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ささやかなる見学会
寝るのもったいないような夜ですね
しおりを挟む……ふつつかものですがって、なんだ。
お前は俺のところに嫁に来たのか、と思う駿佑は、そうは見えなかったかもれしないが、実は、ちょっと動揺していた。
「布団、とりに行っとくか?」
二人分の布団を車にぎゅうぎゅうに詰め込んできていた。
「あ、そうですね。
それから一緒にお茶でもどうで……
あっ」
と万千湖は叫んだ。
「そうだっ。
あのシャンパンッ。
呑みましょうかっ?」
家が当たったとき、清水にもらったあのシャンパンだ。
「そうだな。
……いや、今日はやめとくか」
自分がそう言うと、万千湖も、
「そうですね。
引っ越し、ほんとは明日ですし」
と微笑む。
いや、そうじゃない、と駿佑は思っていた。
新居に二人きりの今、酒を呑むのは危険な気がしただけだ。
……白雪に襲われそうな気がするから。
いや、白雪が襲ってくるわけではないのだが。
新居に浮かれ、無防備に微笑む白雪の可愛さに。
まさに今、襲いかかられている!
ふたりでそれぞれの住まいに布団を運び、珈琲だと眠れなくなりそうなので、万千湖が持ってきていたココアを飲むことにした。
共用リビングで、万千湖の電気ポットでお湯を沸かし、駿佑のアウトドア仕様のマグカップにココアを淹れる。
万千湖が笑った。
「なんか家の中なのに、キャンプっぽいですね」
モデルハウスのときのまま、美しく飾られ、生活感のまったくないリビングは、まだよそよそしく。
確かに、借り物の家の中に持ち込んだキャンプ用品でちんまりお茶しているみたいになっている。
万千湖が淹れてくれたココアを飲みながら駿佑は言った。
「ここもあっという間に、生活感があふれるんだろうな」
その言葉の意味を読み取り、万千湖が言う。
「……いや、散らかさないようにしますからね、私」
カップを片付けたあと、電気ポットを手に万千湖は、
「じゃあ、おやすみなさい」
と微笑んだ。
「なんか寝るのもったいないような夜ですけどね」
「……そうだな」
ふたりで外で星でも見たい気分だったが。
なんだか言い出すのは恥ずかしかった。
「お前はもう寝るのか?」
「そうですね。
帰って、玄関に七福神様を置いて、拝んでから寝ます。
この家を当ててくれた七福神様ですもんね。
ああ、あと、三千円も」
と笑ったあとで、
「課長のおかげです」
と万千湖が自分を見上げてくる。
不覚にも、どきりとしてしまった。
「お見合いに来てくださったのが、課長でよかったです」
軽く心臓が止まったかな、と思った。
「すべては、課長が七福神様を買ってくださったおかげです」
……見合いに来てくれてよかったというのは、そのおかげで、二人で100均に行って、七福神を買って、モデルハウスと三千円が当たってよかったという話か?
万千湖は玄関の方を見ながら、
「ほんとうは七福神様に感謝を込めて、こっちの玄関に置きたいところなんですが……。
似合わないですよね」
と苦笑いする。
「いいぞ」
「え?」
「こっちに置けよ、七福神」
「そ、そうですか?」
万千湖は遠慮しながらも、いそいそと部屋から七福神を持ってきた。
もこもこの藤色のハンカチに大事にくるまれたそれを、ちょっと寒い玄関に万千湖は、そっと置いていた。
ちんまりとした七福神様とそれをちんまりと拝む万千湖。
その背を見ながら、駿佑は思っていた。
……どうしよう。
一緒に家なんか買ったりして、早まったかな。
柄にもなく、緊張するじゃないか。
俺は……
もしかしたら、俺はこいつを
……好きなのだろうか?
二人で暮らす初めての夜。
駿佑は真新しい玄関で、
「今かっ」
と綿貫や雁夜に突っ込まれそうなことをひとり考えていた。
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