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何故か、ここにもケダモノがいます
ふれあいタイム
しおりを挟む貴継が指名していたのは、さっきショーで見たアシカのうちの一頭だった。
キャンディさんというメスのアシカだ。
ちょっとおっとりというか、間が抜けていて、みんなを笑わせていた。
貴継さんは、キャンディさんのファンなのかな?
まさか、それで此処に通いつめているとか? と係員さんに消毒薬で手をシュッシュッされながら思っていると、飼育員さんがキャンディさんを連れてきてくれた。
さっき、キャンディさんに芸をさせていた人だ。
此処は、アシカごとに、担当が決まっているようだった。
係員のおねえさんに渡されたキャンディさんの餌の魚を貴継が投げる。
キャンディさんがうまくそれをキャッチし、飲み込んだところで、貴継が言った。
「これが俺の父親だ、明日実」
貴継の目は、はっきりキャンディさんを見つめていた。
「……アシカに見えますが」
「アシカだ」
「メスのようですが」
「メスだ。
さあ、15分、お父さんの時間を買い取った、挨拶しろ」
と貴継は言ってくる。
いや、お父さんの時間を買ったっておかしいだろう。
ふれあいタイムでなにやってんだ、この人は。
貴継はキャンディさんを見つめたまま言ってくる。
「俺の父親は不治の病にかかって自分の会社を追い出され、死んだんだ」
「そんな、病気の人を追い出すなんて……」
「ボンクラという病だ」
えーと……。
「俺の父親は、ボンクラという病にかかって死んだ。
死んで、アシカに生まれ変わったんだ」
さあ、挨拶しろ、明日実、と言ってくる。
貴継は明日実をキャンディさんに手で示し、
「お父さん、ふつつかな嫁ですが」
と紹介し始めた。
「待ってください。
何故、ふつつかと決めつけるんですか」
まだ嫁にもなっていないのにっ、と言うと、
「ふつつかは嫁の枕詞だろう」
と言う。
「娘のじゃないですか?
いや、貴方、今、全国のお嫁さんを敵に回しましたよっ。
私じゃなくても、誰も貴方のところになんて、お嫁に来ませんよっ」
と言い返すと、アシカの側に居た飼育員さんが笑い出す。
年はいっているが、かなりの男前だ。
「お嬢さん」
と飼育員が言ってきた。
「此処、イルカのリングが人気なんだよ」
下で買ってもらうといい、と言う。
そういえば、売店で売ってたな、と思っていると、貴継はそこで初めて飼育員の方を見、
「あんた、アシカの係じゃないのか」
と文句をつけ始めた。
「いや、別にアシカの係だからって、アシカのグッズを売らなきゃいけないって法はないだろ。
イルカの方が可愛いし」
「じゃあ、なんで、アシカの飼育員やってんだ」
「好きだから、アシカ。
ハンコ押してるよりは楽しいぞ、貴継」
お前は物好きだなあ、と言っている。
やっぱりか。
「物好きはあんただ。
いや、俺はあんたなんぞ知らん。
俺の父親はボンクラという病にかかって、クーデターを起こされ、会社を乗っ取られたときに、離婚されて、死んだんだ」
お父さん、と貴継はアシカに向かって話しかけている。
こちらを手で示し、
「ふつつかな明日実ですが」
と言う。
「あの、明日実の枕詞がふつつかになっちゃってますけど」
と言うと、貴継の父は笑っていた。
「貴継さんはお父様が大好きなんですね」
文句言いながらも、此処に私を挨拶に連れてくるほど、と思って明日実は言った。
二人でまたあの海底トンネルを歩く。
「……いつわかった?」
「最初からですよ。
そっくりです」
と笑うと、
「昔は母親似だったんだが、やはり、年々似てくるようだな」
とちょっと不満そうにおのれの顎を撫でながら言っていた。
まあ、あの母親に似たいわけでもないが、と貴継は言う。
「お母様は?」
「俺を置いて出て行った」
「え……。
幾つのときに?」
「大学生のときかな?」
……それはもう、置いて出て行ってもいいのではないでしょうか。
「新しい男が出来たんだ」
「そのとき、お父様は?」
「もうアシカになっていた」
いや、アシカになったわけではないんでは……。
そのときには、もう離婚していたのだろう。
「あの、貴方の話し方だと、虐待的な感じですが。
それ、ただの再婚では?」
「……そうだな。
新しい男は、おとなしくて人の良さそうな、ただの貧乏人の一サラリーマンだ」
今度は幸せになるんじゃないか?
と言ったので、笑ってしまう。
「そうだ。
キャンディさんがイルカのリングを買って行けと言っていたから、買ってやろう」
いや、キャンディさん、ひとっこともしゃべってませけどね、と思ったのだが、黙って売店についていく。
可愛いイルカのぬいぐるみと、指輪を買ってもらった。
……アシカはひとつも買わなくていいのだろうか、と思いながら。
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