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何故か、ここにもケダモノがいます
甘やかしだな
しおりを挟む「……お、おにいさま」
と言った明日実が青くなる。
稲本顕人か、と貴継は舌打ちをした。
今度、明日実が寝ている隙に着信拒否しといてやろう、と思う。
だが、明日実が動揺を押し隠し、顕人に応対している様がちょっと可笑しく、そのまま眺めていた。
明日実は顕人と話しながら、すすすすっと自分から離れていく。
「はいっ。
……はいっ。
会社は楽しいです」
そんな畏まって話さないといけないような相手と付き合ったって、どうせ上手くはいかなかっただろうに。
……なにがおにいさまだ。
俺には言いたい放題のくせに、とすねる。
だが――。
「ふふ。そうですね。
最初だけかもしれません」
自分の手から逃れ、笑って話す明日実は可愛い。
……可愛いじゃないか。
そんな顔をいつも俺にも見せてみろ、と思う。
この俺が側に居るのに。
そいつが、そんなに後を引くほどいい男か?
……いや、いい男かもしれないが。
ああいう穏やかそうな男ほど、なに考えてんのかわからないんだぞ、明日実。
こちらの視線を感じて、明日実が、びくびくと窺い見る。
その小動物的な仕草に吹き出しそうになったが、なんとか堪えた。
明日実は急いで話を切り上げようとした。
「はい。
じゃあ、頑張ります。
おにいさまも頑張って……。
え?
指輪ですか?」
はは、と明日実は困ったように笑い、
「いえ。
つけて行ってません。
新入社員ですから。
あまり飾り立ててもと思いまして。
コップ洗ったりとか水仕事もありますし。
傷でもついたら。
……え?
手が荒れたりするほどは、しませんよー」
と明日実が笑う。
給湯室でコップを洗うくらいで、荒れるかっ。
どんだけ甘やかしだ。
「はい。
わかりました。
頑張ります。
おにいさまもお気をつけて」
ふう、と携帯を切った明日実を無言で手招きする。
「なんですか?」
と警戒したまま、明日実は訊いてくる。
なんですかじゃないだろう、と思ったとき、明日実が逃げ腰に言ってきた。
「私、今日はもう寝ますね。
これ以上おかしなことしないでくださいね。
今、おにいさまと話して、心が洗われたばかりなのに」
待て、こら。
俺と話すと、心が乱れて、汚されるのか。
本当に汚してやろうか、と思いながら、
「お前、ちょっとおかしいと思わないのか?」
と言う。
え? と明日実がこちらを見た。
「稲本顕人は……」
だが、そこで言葉を止める。
これを言うことが自分のためになるとも思えなかったし。
言ったところで、明日実を混乱させるだけだとわかっていたから。
ソファから立ち上がり、
「寝る。
おやすみ」
と言うと、明日実は、
「お……おやすみなさい」
と戸惑いながら言ってくる。
他に行くべき部屋もないので、仕方なく顕人の寝室のドアを開けたとき、明日実が、
「あのっ」
と声をかけてきた。
振り返ると、
「きょ、今日はありがとうございました。
迎えに来ていただいて、
……嬉しかったです」
と言う。
嬉しかった、までの間が気になるが、と思いながらも、ちょっとだけ笑って、ドアを閉めた。
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