ケダモノ、148円ナリ

菱沼あゆ

文字の大きさ
20 / 73
何故か、ここにもケダモノがいます

さあ、来い、明日実

しおりを挟む
 

 家に帰るなり、リビングで貴継が、
「さあ、来い、明日実」
と両手を広げてくる。

「……なんですか」
と冷ややかに見ながら問うと、

「俺とキスし直したいんだろう?」
と言い出した。

「言ってません~っ」

「恥ずかしがるな。
 一度したら、何度しても同じだ。

 そして、キスしたら、何処までしても同じだ」
と貴継は更にタチ悪く訂正してくる。

「一緒じゃないですよ、もう~」

 明日実は溜息をつきながら、春物のコートをソファに置いて、腰掛けた。

 なんだろう。
 楽しかったのだが、最後の最後でどっと疲れたな、と思っていると、いきなり目の前に来た貴継が明日実の前にひざまずく。

「どっ、どうしたんですかっ」
と叫ぶと、

「いや、お前が俺が女の前に跪くとかないと言うから、跪いてやった」

 そう言いながら膝の上にあった明日実の手を取り、その甲に口づけてくる。

「あの……」

 なんだ? と貴継は明日実の手をつかんだまま、見上げてくる。

「貴継さんって、むちゃくちゃモテますよね?」

「ああ」

 ……ああってな、と思いながら、
「なんで私なんですか?」
と問うてみた。

「あれだけモテたら、別に私じゃなくともよくないですか?」

「なにを言う。
 モテる人間にだって、選ぶ権利はあるぞ」
と貴継は言い出した。

「モテるからと言って、その中から最上級の女を選ばなきゃならないという法はない。
 俺はお前でいい」

 ……なんだろう。
 微妙に嬉しくない。

 それによく考えたら、この人が私を選んだわけじゃなくて、私が、都合良くイケメンが通りかかったから、腕引っ張っただけの話だし。

「心配するな。
 お前の世間的な評価が、ルックスは申し分ないが、なにかこう、微妙なところがあって、人気がいまひとつだとしても」

「あの……本日のその評価。
 貴方のせいですよね?」

 まさか私の評価を下げるために、わざわざ一次会付き合ったとか? と邪推してしまう。

「なんで私なんですか?」

 ますます疑問に思い、もう一度問うてみた。

「運命を感じたからだ」

 ……運命。
 なにか急に話がデカくなってきたぞ。

「俺は、お前と会ったときに、未来が見えた気がしたんだ」

「私には、なにも見えませんでしたが」

 目の前のタクシーしか見えなかった。

「最初は阿呆な女だな、としか思わなかったんだが。
 タクシーに乗って、前を走るタクシーを見ている間、ケダモノを買うくらいなら、俺を飼ってくれないだろうかとか思ったし。

 お前のタクシーが一度消えたと思ったら、俺がロビーに入ったあとで、現れて」

「……住所言い間違って、別館の方行っちゃったんですよ」

「お前が遅刻寸前、駆け込んで、こけかけたのを俺がずっと見てたのも運命だ」

 嫌だな、そんな運命。

「お前が、入社試験に受かったのも。

 俺がこのタイミングで人事部長になったのも。

 あの日、レストランで、お前を見かけて、わざとトイレに行くふりをして、横を通ったら、お前が俺の腕を引っ張ったのも運命だ」

「あ、あれ、わざとだったんですか?

 では、あの日、貴方が、おねえさんに出て行けと言われたのも運命……」

 そう言いかけると、微妙な顔をされる。

 そこだけは嫌な出来事だったようだ。

「お前も俺のことを素敵な人だと思ったから、俺を婚約者に仕立てようと思ったんじゃないのか」

 手をつかんだまま、貴継は言う。

「お前も俺に一目惚れしたんだよ」

 ……あれ、会ったの、二度目でしたよね。

「明日実……」

 貴継は明日実の座るソファに片膝をつき、強く手首をつかんでくる。

「まっ、待ってくださいっ」
と明日実は貴継の前に、ストップ、と手を突き出す。

「いや、待たない。
 少なくとも、キスはやり直す。

 お前のために」

 ええっ。
 私のためですかっ?

「ファーストキスなんだろ?
 よくその年までなにもなかったな?」

 コンパとか行かなかったのか? と問われる。

「コンパですか。
 あれはよくない行事ですね」

「行事なのか? あれ」

「いや、人数が足りなかったり、友だちが主催したりすると、ほぼ強制参加になってしまうではないですか。

 でも、他で出会ったら、よい方かもしれない方も、何故かあの場で出会うと、よい方に見えないのです」

「なんかギラついてるからだろう」

「コンパにいらっしゃっただけで、悪、と判断してしまうので」

 お誘いいただいても、なんだか恐ろしくて、お会いできません、と明日実は言った。

「私じゃなくて、私の脚とお話されてるような方とか特に」

 いや、別に脚と話しているのではないのだろうが、話している間、ずっと視線がそっちしか見ていないから、そう感じてしまうのだ。

 ほう、と言った貴継は、
「その場に俺が居たらどうだ?」
と訊いてくる。

 何故か赤くて、やはりもふもふのついたマントを着た王様が居酒屋に座っていて。

 周りに女性が、かしずいているイメージだ。

 この人がコンパなんかに来たら、一瞬にして、一大ハーレムが築けそうだ……。

 まあ、ただの会社の呑み会でも、そうなりそうだが。

 現に今日、そうなっていたことだし。

「貴方はコンパになど来る必要はないと思いますが」
と言うと、ちょっと笑う。

 だが、ふと、明日実の頭に、そんな王様の様子を見て、片隅ですねている男連中が浮かんだ。

「……大丈夫ですか、貴継さん。
 お友達は居らっしゃいますか?」

「なんの心配をしてるんだ」
と言ったあとで、

「大丈夫だ。
 同じようにモテるやつと小市民的な幸せを得ているだけで満足な連中がいる」
と言ってきた。

 失礼なことに、モテるやつ、で、大和を、小市民で、笹原を思い浮かべてしまった。

 ……ごめんなさい、笹原さん、と思っていると、貴継は強く手をつかみ直し、
「だが、お前が俺のことを思ってくれているのはよくわかった」
と言ってくる。

 お、思ってません。
 ちょっと心配しただけですっ、とソファの肘掛けにのけぞるようにして、逃げかかっていると、
「明日実、観念しろ」
と明日実の横、肘掛けに手をついた貴継が言ってくる。

 貴方、悪代官ですかーっ、と思ったとき、明日実の携帯が鳴り出した。

「あっ、電話がっ」
「放っておけ」

「会社からの呼び出しかもしれませんっ」

「まだ、あるかっ。
 ていうか、俺に連絡ないのに、まずお前にあるかっ」

 そう言いながら、軽く髪を撫で、キスしてくる。

 やっ、やっぱりやだーっ、と思ったとき、一度止まった電話がまた鳴り出した。

「……しつこい電話だな」

 一度離れた貴継がちらと、そちらを見て言う。

 その隙に、明日実は手を伸ばし、鞄の中の携帯を引き寄せた。

「もっ、もしもしっ」
と出ると、あっ、こらっ、と貴継が止めようとする。

 だが、助けてっ、と言おうとした明日実の言葉は喉の途中で止まっていた。

「……お、おにいさま」

 やばい。
 この人には助けは求められない。

 婚約者なのに、なんで助けてだ、と言われてしまうからだ。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

溺愛のフリから2年後は。

橘しづき
恋愛
 岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。    そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。    でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?

雨の日にやさぐれお姉さんを拾ったと思ったら胃袋も心も掴んでくるスーパーお姉さんだった

九戸政景
恋愛
新人小説家の由利美音は、ある日の夜に一人の女性を拾う。太刀川凛莉と名乗る女性との共同生活が始まる中、様々な出会いを果たしながら美音は自身の過去とも向き合っていく。

ソツのない彼氏とスキのない彼女

吉野 那生
恋愛
特別目立つ訳ではない。 どちらかといえば地味だし、バリキャリという風でもない。 だけど…何故か気になってしまう。 気がつくと、彼女の姿を目で追っている。 *** 社内でも知らない者はいないという程、有名な彼。 爽やかな見た目、人懐っこく相手の懐にスルリと入り込む手腕。 そして、華やかな噂。 あまり得意なタイプではない。 どちらかといえば敬遠するタイプなのに…。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

ひとつの秩序

水瀬 葵
恋愛
ずっと好きだった職場の先輩が、恋人と同棲を始めた。 その日から、南莉子の日常は少しずつ噛み合わなくなっていく。 昔からの男友達・加瀬透真は、気づけばやたら距離が近くて、優しいのか、図々しいのか、よく分からない。 好きな人が二人いるわけじゃない。 ただ、先輩には彼女がいて、友達は友達の顔をしなくなっていく。 戻れると思っていた関係が、いつの間にか戻れなくなっている。 これは、仕事も恋もちゃんとやりたいのに、だいたい空回りしている大人たちの、少し不器用なラブコメディ。

数合わせから始まる俺様の独占欲

日矩 凛太郎
恋愛
アラサーで仕事一筋、恋愛経験ほぼゼロの浅見結(あさみゆい)。 見た目は地味で控えめ、社内では「婚期遅れのお局」と陰口を叩かれながらも、仕事だけは誰にも負けないと自負していた。 そんな彼女が、ある日突然「合コンに来てよ!」と同僚の女性たちに誘われる。 正直乗り気ではなかったが、数合わせのためと割り切って参加することに。 しかし、その場で出会ったのは、俺様気質で圧倒的な存在感を放つイケメン男性。 彼は浅見をただの数合わせとしてではなく、特別な存在として猛烈にアプローチしてくる。 仕事と恋愛、どちらも慣れていない彼女が、戸惑いながらも少しずつ心を開いていく様子を描いた、アラサー女子のリアルな恋愛模様と成長の物語。

処理中です...