ケダモノ、148円ナリ

菱沼あゆ

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何故か、ここにもケダモノがいます

ここ、社内ですっ

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「おはようございますー」
と給湯室に入ると、隣りの課の先輩たちが二人ほど居た。

「おはよう、明日実」

「おはようございます。
 どうかしたんですか?」

 なにやら盛り上がっているので訊いてみると、
「いや、営業の田中さんと受付の子がさ、毎朝、駅から一緒に来るのよ。
 あれはなにかあるって言ってたんだけど」
と言ってくる。

「そうですか。
 私はよく、駅から安田課長と一緒になるのですが」

「それはただ、一緒になってるだけでしょうが」

 莫迦ね、と言われてしまう。

「安田課長じゃなくて、天野部長ならときめくけどーっ」
と先輩が言い、きゃーっともう一人の先輩と騒ぎ始める。

 さっきの女子高生たちを思い出していた。

 女の人っていうのは、幾つになっても同じだなあ、と自分も女なのに、感心して眺めてしまう。

「あのー、でも、安田課長、いい方ですよ」

 少なくとも、貴継さんよりは……。

 なにか女子からの扱いが悪い気がして、そう言ってみたのだが、
「恋愛には関係ないでしょ。
 すごい愛妻家だし」
と言われてしまう。

 まあ、そうですよね。

 貴継さんは愛妻家に……

 なるかな?

 なんだか愛情の方向性がちょっと違いそうで怖いんだが。

 変わってるからな~、あの人、と貴継が聞いたら、変わってるのはお前だろ、と思われそうなことを思いながら、お茶を淹れて、人事に戻った。



 貴継と安田課長に言われるまま、就職試験関係の書類を打ち、昼近くまで働いた。

「佐野明日実。

 これ、事業部まで持ってってきてくれ。
 戻ってきたら、帰ろう。

 ……もう帰っていいから」
と貴継が言いかえる。

 自分たちと、人のいい安田課長しか居ないので、気を抜いていたようだった。

 いや、帰ろうでも部下への呼びかけとしておかしくない気がしますが。

 言いかえたので、余計怪しい感じに、と思ったのだが、安田課長は下を向いて、なにか計算していて無反応だった。

「では、行ってきまーす」
と別館の事業部までお届け物をする。

 休みの日とはいえ、結構出て来てる人居るんだな、と思いながら、本館に戻ろうとすると、自動販売機の前に見覚えのある後ろ姿が見えた。

「あ、栗原くん。
 ちょうどよかった」
と声をかけると、振り返った栗原が、

「お疲れー」
と言ってくる。

「なんだ。
 佐野さんも来てたの?

 人事も今、忙しいんだね」

「天野部長たちも今日出てて、ちょっとパソコン打ちに」
と言うと、ふうん、と言う。

 その言い方に、なにか含みがある気がして、ちょっと身構えてしまったが、特になにも言われなかった。

「あ、そうだ。
 栗原くん、100円返さなきゃ」

 ああ、せっかく可愛い袋に入れてたのに、今、持ってないや、と思っていると、
「いいよ。
 返さなくて」
と言いながら、栗原は自動販売機で珈琲を買う。

「でも、そういうわけには」
と言いかけると、

「返さなくていいから、またやって見せてよ。
 今度は、3枚で」
と笑って言ってくる。

「えっ? 3枚で?」

「3枚を4枚にして見せてよ」

「ええーっ。
 難しそうなんだけど」
と言うと、

「ところで、佐野さんは休みの日はなにしてんの?」
と違う話題を振ってきた。

「え?」
とちょっと考え、

「今はとりあえず、働いてるかな」
と言うと、いや、今日じゃなくてと苦笑いしている。

「今度、暇なとき、どっか行かない?
 100円はそのときでいいよ」

 唐突に栗原はそんなことを言ってきた。

「え、でも」

「じゃあ、また連絡するね」
とこちらの答えを聞かずに行ってしまう。

「えっ。
 ちょっと栗原くんっ」
と呼び止めようとすると、

「お前、また100円で買われそうになったな」
と声がした。

 ひっ。

 建物の陰から貴継がこちらを見ていた。

 い、いつからそこに……。

 貴方は刑事かなにかですか、と思っていると、貴継は、ほら、と明日実の鞄を投げてくる。

「帰るぞ。
 もう上は戸締りした」

 お前、遅いから、と言ってきた。

「安田課長は奥さんが待ってるんだ。
 あんまり遅くなると悪いだろう」

「そ、そうですね」
と言う明日実の手を、貴継はいきなり、つかんで、歩き出す。

「部長っ。

 社内っ。
 此処、社内ですっ」

「休みだ。
 誰も見てない」

「見てますよ、誰かーっ」
とキョロキョロ振り返っていると、

「ほんとお前は挙動不審だな」
と言われてしまう。

 誰のせいだ~っ。

「別に、誰かに見られても、俺は構わない」

 私は構いますーっ。

「見られるのが嫌なら、とっとと車に乗れっ」
と駐車場に連れていかれ、車に押し込まれる。

「俺と付き合ってると知られるのが嫌なのか」

「つ、付き合ってませんし、入社早々そういうのどうかと思いますし」
と反射的にシートベルトをしながら言うと、貴継はそれを見て、少し笑ったようだった。

「お前、それはそれでどうだ?
 付き合ってもいない男を家に泊めるのは問題があると思うが」

 うっ。
 正論だ、と思っていると、
「さっき、いやされたいとか言ってたから、お前が癒されそうなところに連れてってやろうと思ったのに」
と貴継は言う。

「えっ?」

 あ、しまった。

 ちょっと喜んでしまった。

 だが、貴継は、
「ごちゃごちゃうるさいから指輪でも買いに行くか」
と言い出した。

 指輪……。

 あの夢を思い出していた。

『かかったな、明日実っ!』
と貴継が高笑いしている夢だ。

「指輪つけときゃ、もう問題ないだろう」

「今、指輪が首輪って聞こえましたよ……」

 この人の場合、あながち間違いでもない気がする、と思っていると、貴継が、
「何処へ行く?
 温泉、サファリパーク、動物園、水族館のどれかだ」
と言ってきた。

「え……迷いますね」

 まあ、サファリはケダモノを思い出すので、なんとなく嫌だが。

 どれも魅力的だ、と思っていると、
「混浴か、サファリか、一泊で動物園か、水族館だ」
と言う。

「……すみませんが、その選択肢なら、水族館しかありえませんが」

「そうか」
とあっさり、貴継は水族館に向かった。

「あの、もしかして、貴方が水族館に行きたかったんじゃないですか?」

「気のせいだ」

「いや、そうなんですよね?」

「気のせいだ」

 そのまま、車は海の方へと向かって行った。


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