ケダモノ、148円ナリ

菱沼あゆ

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ケダモノは、やはりケダモノでした

親が勝手に決めたことだ

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「間一髪だった」
とあとで、カップを下げながら、小声で明日実に言うと、

「なにがですか?」
とやはり小声で訊き返してくる。

 明日実にイルカの安いものとは言え、指輪をはめさせておいてよかったと思っていた。

 明日実が顕人のくれた指輪ではなく、自分のやったものをはめていることで、なんとなく彼女が自分を選んだような雰囲気になる。

 明日実はピンと来ていないようだが。

「じゃあ、そろそろ帰るよ。
 何事もなくてよかった」
と顕人が立ち上がる。

「貴継くん、明日実をよろしく」

「送りますよ」
と言うと、

「……君は帰らないの?」
と訊いてくる。

 今、あの部屋を貴継が使っていることに気づいているだろうに。

「此処にご厄介になってるんですよ、ずっと。
 そのうち、家賃でも入れますよ」
と言うと、

「いや、いいだろう。
 此処は、おばあさまの持ち物だし。

 君は明日実の婚約者だ。
 誰も気にしない」
と言われ、あんた以外はな、と思う。

 玄関を出た貴継は顕人に言った。

「あの指輪、相当したろう。
 明日実は金銭感覚がおかしいのか、よくわかっていないようだが。

 就職祝いにポンとやるようなものではないようだが」

 顕人は黙っている。

「結婚相手への指輪のついでにあれを買ったんじゃなくて、逆じゃないのか?

 明日実の指輪を買うついでに、そりゃ、結婚相手にも買わなきゃなって感じだったんじゃないのか?」

「……彼女への指輪は買っていない。
 婚約指輪も結婚指輪も母親と二人が見に行って決めたそうだ。

 俺は金を振り込んだだけだよ」
と顕人は言う。

「あんた、なんで、明日実になにも言わずに、他の女と結婚するんだ?」

 あの指輪を見てから、ずっと疑問に思っていたことを訊いてみた。

「結婚は親が勝手に決めたことだ。
 逆らわなかったのは……

 俺は明日実の、実の兄だからだ」

「今、なんか言ったか?」

 聞き違いか? と一瞬思った。

「俺は明日実の兄なんだ。

 ……たぶん」

 明日実は知らない、黙っとけ、と言って顕人はエレべーターに向かい、歩いて行った。
 


「お帰りなさい。
 おにいさまは帰られましたか?」

 いろいろ考えていた貴継だが、明日実と目を合わせた瞬間には笑っていた。

「……なんですか?」
と明日実が赤くなる。

「いや……。
 いいもんだな、お帰りって言われるの」

 やっぱり、此処が俺の家だ、と明日実の腰をつかまえ、抱き上げる。

「ひゃっ。
 もうっ。
 なんなんですかっ」
と言う明日実に、

「一緒に風呂に入るか」
と言うと、

「嫌ですよっ。
 家で一緒に入るくらいなら、まだ、温泉の方がまだよかったです」

 大自然の中の混浴とかなら、まだ、と言ってきた。

「どんな露出狂だ。
 他の男に見せたいとか」

「貴方が混浴って言ったんですよ」

「家族風呂だ」
「同じです」

「同じじゃない。
 お前が見せていいのは、俺だけだ」

 そこで、
「まさか、『おにいさま』には見せてないだろうな」
と言うと、

「えっ、なっ、なにをですかっ?」
と動揺する。

「裸だよ」

「それは見せてますよ」

 おいっ、と思ったが、
「だって、小さな頃から一緒ですから」
とケロッとした顔で言ってくる。

「お前にとってのおにいさまってなんだ?」

 明日実は少し考え、
「大好きな方です。
 大事な方です。

 いつも私を守ってくださって。
 幸せになって欲しいと思います」
と微笑む。

 難儀なもんだな、と思っていた。

 明日実は妹だと言ったときの顕人の顔を思い出していた。

 あの男はいつ、それを知ったんだろうな、と思うと、ちょっと同情してしまうが。

「愛してるよ、明日実」
とその頬にキスをする。

 明日実は赤くなっていたが、前程抵抗はしてこなかった。

 ふふふ。
 しめしめ。

 段々、鈍くなってきたな、と思う。

 毎日やってるうちに、それが当たり前になってくるに違いない。

「よし、じゃあ、一緒に風呂に入ろう」

 調子に乗って言ってみたが、
「……一人で入ってくださいよ」
と睨まれた。



 ベッドに腰掛けた明日実は暗がりで、棚の指輪を見ていた。

 イルカの指輪は枕許に外し、目を閉じる。

 時折、マンションの下を走る車の音を聞きながら、明日実は眠りに落ちた。


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