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何故か、ここにもケダモノがいます
俺の家族は――
しおりを挟む車で水族館を出た貴継は、突然、
「やっぱり何処かで一泊するか」
と言い出した。
えっ? と言うと、貴継は笑い、
「いつも同じ家で寝泊まりしてるのに、他所へ泊まっても同じことだろ?」
と言ってくる。
「いや、外に一泊って、なんとなく違うじゃないですか。
私のテリトリーじゃないし」
「あれ、お前のテリトリーなのか?」
と疑問を呈したあとで、何故か、にやり笑い、貴継は言った。
「近くにいい宿があるんだよ」
いい宿?
「泊まるなら、ちょっと準備が必要だがな」
と言いながら、車を走らせる。
車は何故か、アウトドアグッズの店に着いた。
此処で一体、なにを……と思ったのだが、貴継は、ランプや水を買い込み始める。
ど……何処に行く気なのですか。
簡易トイレはやめてください、と貴継がカゴに入れたものを眺めていると、
「知ってるか?
金が払えないと、電気やガスはすぐに止まるんだが、水は最後に止まるんだよ。
せめて死なないようにかな」
と乾パンを見ながら、恐ろしげな話をしてきた。
「ど、何処に行く気なんですか」
と怯え訊いたが、
「いや、単に、水はまだ出るかもな、と思っただけだ。
使うこともあるだろうから」
カゴの中にあったランプを顔近くに掲げ、貴継が笑って言う。
「明日実、豪邸に連れていってやる」
美術館かと思った……。
高い門に広い庭。
ゴシック建築のような造りの屋敷。
そこに周囲を見回し、赤外線センサー等が動いていないことを確認して入っていく貴継は、さながら怪盗のようだった。
私はなんだろう。
……挙動不審な下っぱか? と思っていると、
「意味もなくキョロキョロするな。
怪しまれる」
と言われる。
「いや、怪しいですよね、私たち」
と言いながらも、立ち止まるわけにもいかず、明日実は貴継が開けてくれた門を潜った。
「あの……これって、不法侵入では」
そう言いながら、草の生えた石畳の道を歩く。
ヨーロッパ風な庭はかなり荒廃していた。
貴継はその様子を見、渋い顔をして呟いている。
「一度手入れを怠ると、あとが大変なのにな。
ま、いずれ更地にして売るのなら関係ないが。
こっちだ、明日実」
と手招きする貴継は、この家の鍵を持っているようだった。
「よかった」
とほっとして言うと、なにが? と問われる。
「いや、窓を叩き割って入るのかと」
さっきの警戒しながら入る様子を見てたら、そんな気がしていたのだが。
「まあ、センサーが動いてても入れる。
そこの……」
と東側を指差す貴継に、
「いや、説明してくれなくていいです」
と言った。
別に犯罪の手法を聞きたいわけではない。
玄関を入ってすぐのロビーも天井が高く、中央奥に緩やかにカーブする階段があって、まるで劇場かなにかのようだ。
「すごい建物ですね」
「ひいひいじいさんの代から住んでた俺の家だ。
今は違うが」
西側の応接間のようなところに行くと、いい感じに色褪せたソファや趣味のいい調度品があった。
貴継はソファに腰掛け、ランプを取り出す。
まだ暗くはないので、火はつけなかった。
夕暮れの光の中、高い天井を見上げると、シャンデリアには蜘蛛の巣が張っていた。
「この家のせいですか?」
と明日実は訊いた。
「貴方が決まった家を持たないのは」
貴継は答えなかった。
先程の様子からして、今、この家を所有しているのは、貴継の一家ではない。
会社を追われたときに手放したのだろう。
「小金はあるが、それで買い戻せるような家じゃないしな。
……いつか取り戻したいと思って、何処にも定住せずに来たけど。
なんだか今は、ちょっと。
この家が過去の遺物のように感じられもする」
そんなことを貴継は言った。
「荒れ果ててて、かつての面影がないからって言うんじゃないな」
なんて言うか、気持ちの問題だ、と言う。
「仕事もやりがいがあって、毎日、充実してるからじゃないからですか?」
毎日楽しいのなら、もう過去にこだわる必要はないはずだ。
「まあ、ある意味、今が一番楽しいな。
お前が毎日、阿呆なことばかりやってくれるから」
いや、待て、と思った。
もっとも阿呆なことをやっているのは、貴方ですが、と思ったのだが、さすがに今、言うべきタイミングではない気がして、黙っていた。
「俺はこの家にこだわったが、他の家族はみんな前を向いて歩いていった。
だが……」
明日実、と貴継は明日実の手を取る。
「お前に会って気づいたよ。
こだわるべきは、家ではなく、家族だったと。
俺の家族はお前だ。
俺の家はもう此処じゃない。
お前の家だ」
い、いや、それもどうなんでしょうね、と明日実は手を握られたまま、視線をそらす。
「お前の居るところが俺の家だ。
お前とお前が産んだ俺の子どもの居るところが」
「いやいやいや。
だから、まだ、妊娠してませんからっ」
慌てて手を振りながら、
ああっ。
また、まだって言っちゃった、と思っていると、貴継は、
「俺にはお前の未来がわかるぞ。
お前は俺と結婚し、俺の子供を産むだろうっ!
……そうだな。
2、3人っ!」
と明日実のお腹を指差し言ってくる。
大予言っ!?
しかし、迫力のわりには、内容が曖昧だが。
なんだ。
2、3人って……。
「此処でするか、明日実」
はいっ?
なにをですかっ? と思っている間に、貴継は腕をつかんでくる。
「もういいだろう。
俺の父親に挨拶もしたし」
ア、アシカにしかしてませんがっ?
「……嫌なら、お前、今日は、地下の座敷牢で寝ろ」
といきなりそこで脅してくる。
「あるんですか? 座敷牢っ」
「ある。
たぶん、死体も幾つか壁に埋まってる」
いいのか白骨遺体ごと転売してっ。
罪も転売かっ、と思う明日実の腕を引き寄せ、自分の側へと座らせる。
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