちょっと食べてもらって……」
と言いかけると、瑠美が、
「えっ?
あんた、黒岩さんにも冷凍食品弁当食べさせたの?
一体、何人に食べさせるつもりっ?」
と非難してくる。
食べさせてはいけないのですか……。
まるで弁当食べさせたらゾンビにでもなってしまうかのような感じだ。
部分的に手作りもありますよ?
と思う万千湖の横で、駿佑と雁夜が黒岩について話していた。
「黒岩さんってすごい人なんだよ~。
太陽と海のメンバーは可愛い子や歌が上手い子ばっかりだったけど。
やっぱり、あの人の戦略あってこその全国展開だったと思うね」
「可愛い子に歌が上手い子ね」
チラ、と駿佑は万千湖を見て、
「でも、こいつもいたんだろ?」
と言う。
「可愛いじゃない、マチカちゃん」
照れもせず雁夜は言うが、それはたぶん、ただ単に太陽と海のメンバーとしてのマチカを褒めているだけで。
今、同じ職場にいる白雪万千湖を褒めているわけではないからだろう。
「……歌は?」
と駿佑が訊く。
「太陽と海のメンバーはみんな歌上手いよ。
ユカちゃんとか、今、ネットで歌っててすごいし。
マチカちゃんもそこそこ上手いよ!」
そこそこ上手い、とファンゆえの厳しさか、笑顔で雁夜が断定する。
そこそこ……と万千湖が苦笑いしたとき、
「そうだ、みんなでカラオケ行きませんか?」
と瑠美が言い出した。
「万千湖の歌聴いてみたいし」
「ええっ?」
反対してくれると思った駿佑まで、興味があるのか、ほう、という顔をする。
いや、あなた聴いたことありますよ、私の歌……。
ラジオから流れてきたではないですか。
いや、駿佑はスマホで鼻歌も聴いていたのだが、そのことは万千湖は知らなかった。
「あっ、カラオケ行くの?
いいなあ」
と近くを歩いていた綿貫が話に混ざってくる。
「綿貫さんもどうですか」
と瑠美が誘う。
いいね、いいねー、と二人はすぐに話がまとまったようだった。
「大丈夫なのか?」
綿貫が去ったあと、駿佑が不安そうに訊いてきた。
「一緒にカラオケ行って歌ったりして、白雪がアイドルだとバレないか?」
だが、雁夜は笑顔で言ってくる。
「大丈夫だよ。
きっと歌ってもバレないよ!」
「雁夜さん……」
「お前、ほんとうに白雪のファンなのか……?」
万千湖と駿佑は不安げにそう呟いた。
19
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
こじらせ女子の恋愛事情
あさの紅茶
恋愛
過去の恋愛の失敗を未だに引きずるこじらせアラサー女子の私、仁科真知(26)
そんな私のことをずっと好きだったと言う同期の宗田優くん(26)
いやいや、宗田くんには私なんかより、若くて可愛い可憐ちゃん(女子力高め)の方がお似合いだよ。
なんて自らまたこじらせる残念な私。
「俺はずっと好きだけど?」
「仁科の返事を待ってるんだよね」
宗田くんのまっすぐな瞳に耐えきれなくて逃げ出してしまった。
これ以上こじらせたくないから、神様どうか私に勇気をください。
*******************
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
【純愛百合】檸檬色に染まる泉【純愛GL】
里見 亮和
キャラ文芸
”世界で一番美しいと思ってしまった憧れの女性”
女子高生の私が、生まれてはじめて我を忘れて好きになったひと。
雑誌で見つけたたった一枚の写真しか手掛かりがないその女性が……
手なんか届かくはずがなかった憧れの女性が……
いま……私の目の前ににいる。
奇跡的な出会いを果たしてしまった私の人生は、大きく動き出す……
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
昨日、あなたに恋をした
菱沼あゆ
恋愛
高すぎる周囲の評価に頑張って合わせようとしているが、仕事以外のことはポンコツなOL、楓日子(かえで にちこ)。
久しぶりに、憂さ晴らしにみんなで呑みに行くが、目を覚ましてみると、付けっぱなしのゲーム画面に見知らぬ男の名前が……。
私、今日も明日も、あさっても、
きっとお仕事がんばります~っ。
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる