ケダモノ、148円ナリ

菱沼あゆ

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ケダモノは、やはりケダモノでした

恐ろしい男だ……

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 なんとなく怖い男だ、稲本顕人、と貴継は思っていた。

 とりあえず、明日実を見る目つきが怖い……。

 よくこれで今まで明日実は気づかなかったな、と思う。

 まあ、鈍いからな。

 就職試験を受けに此処に来たときも、俺が今の顕人みたいに、ストーカーのように物陰から見ていたのにも気づかなかったようだし。

 そんなことを考えながら、
「お前、本当に明日実が好きなんだな」
と顕人に言うと、

「好きだ。
 でも無理だ。

 俺はあいつの兄なんだから」
と顕人は言う。

「それ、伏せといていいか」
と言うと、

「だから、最初に伏せとけと言っただろ」
と睨まれた。

「そりゃ、伏せとくさ。
 問題なのは、お前が兄だってことじゃなくて、明日実を好きだってことだからな」

「いや……兄だってことの方が問題だろ。
 言えば、お前に有利だし」
と言われ、

「なんでだ」
と言うと、顕人は、なんでだって、なんでだ? という顔をした。

「まあ、兄妹だと、多少問題はあるかもしれないが」

「多少じゃないだろ」

「俺なら、明日実が妹でもひるまない」

「いや……、ひるめ」

 お前おかしいぞ、と今、自分が、最もおかしい、と思っている男に言われてしまう。

「なんでだ。
 法律なんて、昔の人間が勝手に作ったものだ。

 俺は明日実が好きだ。
 明日実も俺が好きだろう。

 これ以外に真実はない」
と言い切ると、

「お前にモラルってものはないのか」
と言ったあとで、……恐ろしい男だ、と呟いていた。

 だが、明日実が居たら、違うところに引っかかっていただろうな、と思ってしまう。

『誰が貴方を好きって言いましたかーっ』

 そう言って、飛び跳ねていたに違いない。

 リアルに想像できるその姿に、ちょっと笑ってしまった。


 
 顕人が去ったあと、席に戻ろうとすると、明日実が書類を手にやってきた。

 ハンコをもらうのを口実に話しかけてくる。

「部長、なんでおにいさまが此処に」

「なにか仕事で大和のところに来たらしいぞ」
と言いながら、ちょうど、ポケットにあったハンコをついてやった。

 そうですか、と明日実は振り返っている。

「まだあいつのことが気になるのか」
と言うと、

「だって、おにいさまですから」
と言う。

「……あいつの結婚相手とか気になるか?」

「おにいさまの婚約者の方は、きっと美人でショートカットで、諸芸百般に優れていて、おほほほほって感じです」
と明日実は淡々と告げてくる。

「なんだ、それは……」

 私の想像です、と明日実は言った。

「妄想の中で、なんで、いつも、その方がショートヘアなのか考えてみました。

 きっと、私がロングだからです。

 おにいさまは私とは正反対の方がお好みなのだろうと思って」

 いや、ど真ん中ストレートにお前がお好みのようなんだが、と思ったが、もちろん言わなかった。

「天野部長」
と声がして、振り返ると、社長が立っていた。

「例の件、そろそろいいよ」
と笑顔で軽く言ってくる。

 明日実の言う通り、俺はこの人に負けてるな、とこんなとき、ちょっと思う。

「わかりました」
と言うと、社長は頷き、去っていった。

 振り返り見ながら、明日実が、
「社長は、あれだけ喧嘩を売られて、よく貴方と普通に口がきけますね」
と感心したように言ってくるので、

「先に喧嘩を売ってきたのは、あっちだ」

 さあ、席へ戻れ、と明日実を追い立てた。


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