OL 万千湖さんのささやかなる野望

菱沼あゆ

文字の大きさ
70 / 125
ささやかなる弁当

どんな人なの? 騙されてない?

しおりを挟む
 
 そうか。
 白雪は来てくれるのか。

 駿佑は、ちょっとホッとしていた。

 実は、昨日、実家に寄ったので。
 万千湖と家を買う話をしたのだ。

「なにそれ、あんた、結婚すんのっ?」
と夕食後、かなり前のめりな母に言われた。

「見合い勧めても断るだろうなと思って、今まで全部断ってきたのに、自分からするなんてっ」

 いや、単に部長に、わけもわからず引っ張っていかれただけなんだが……、
と顔は自分とよく似ているが、なんにでもガンガン前へ出ていくタイプの母親に言われ、引き気味になる。

 リビングの大きなテレビでゲームをやっていた弟のほまれがこちらに背を向けたまま言ってくる。

「それ、どんな人なの? 騙されてない?」

 なんでいきなり、騙されてない? だ。

 お前は黒岩さんか。

 そして、どんなって言われても……。

 なんだか説明のしようもない奴だからな、と思ったあとで、駿佑は訊いてみた。

「お前、『太陽と海』って聞いたことあるか?」

 誉は高校生だが。
 普段、万千湖とは関係ない地域に生息してるし。

 しゃべるなと言ったら、しゃべらない奴だから、まあいいかと思い、そう訊いてみたのだ。

「……太陽と海」
と口の中で呟いていた誉だったが、ああ、と言い、ゲームを一旦終えると、テレビ台の下をゴソゴソしはじめた。

 一枚のDVDを出してくる。

雄也ゆうやがアイドルオタクでさ」

 ご当地アイドルの特集を録画したのを焼いてくれたらしい。

 誉が早送りする画面を見ていた駿佑は、
「そこだっ」
と止めさせた。

「この黒髪ロングヘアでメガネの……」

「へえー、可愛いじゃん。

 なるほど。
 これが『太陽と海』だったか。

 いや、名前は聞くんだけど、俺、あんまりアイドル興味ねえから。

 兄貴、こういう人が好みなの?
 その見合い相手がこういう顔なの?」

「……いや、本人なんだが」

 ええっ? と誉と、ダイニングに座っていた母が叫び、まったく気のない素振りで新聞を読んでいたソファの父も顔を上げた。

「あんた、騙されてるよっ」
と叫ぶ母の声に被せるように、

「兄貴っ、ミズキ紹介してもらってっ」
と誉も叫ぶ。

「誰だ、ミズキって……」

「900万円、詐欺だよっ」

 黒岩さん化した母がまた叫ぶ。

「ミズキ知らねえのっ?
 超人気アーティストじゃんっ」

「そういう人たちとは関わり合いなさそうだが……」

「一応、全国展開してるグループなのにっ?
 兄貴、騙されてるよっ」

「騙されてるよ、駿佑っ!」

 弟と母が同時に、騙されてるよっ、と連呼するので、洗脳されそうになったが。

 職場に行ったら、万千湖は相変わらず、ぼんやりして、ヘラヘラしていた。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

OL 万千湖さんのささやかなる日常

菱沼あゆ
キャラ文芸
万千湖たちのその後のお話です。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

こじらせ女子の恋愛事情

あさの紅茶
恋愛
過去の恋愛の失敗を未だに引きずるこじらせアラサー女子の私、仁科真知(26) そんな私のことをずっと好きだったと言う同期の宗田優くん(26) いやいや、宗田くんには私なんかより、若くて可愛い可憐ちゃん(女子力高め)の方がお似合いだよ。 なんて自らまたこじらせる残念な私。 「俺はずっと好きだけど?」 「仁科の返事を待ってるんだよね」 宗田くんのまっすぐな瞳に耐えきれなくて逃げ出してしまった。 これ以上こじらせたくないから、神様どうか私に勇気をください。 ******************* この作品は、他のサイトにも掲載しています。

【純愛百合】檸檬色に染まる泉【純愛GL】

里見 亮和
キャラ文芸
”世界で一番美しいと思ってしまった憧れの女性” 女子高生の私が、生まれてはじめて我を忘れて好きになったひと。 雑誌で見つけたたった一枚の写真しか手掛かりがないその女性が…… 手なんか届かくはずがなかった憧れの女性が…… いま……私の目の前ににいる。 奇跡的な出会いを果たしてしまった私の人生は、大きく動き出す……

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

昨日、あなたに恋をした

菱沼あゆ
恋愛
 高すぎる周囲の評価に頑張って合わせようとしているが、仕事以外のことはポンコツなOL、楓日子(かえで にちこ)。 久しぶりに、憂さ晴らしにみんなで呑みに行くが、目を覚ましてみると、付けっぱなしのゲーム画面に見知らぬ男の名前が……。  私、今日も明日も、あさっても、  きっとお仕事がんばります~っ。

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

処理中です...