OL 万千湖さんのささやかなる野望

菱沼あゆ

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ささやかなる弁当

……ツッコミどころがない

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 万千湖が歌い終わると、拍手が起こった。

「94.541点か」
と駿佑が呟き、

「なにそのツッコミどころのない点数。
 もっと上か下にしなさいよ」
と瑠美が無茶を言い、綿貫が、

「本人が歌っても、100点じゃないんだ?」
と驚いていた。

「えーと。
 みんなで歌ってる歌だし、私の歌わないそれぞれのソロパートもありますしね」
と万千湖は一応、弁解してみる。

 そこで、そういえば、マラカスも振らずに真剣に聞いていた駿佑が、

「さっきの歌詞だが。
 失恋して泣いてるの、ショコラティエの方じゃないよな。

 ショコラティエに失恋した女の子が泣いてる歌だろ、これ。
 『涙のショコラティエ』だと、ショコラティエの方が泣いてることにならないか?」
といや、そこ、ツッコミますか? というところにツッコんできた。

「……『涙の、ショコラティエに失恋した女の子』だと長すぎるからじゃないんですか?」

 そう万千湖が答えたとき、ねえ、と雁夜がスマホを手に呼びかけてきた。

「本人の前で歌うの恥ずかしいんだけど、『マイスター』歌っていい?」

「ど、どうぞどうぞ」

 ……と言うのではなかったと後から、万千湖は思ってしまった。

 雁夜が98.945という高得点を出してしまったからだ。

「あ、僕、いつも歌ってるから」

 私もいつも歌ってましたけどね……。

「万千湖っ、リベンジよっ。
 100点出しなさいっ。

 プロでしょっ」

「無理です~っ」
と揉めている間、綿貫がネットで流行っている歌を歌い、駿佑が無表情のまま、抜群のリズム感でタンバリンを振っていた。



「駿佑、意外に器用だね」

 ノリノリにアイドルの曲を歌っている瑠美の歌に合わせて、なにも楽しくなさそうにリズムを刻む駿佑を見て、綿貫は言う。

「集中してるんだ、黙れ」
と言う駿佑は、曲を聴いて楽しむ、というより、リズムゲームのようにテンポをはずさずにタンバリンを振ることに熱中しているようだった。

 いや、それで楽しいのなら別にいいんですが……と万千湖は苦笑いしながら見守る。

「いろいろ与えてみようか」
と芸をする動物かなにかのように綿貫は言い、駿佑に、マラカスを与え、民族楽器のような小さな太鼓を与えてみていた。

 が、駿佑は、なんでもこなす。

 膝に抱えた民族楽器的太鼓を小器用に叩く姿を見て、おお、とみんながどよめいた。

「くそっ。
 次々、芸を披露しやがってっ。

 しかも、得意げでないところがなんかムカつく……っ。

 仕事や勉強ならともかく、レジャー系は苦手かと思っていたのにっ」

 そう言いながら、綿貫は太鼓を取り上げ、タンバリンと取り替えていた。

 だが、駿佑は画面を見つめたまま、正確にリズムを刻んでいく。

「ちっとは動揺しろよっ」

「じゃあ、はい」
と悔しがる綿貫の横で雁夜がスマホから曲を割り込ませる。

 本人出演の「太陽と海」の曲が流れた。

 『商店街サバイバル』だ。

 ……この頃の歌、まだウケ狙いだな。

 っていうか、映像もウケ狙いだな。

 法被はっぴを着てくじ引きの補助をしたり。

 祭りを手伝う姿と、商店街の特設ステージで歌っている映像が交互に流れる。

 ときに舞台裏まで映っていて。

 なにが楽しいのか、みんなでお弁当を食べながら爆笑しているシーンもあった。

 昔を思い出し、ちょっと泣けてしまう。

 ……いろいろあったけど、こうして振り返ったら、みんないい思い出だ。

 気がつけば、タンバリンの音も太鼓の音もしていなかった。

 誰も歌わず、みんな映像を見ていたせいかもしれないが。

 駿佑は打楽器を操るのをやめ、真剣に画面を見つめていた。

 ちょうど去り際、舞台上で手を振っている万千湖が大写しになる。

 ……いや、恥ずかしいので見ないでください、と思ったとき、駿佑が言った。

「お前のフリはいつもちょっとみんなとズレてるな。
 あと、この歌詞はどうかと思う。

 それと、くじ引きを手伝っているときのツインテールのリボンが左右で大きさが違っ……」

「マ、マジマジ見ないでくださいっ」
と万千湖が立ち上がり、みんなはどっと笑った。

 課長じゃなくて、私が動揺してしまったではないですか……。


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