ケダモノ、148円ナリ

菱沼あゆ

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ケダモノを買いました

結婚するんだ

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「結婚するんだ」

「え? 誰がですか?」

 佐野明日実さの あずみは祖父の代から通っているお店の、大好きなポトフを食べかけた手を止める。

 顕人あきひとは、
「俺だよ」
と言ったあとで、振り返り、二杯目は違うワインを頼んでいた。

「お前もいるか?」
と振り返り訊いてくるので、

「いえ、いりません」
と言った声は、びっくりするくらい普段通りだった。

 心配そうに顕人がこちらを見る。

「お前を残していくことだけが、気がかりだが」
と顕人は、貴方、私の親ですか、と問いたくなるようなことを言ってくる。

 相変わらず整った顔だ。

 家が近所だったせいもあり、小さなときから、少々抜けている自分をずっと見守ってきてくれた従兄の顕人。

 この顔を間近に見てきたせいか。
 どうしても、理想が高くなり、今まで恋人のひとりも出来ないできた。

「式は来月だ」
「早いですね」

 まさか。
 おにいさまともあろうお方が、いわゆるできちゃった婚とか?

 そんな間抜けなことをやらかすようには見えないが。

 まあ、おにいさまも男の方だから、うっかりということもあるのだろうか。

 ……あるのか?

 っていうか、うっかりってなんだろうな?

 誰とも付き合ったことのない明日実には、なにをどう、うっかりしたら、子供が出来たり、出来なかったりするのか、いまいちわかってはいなかった。

 そんなことを考えながら、顕人の話を聞き流し、機械的にポトフを口へと運んでいたのだが。

 どうしたことだろう。

 産まれて初めてのことだが、このポトフを食べて、味がしない。

 シェフが味をつけ忘れたのだろうか。

 いや、確かさっきまでついていた。

 何処かからマジシャンが現れて、それっ、とばかりに、私の皿を気づかぬうちに取り替えたのだろうか。

 もしも、顕人に頭の中の中が覗けるのなら、今こそ、
「大丈夫か?」
と言われそうなことを考えていた。

 まさか、頭の中が読めたわけではあるまいが、顕人は、
「本当にお前のことが心配だが……」
とまた繰り返す。

「まあ、この春からお前も社会人だし。
 俺も結婚したら、海外に行くしな」

 ええええええっ。
 海外っ!?

 聞いてませんっ!

 明日実の頭の中では、何故か、顕人がもふもふの毛皮のついた服を着て、ピラミッドの前に立ち、現地の妻の肩を抱いて、ニーハオと言っていた。

 相当動転しているらしい、と自分で思った。

「頑張れよ、明日実」
と顕人が自分を見つめる。

「これを」
と顕人は、綺麗に飾られた小さな箱を出してきた。

「就職祝いだ。

 薬指にはつけるなよ。
 男が寄ってこなくなるぞ」

 少し寂しそうに笑って、顕人がそれを渡してくる。

「……あ、ありがとうごさいます。
 開けていいですか?」

 うん、と顕人は言う。

 中には可愛いダイヤが三つ並んだ指輪が入っていた。

 なんとなく、こういうシーンを想像していた。

 顕人と食事に行って、彼が指輪を渡してくれる。

 いや、その通りなのだが。

 現実には、顕人は別の人と結婚し、この指輪は就職祝い……。

 っていうか、その花嫁さんへの指輪を買いに行ったときについでに買ったんじゃありません? これーっ!

 お、手頃な指輪が。

 ま、これでいいか、ってな感じで。

『いいんじゃないですか?』

 妄想の中、顕人の側にはショートヘアで、顔はのっぺらぼうの女が立っている。

 のっぺらぼうなのは、顕人に似合う女というのが、ぱっと思い浮かばなかったからだろう。

 表情は見えないのに、何故か、女が勝ち誇っているように見えた。

 そりゃそうだ。
 おにいさまほどの人と結婚するのだから。

 ……しかし、なんか腹立ってきたな、と思う。

 その女にではない。

 顕人に、だ。

 あれだけべったり一緒だったのに、何故、今まで、決まった相手が居ることを知らせてくれなかったのか。

 そりゃ、こっちも、此処のところ、卒論、卒業旅行、入社の準備とバタバタしてはいたけれど。

 可愛いが、所詮、おまけの指輪か、と明日実は蓋を閉めた。

「明日実……」

 顔を上げた明日実は、心配そうに呼びかけてくる顕人に向かい言った。

「おにいさま。
 心配なさらないでください。

 私、もうおにいさまが居なくても大丈夫です。

 だって、私にも決まった人が……」

 え? という顔を顕人はした。

 ちょうどその男がすぐ側を通るところだった。

 実は、さっきからどうも気になって、目で追っていたのだ。

 明日実は、運良くか悪くか、程よく真横を通ったその男の腕を、飛んで火に入る夏の虫っとばかりに、むんずとつかんだ。

「私っ、この方と結婚するんですっ!」

 間があった。

「……誰が?」
と顕人が問うてきた。

「私が」

「誰と?」
と問うたのは、その男だったが、動転している顕人は気づかなかったようだ。

「この人とですっ」
と明日実は、逃すまいと腕をつかんだまま、男の背を押し、顕人に向かって突き出した。

 一拍置いて、顕人が立ち上がる。

「誰なんだっ、その男はっ。
 明日実っ!」

 客も、ちょうど挨拶に回っていた顔なじみのシェフも振り返る。

 いや……誰なんでしょうねえ、とちょっとだけ正気に返った明日実は、はは、と苦笑いしながら、おそるおそる男の顔を見た。

 どうも何処かで見た気がするその男は溜息をついてはいたが、手を振りほどいたりはしなかった。



 ……どうかしていたとしか思えない。



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