ケダモノ、148円ナリ

菱沼あゆ

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ケダモノを買いました

一宿一飯の恩義で

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 やっぱり駄目だ、この人。
 手が早すぎるっ。

「おっ、おにいさまに、あれは嘘でしたって電話して謝りますっ。
 だから、離してくださいーっ」

「いやいやいや。
 それでおにいさまとの話は済んでも、俺との契約は終わらないだろ。

 お前、わざわざこの俺に此処までご足労いただいて、タダで帰すとか言わないよな?」
と動けないよう、片手で顎をホールドしてくる。

 頭の上は肘掛で、これ以上、逃げようがない。

「いや、あの……ご自分で勝手について来られたんですよね?」
と反論してみたが、大きながっちりした手で顎をつかまれ、動けない。

「なんで家がないんですか。
 お金はあるんでしょ?

 ホテルにでも泊まられたらどうですか?」
と必死に訴えかけてみる。

 ホテルか、そうだな、と呟いた貴継は、
「途中で、鍵を持ってる顕人に入って来られても困るよな」
と言い出した。

 なんの途中だ?

「じゃあ、お前、一緒にホテルに泊まるか。
 知り合いのところで、言えば、すぐにいつも泊まる部屋を開けてもらえるところがある。

 最上階だ」

 だったら、ひとりで、そこに行けーっ!

「家もないのに、なんでそんなにお金持ってるんですかっ」
ともっともなことを訊いてみたのだが、貴継は人の上に乗ったまま、ふむ、と考え、

「なんでだと思う?」
と訊いてくる。

「な……、なんか凄い仕事してるとか」
と曖昧に答えると、

「……なんだ。
 なんか凄い仕事って」
と案の定、突っ込まれた。

「子供の回答みたいだな」

 うーむ。
 やはり、なにか具体的な職業名を言わなければ駄目か。

 ……お金持ってて、女性に手が早くて。

 女の人のおうちに寄生してて。

 今は、追い出されて家がない……、凄い、イケメン……。

「わかった!
 ホストの人ですねっ?」

「お前、俺が女にへりくだると思うのか」

 ……思いません。

 うーん、と考えていると、貴継は明日実の上から退いて言う。

「お茶でも淹れろ。
 お前をからかって疲れた」

 なんだ。
 冗談だったのか、とほっとした。

 まあ、お相手に不自由はしてないようだから、私なんかに、いちいち手は出さないよな。

 きっと本当に一晩泊まる宿が欲しいだけなんだろう。

 ……一宿一飯の恩義でなにかしてくれないだろうか。

 いや、一飯はないし、もう世話にはなったか、と思いながら、お茶を淹れに行こうとすると、
「明日実」
と呼びかけられた。

 そういえば、いつの間にか、呼び捨てだな、と思っていると、顔に出たらしく、貴継は、
「なんだ。
 俺のことも名前で呼んでいいぞ」
と言ってくる。

 いや、結構です、と思っていると、何故か貴継は、にやりと笑い。
「まあ、場所によっては、ちゃんと天野さんと呼べよ」
と言ってきた。

 はあ……。

 場所によってはってなんだ? と思っていると、
「ところで、指輪、見せてみろ」
と手を出してくる。

「貰ってたろ、さっき。
 お前の言うところのおまけの指輪」

 何故見たいんだ……と思いながらも、それを渡すと、貴継は、ふーん、と眺めたあとで、蓋を閉め、ぽいっとこちらに投げてきた。

 わああああああっ、と落ちそうになったそれを慌てて受け止める。

「……いらないんじゃなかったのか」
と言ったあとで、貴継は、

「早くお茶を淹れろ」
と不満げに言ってくる。

 いや、今、貴方が呼び止めたんですよね……と思いながら、行こうとすると、
「俺が淹れよう」
と貴継が立ち上がった。

 結局、一緒に淹れてくれながら、溜息をつき、
「お前に家事は期待出来んな。
 家政婦でも雇うか」
と言い出す。

 何故、お茶を淹れる様子を見ただけでわかるんですか。

 いや……わかるか。

 この手つきの覚束なさとかで。

「だから、そのお金で家を借りたらどうですかと言ってるんですが」

「……俺は自分の家は持たないと決めてるんだよ」

 え? と貴継を見る。

 一瞬見せた真摯な眼差しに、ちょっと、どきりとしてしまったことは黙っておこう、と明日実は思った。



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