ケダモノ、148円ナリ

菱沼あゆ

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ケダモノは、やはりケダモノでした

すみません。ぼんやりしてましたっ

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 月曜日。

 昨日早く寝たのに、まだ眠いなーと思いながら、明日実はパソコンを打っていた。

 まだ職場に慣れたわけでもないのに、早くもダレて来たのだろうかな、と思いながら、欠伸を噛み殺す。

「うっ」
と明日実は声を上げた。

「どうした?」
とたまたま近くを通りかかった貴継が訊いてくる。

「部長、Mac様的には名前は生絵らしいです」

 Mac様は、よく変な変換をしてくるので。

 きっとパソコンの中に外国の人が住んでいて、一生懸命日本語を探して表示しているのだろう、といつも思っている。

 しかも、寝ぼけて、変換された文字をよく見ないまま、コピーしてしまったので、上から下までずらっと、

 生絵
 生絵
 生絵
 生絵
 生絵
 生絵
 生絵
 生絵
 …………

と並んでいる。

「……ホラーみたいだな」
と明日実のデスクに手をつき、上から画面を覗き込んで、貴継が言う。

 近い、近い。

 近いですーっ。

 っていうか、この人、いつも他の女性社員にもこんな風にしてるのかな、と不安に思う。

 そのとき、
「部長、すみません。
 ちょっと」
と離れたデスクの若い男性社員が手を上げ、貴継を呼んだ。

 貴継はすぐにそちらに行き、画面を確認し、うん、と頷く。

「そうだな。
 悪くない。

 だが、如何にも前年度のをコピーしましたみたいなのもどうかな。

 まあ、このままの方が間違いはないが。

 すぐいちゃもんつけてくる奴居るからな」
と良いながら、この間自分にしたように、彼の後ろからマウスをつかみ、動かしている。

 あ、男でもやるんだ……。

 やはり、特に深い意味はないらしい。

 嬉しいような、悲しいような。

 まあ、仕事中は別人だもんな。

 颯爽として、格好いいといえば、格好いいかな、とつい、手を止め、眺めていると、

「ありがとうございますっ、部長っ」
と男性社員は最敬礼だ。

 貴継が振り返り、二、三、いちゃもんをつけられない文章の作り方について語っていた。

「ありがとうございますっ。
 感激ですっ」

 体育会系か。

 なんだか、人事部という厳しい部活動のような気がしてきた。



 お昼休み、美典たちと社食に行く。

 貴継は行かないようだった。

 何故、貴継が滅多に社食に来ないのかわかった。

 口に合わないのかと思っていたら、昼も仕事をしているからだった。

 他の課に残業するなと言ってる手前、人事は残業しづらいからなー。

 どうせ、貴継さんたちは残業代つかないけど。

 部下に早く帰れという手前、自分ばかり残れないのだろう。

 なので、忙しいときは時間のやりくりが大変なようだった。

 社食は今日も混んでいて、大和たちも列に並んで居た。

 あ、私を罠にはめようとした、IDカードをつけた小人さんだ、と思いながら、挨拶をし、後ろに並んで、カレーの食券を買う。

 美典が、
「明日実、カレー?
 カレーの列早いから、席とっといてよ」
と定食の列に並びながら言ってきた。

「了解。
 五人ねー」

 空いてるかなー? 五人いっぺんに座れるとこなんて、と見回すと。

 ……空いていた。

 黒崎部長のテーブルが。

 みんなで、早く食べて何処かへ出かけるのか、部下たちは食事を終え、部長に頭を下げては、忙しげに戻っていく。

 うう。
 あそこしかない。

 そして、ぼんやりしてると、すぐに他の人に取られそうだ。

 そのとき、同じくカレーを食べていた黒崎と目が合った。

「待ちなさい。
 すぐ食べ終わるから」
と言われてしまう。

「し、失礼します」

 離れた場所に行くのもな、と思い、明日実は黒崎部長の前にトレーを置いた。

「……ボンクラ家の嫁か」
と黒崎が溜息をついたので、つい、

「お父様はともかく、貴継さんはボンクラじゃないですっ」
と言ってしまって、はっとする。

「いえ、あの、お父様がボンクラだと言っているわけではないんですが」
と慌てて訂正したが、黒崎は、

「いいや、あれはボンクラだった」
と断言する。

 はあ。

「頭はいいのに、やる気がなかった。

 昔から、三代目が会社を潰すというが、三代目でもないのに、今にも潰しそうだった。

 クーデターが起きて当然だ。

 みんな生活がかかってるんだからな。
 あいつは道楽で仕事やってたのかもしれないが」

 イルカの調教は上手いようだが、と呟くので、

「アシカです」
と言い換えた。

 黒崎は左の薬指にはまっている明日実のイルカの指輪を見ながら言う。

「あのぼーっとしたキャラがあのアシカと合ってるな。
 どっちも似てる。

 孫が喜んでいた」

 黒崎の言葉に、
「キャンディさんは、きっと大スターになりますよ」
と言いながら、

 あれっ?
 左手の薬指にはまってるっ!?
と今気づいた明日実は、リングを凝視する。

「……あんた、いい嫁だな」

 は? と明日実は顔を上げた。

「あんたみたいな嫁がいいのかもな。
 あんまりエリートでもなく、諸芸百般に精通していなくとも、いつまでも初々しくて」
と言ってきた。

 いや、何故私がなにもできないと決めつけますか、と思ったのだが、黒崎は構わず、

「ボンクラもアシカを見る目はあるようだが。
 息子は女を見る目があったようだな」

 じゃあ、と言いたいだけ言って、去っていってしまう。

 ……はあ、と明日実は、それを見送った。


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