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ケダモノを買いました
いいマンションじゃないか
しおりを挟む「ほう。
立派なマンションだな」
車を止めて、マンションの前に立った貴継が言う。
「は。
お褒めいただきありがとうございます」
「よし、行くぞ」
本気ですか。
本当に此処に住むつもりなんですか?
女の方に追い出されて家がないというのが本当なら、明日にでも、何処か用意させますからっ、と思いながら、今は逆らっても無駄そうなので、とぼとぼとついていく。
エレベーターには誰も乗ってこず、なんとなく、防犯カメラと緊急ブザーを確認してしまう。
貴継は目線を追ったらしく、なに見てんだ? という顔をしていた。
「別に働かなくてもいいんじゃないか? お嬢様」
貴継は、ふいにそんなことを言ってきた。
「別にお嬢様じゃないです。
それに、そういうわけにはいきません。
私も独り立ちしなければ」
と明日実は拳を作る。
ほう、そうか、とどうでも良さそうに言われているうちに、部屋に着いた。
「なかなかインテリアもいいが、揃えたの、お前じゃないだろう」
部屋に入った瞬間、貴継はそんなことを言ってきた。
特に反撃はしなかったが。
この階のベランダから突き落としたら……
まあ、死ぬだろうな。
やめとこう。
というようなことを明日実は、ひとり静かに考えていた。
「此処は、もともとは従姉の鏡花さんが住んでらしたんです。
一時期は、顕人おにいさまも」
「親戚中で使いまわしてんのか? この部屋」
と言ったあとで、
「待て」
と貴継は言ってくる。
「じゃあ、稲本顕人はこの部屋の鍵を持ってるんじゃないのか?」
「そうかもしれませんね。
鍵は私が貰いましたが、スペアキーはお持ちかもしれません」
「危ないじゃないか。
鍵は変えておけ」
いや、今、貴方以上に危ない人はとりあえず居ないと思うんですが……、と思っていると、飾り棚を見た貴継が、
「この部屋、顕人が荷物を置いたままなのか?」
と訊いてくる。
「いいえ。
どうしてですか?」
棚を指差し、
「1/12スケールのカウンタックがあるじゃないかっ」
と言ってくる。
一人暮らし向けの料理の本と編み物の本の横に、真っ赤なランボルギーニ カウンタックが鎮座している。
3Dスキャナーで実車を測定して作られた精巧なものだ。
「あれは私のです」
「お前……、車に興味ないんじゃなかったのか?」
疑わしげに見て貴継は訊いてくる。
明日実は棚に行き、カウンタックを手に取り、言った。
「カウンタックは車ではありません。
芸術です。
ちなみに、カウンタックのこのドアは、ガルウィングではありません」
と指先で、ドアを上に跳ね上げてみせる。
「ガルウィングというのは真上に跳ね上がるドアのことで、斜めに上がるこのカウンタックのドアは……」
「わかった。
次はカウンタックを買おう」
と長くなりそうな話を遮り、貴継は言った。
「……そのお金でマンションでも買われたらどうですか?」
だが、所詮、人の話など聞いていないこの男は、どっかり白い革張りのソファに腰を下ろし、
「やってみろ」
と言い出した。
「は? なにをですか?」
「さっき言ってた、100円玉を3枚に見せる技だ」
脚を組んで、肘掛で頬杖をつき、完全に、くつろぎ切った様子で王様はおっしゃる。
「やれ」
……なんだろう。
ずっと誰かに見せたかった技なのに、見せたくない、と思ったのだが、逆らうのも怖いので、やることにした。
だが、財布には、100円玉が1枚しか見当たらない。
「あれっ?」
と言いながら探していると、100円玉が頭に当たった。
貴継が投げてくれたようだ。
「やれ」
はい。
すみません……とラグに転がったそれを受け取る。
なんか本気でやりたくなくなってきたな、と思いながらも、明日実は親指と人差し指で2枚の100円玉を挟み、貴継の目の前に突きつけた。
「いいですかー。
見ててくださいよー」
はいっ、と素早くその2枚を動かす。
「どうです?
3枚に見えるでしょうっ?」
残像でなのかなんなのか。
仕組みは忘れたが、100円玉は3枚あるように見える。
「見えるな」
「でしょうっ?」
「……で?」
と貴継は言ってきた。
ふっ、と笑って、手を止めた明日実は言う。
「貴方も所詮、ただの人ですね。
みんなと同じことしか言わないじゃないですか」
「いや……。
お前のその芸を見て、他のセリフを思いつく奴が居たら、会ってみたいんだが」
それ、止まれないじゃないか、と貴継は言う。
「店員に、300円ですー、と言って、素早く動かしながら渡すのか」
「だからマジックなんですってばっ。
実用性を考えないでくださいよっ」
と言いながら、財布にお金を入れようとすると、
「待て。
100円は俺のだ」
と手を出してくる。
「そんな服着て、あんな車乗って、今度カウンタックを買ってくるというわりには、せこいこと言いますね」
「当たり前だ。
その100円は俺の所有物。
お前はまだ俺の所有物じゃない。
お前が俺のものになるのなら、その100円玉はやってもいい」
「……待ってください。
それだと、私の価値が、100円、ということになりませんか?」
「違うだろ。
お前が俺のものなら、同じく俺のものである100円玉をお前が好きにしていいという話だ」
さあ、その100円はやるから、こっちへ来い、と言い出す。
「いや、ちょっと……
やっぱり話がっ」
と言っている間に、腕を引っ張られ、肝心の100円玉は何処かへ転がっていってしまう。
ソファに寝かされ、気がついたら、貴継は自分の上に居る。
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