ケダモノ、148円ナリ

菱沼あゆ

文字の大きさ
3 / 73
ケダモノを買いました

いいマンションじゃないか

しおりを挟む


「ほう。
 立派なマンションだな」

 車を止めて、マンションの前に立った貴継が言う。

「は。
 お褒めいただきありがとうございます」

「よし、行くぞ」

 本気ですか。
 本当に此処に住むつもりなんですか?

 女の方に追い出されて家がないというのが本当なら、明日にでも、何処か用意させますからっ、と思いながら、今は逆らっても無駄そうなので、とぼとぼとついていく。

 エレベーターには誰も乗ってこず、なんとなく、防犯カメラと緊急ブザーを確認してしまう。

 貴継は目線を追ったらしく、なに見てんだ? という顔をしていた。

「別に働かなくてもいいんじゃないか? お嬢様」

 貴継は、ふいにそんなことを言ってきた。

「別にお嬢様じゃないです。

 それに、そういうわけにはいきません。
 私も独り立ちしなければ」
と明日実は拳を作る。

 ほう、そうか、とどうでも良さそうに言われているうちに、部屋に着いた。



「なかなかインテリアもいいが、揃えたの、お前じゃないだろう」

 部屋に入った瞬間、貴継はそんなことを言ってきた。

 特に反撃はしなかったが。

 この階のベランダから突き落としたら……

 まあ、死ぬだろうな。

 やめとこう。

 というようなことを明日実は、ひとり静かに考えていた。

「此処は、もともとは従姉の鏡花きょうかさんが住んでらしたんです。
 一時期は、顕人おにいさまも」

「親戚中で使いまわしてんのか? この部屋」
と言ったあとで、

「待て」
と貴継は言ってくる。

「じゃあ、稲本顕人はこの部屋の鍵を持ってるんじゃないのか?」

「そうかもしれませんね。
 鍵は私が貰いましたが、スペアキーはお持ちかもしれません」

「危ないじゃないか。
 鍵は変えておけ」

 いや、今、貴方以上に危ない人はとりあえず居ないと思うんですが……、と思っていると、飾り棚を見た貴継が、
「この部屋、顕人が荷物を置いたままなのか?」
と訊いてくる。

「いいえ。
 どうしてですか?」

 棚を指差し、
「1/12スケールのカウンタックがあるじゃないかっ」
と言ってくる。

 一人暮らし向けの料理の本と編み物の本の横に、真っ赤なランボルギーニ カウンタックが鎮座している。

 3Dスキャナーで実車を測定して作られた精巧なものだ。

「あれは私のです」

「お前……、車に興味ないんじゃなかったのか?」

 疑わしげに見て貴継は訊いてくる。

 明日実は棚に行き、カウンタックを手に取り、言った。

「カウンタックは車ではありません。
 芸術です。

 ちなみに、カウンタックのこのドアは、ガルウィングではありません」
と指先で、ドアを上に跳ね上げてみせる。

「ガルウィングというのは真上に跳ね上がるドアのことで、斜めに上がるこのカウンタックのドアは……」

「わかった。
 次はカウンタックを買おう」
と長くなりそうな話を遮り、貴継は言った。

「……そのお金でマンションでも買われたらどうですか?」

 だが、所詮、人の話など聞いていないこの男は、どっかり白い革張りのソファに腰を下ろし、
「やってみろ」
と言い出した。

「は? なにをですか?」

「さっき言ってた、100円玉を3枚に見せる技だ」

 脚を組んで、肘掛で頬杖をつき、完全に、くつろぎ切った様子で王様はおっしゃる。

「やれ」

 ……なんだろう。
 ずっと誰かに見せたかった技なのに、見せたくない、と思ったのだが、逆らうのも怖いので、やることにした。

 だが、財布には、100円玉が1枚しか見当たらない。

「あれっ?」
と言いながら探していると、100円玉が頭に当たった。

 貴継が投げてくれたようだ。

「やれ」

 はい。
 すみません……とラグに転がったそれを受け取る。

 なんか本気でやりたくなくなってきたな、と思いながらも、明日実は親指と人差し指で2枚の100円玉を挟み、貴継の目の前に突きつけた。

「いいですかー。
 見ててくださいよー」

 はいっ、と素早くその2枚を動かす。

「どうです?
 3枚に見えるでしょうっ?」

 残像でなのかなんなのか。

 仕組みは忘れたが、100円玉は3枚あるように見える。

「見えるな」
「でしょうっ?」

「……で?」
と貴継は言ってきた。

 ふっ、と笑って、手を止めた明日実は言う。

「貴方も所詮、ただの人ですね。
 みんなと同じことしか言わないじゃないですか」

「いや……。
 お前のその芸を見て、他のセリフを思いつく奴が居たら、会ってみたいんだが」

 それ、止まれないじゃないか、と貴継は言う。

「店員に、300円ですー、と言って、素早く動かしながら渡すのか」

「だからマジックなんですってばっ。
 実用性を考えないでくださいよっ」
と言いながら、財布にお金を入れようとすると、

「待て。
 100円は俺のだ」
と手を出してくる。

「そんな服着て、あんな車乗って、今度カウンタックを買ってくるというわりには、せこいこと言いますね」

「当たり前だ。
 その100円は俺の所有物。

 お前はまだ俺の所有物じゃない。

 お前が俺のものになるのなら、その100円玉はやってもいい」

「……待ってください。
 それだと、私の価値が、100円、ということになりませんか?」

「違うだろ。
 お前が俺のものなら、同じく俺のものである100円玉をお前が好きにしていいという話だ」

 さあ、その100円はやるから、こっちへ来い、と言い出す。

「いや、ちょっと……

 やっぱり話がっ」
と言っている間に、腕を引っ張られ、肝心の100円玉は何処かへ転がっていってしまう。

 ソファに寝かされ、気がついたら、貴継は自分の上に居る。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ヒロインになれませんが。

橘しづき
恋愛
 安西朱里、二十七歳。    顔もスタイルもいいのに、なぜか本命には選ばれず変な男ばかり寄ってきてしまう。初対面の女性には嫌われることも多く、いつも気がつけば当て馬女役。損な役回りだと友人からも言われる始末。  そんな朱里は、異動で営業部に所属することに。そこで、タイプの違うイケメン二人を発見。さらには、真面目で控えめ、そして可愛らしいヒロイン像にぴったりの女の子も。    イケメンのうち一人の片思いを察した朱里は、その二人の恋を応援しようと必死に走り回るが……。    全然上手くいかなくて、何かがおかしい??

シンデレラは王子様と離婚することになりました。

及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・ なりませんでした!! 【現代版 シンデレラストーリー】 貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。 はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。 しかしながら、その実態は? 離婚前提の結婚生活。 果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。

溺愛のフリから2年後は。

橘しづき
恋愛
 岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。    そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。    でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

ソツのない彼氏とスキのない彼女

吉野 那生
恋愛
特別目立つ訳ではない。 どちらかといえば地味だし、バリキャリという風でもない。 だけど…何故か気になってしまう。 気がつくと、彼女の姿を目で追っている。 *** 社内でも知らない者はいないという程、有名な彼。 爽やかな見た目、人懐っこく相手の懐にスルリと入り込む手腕。 そして、華やかな噂。 あまり得意なタイプではない。 どちらかといえば敬遠するタイプなのに…。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。

処理中です...