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何故か、ここにもケダモノがいます
さあ、来い、明日実
しおりを挟む家に帰るなり、リビングで貴継が、
「さあ、来い、明日実」
と両手を広げてくる。
「……なんですか」
と冷ややかに見ながら問うと、
「俺とキスし直したいんだろう?」
と言い出した。
「言ってません~っ」
「恥ずかしがるな。
一度したら、何度しても同じだ。
そして、キスしたら、何処までしても同じだ」
と貴継は更にタチ悪く訂正してくる。
「一緒じゃないですよ、もう~」
明日実は溜息をつきながら、春物のコートをソファに置いて、腰掛けた。
なんだろう。
楽しかったのだが、最後の最後でどっと疲れたな、と思っていると、いきなり目の前に来た貴継が明日実の前に跪く。
「どっ、どうしたんですかっ」
と叫ぶと、
「いや、お前が俺が女の前に跪くとかないと言うから、跪いてやった」
そう言いながら膝の上にあった明日実の手を取り、その甲に口づけてくる。
「あの……」
なんだ? と貴継は明日実の手をつかんだまま、見上げてくる。
「貴継さんって、むちゃくちゃモテますよね?」
「ああ」
……ああってな、と思いながら、
「なんで私なんですか?」
と問うてみた。
「あれだけモテたら、別に私じゃなくともよくないですか?」
「なにを言う。
モテる人間にだって、選ぶ権利はあるぞ」
と貴継は言い出した。
「モテるからと言って、その中から最上級の女を選ばなきゃならないという法はない。
俺はお前でいい」
……なんだろう。
微妙に嬉しくない。
それによく考えたら、この人が私を選んだわけじゃなくて、私が、都合良くイケメンが通りかかったから、腕引っ張っただけの話だし。
「心配するな。
お前の世間的な評価が、ルックスは申し分ないが、なにかこう、微妙なところがあって、人気がいまひとつだとしても」
「あの……本日のその評価。
貴方のせいですよね?」
まさか私の評価を下げるために、わざわざ一次会付き合ったとか? と邪推してしまう。
「なんで私なんですか?」
ますます疑問に思い、もう一度問うてみた。
「運命を感じたからだ」
……運命。
なにか急に話がデカくなってきたぞ。
「俺は、お前と会ったときに、未来が見えた気がしたんだ」
「私には、なにも見えませんでしたが」
目の前のタクシーしか見えなかった。
「最初は阿呆な女だな、としか思わなかったんだが。
タクシーに乗って、前を走るタクシーを見ている間、ケダモノを買うくらいなら、俺を飼ってくれないだろうかとか思ったし。
お前のタクシーが一度消えたと思ったら、俺がロビーに入ったあとで、現れて」
「……住所言い間違って、別館の方行っちゃったんですよ」
「お前が遅刻寸前、駆け込んで、こけかけたのを俺がずっと見てたのも運命だ」
嫌だな、そんな運命。
「お前が、入社試験に受かったのも。
俺がこのタイミングで人事部長になったのも。
あの日、レストランで、お前を見かけて、わざとトイレに行くふりをして、横を通ったら、お前が俺の腕を引っ張ったのも運命だ」
「あ、あれ、わざとだったんですか?
では、あの日、貴方が、おねえさんに出て行けと言われたのも運命……」
そう言いかけると、微妙な顔をされる。
そこだけは嫌な出来事だったようだ。
「お前も俺のことを素敵な人だと思ったから、俺を婚約者に仕立てようと思ったんじゃないのか」
手をつかんだまま、貴継は言う。
「お前も俺に一目惚れしたんだよ」
……あれ、会ったの、二度目でしたよね。
「明日実……」
貴継は明日実の座るソファに片膝をつき、強く手首をつかんでくる。
「まっ、待ってくださいっ」
と明日実は貴継の前に、ストップ、と手を突き出す。
「いや、待たない。
少なくとも、キスはやり直す。
お前のために」
ええっ。
私のためですかっ?
「ファーストキスなんだろ?
よくその年までなにもなかったな?」
コンパとか行かなかったのか? と問われる。
「コンパですか。
あれはよくない行事ですね」
「行事なのか? あれ」
「いや、人数が足りなかったり、友だちが主催したりすると、ほぼ強制参加になってしまうではないですか。
でも、他で出会ったら、よい方かもしれない方も、何故かあの場で出会うと、よい方に見えないのです」
「なんかギラついてるからだろう」
「コンパにいらっしゃっただけで、悪、と判断してしまうので」
お誘いいただいても、なんだか恐ろしくて、お会いできません、と明日実は言った。
「私じゃなくて、私の脚とお話されてるような方とか特に」
いや、別に脚と話しているのではないのだろうが、話している間、ずっと視線がそっちしか見ていないから、そう感じてしまうのだ。
ほう、と言った貴継は、
「その場に俺が居たらどうだ?」
と訊いてくる。
何故か赤くて、やはりもふもふのついたマントを着た王様が居酒屋に座っていて。
周りに女性が、かしずいているイメージだ。
この人がコンパなんかに来たら、一瞬にして、一大ハーレムが築けそうだ……。
まあ、ただの会社の呑み会でも、そうなりそうだが。
現に今日、そうなっていたことだし。
「貴方はコンパになど来る必要はないと思いますが」
と言うと、ちょっと笑う。
だが、ふと、明日実の頭に、そんな王様の様子を見て、片隅ですねている男連中が浮かんだ。
「……大丈夫ですか、貴継さん。
お友達は居らっしゃいますか?」
「なんの心配をしてるんだ」
と言ったあとで、
「大丈夫だ。
同じようにモテるやつと小市民的な幸せを得ているだけで満足な連中がいる」
と言ってきた。
失礼なことに、モテるやつ、で、大和を、小市民で、笹原を思い浮かべてしまった。
……ごめんなさい、笹原さん、と思っていると、貴継は強く手をつかみ直し、
「だが、お前が俺のことを思ってくれているのはよくわかった」
と言ってくる。
お、思ってません。
ちょっと心配しただけですっ、とソファの肘掛けにのけぞるようにして、逃げかかっていると、
「明日実、観念しろ」
と明日実の横、肘掛けに手をついた貴継が言ってくる。
貴方、悪代官ですかーっ、と思ったとき、明日実の携帯が鳴り出した。
「あっ、電話がっ」
「放っておけ」
「会社からの呼び出しかもしれませんっ」
「まだ、あるかっ。
ていうか、俺に連絡ないのに、まずお前にあるかっ」
そう言いながら、軽く髪を撫で、キスしてくる。
やっ、やっぱりやだーっ、と思ったとき、一度止まった電話がまた鳴り出した。
「……しつこい電話だな」
一度離れた貴継がちらと、そちらを見て言う。
その隙に、明日実は手を伸ばし、鞄の中の携帯を引き寄せた。
「もっ、もしもしっ」
と出ると、あっ、こらっ、と貴継が止めようとする。
だが、助けてっ、と言おうとした明日実の言葉は喉の途中で止まっていた。
「……お、おにいさま」
やばい。
この人には助けは求められない。
婚約者なのに、なんで助けてだ、と言われてしまうからだ。
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