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ケダモノは、やはりケダモノでした
なにか企んでいるようだ……
しおりを挟む「さあ、食べろ、明日実」
と貴継はソファでテレビを見ていた明日実の前に寿司を並べてきた。
……が、何故、すべて炙り。
炙りサーモンに、炙り穴子に、炙り海老マヨネーズに、炙りイベリコ豚。
鯛に、たらこまであるな。
しかも、レモンやわさびが美しく盛られていて、芸が細かい。
「美味しいか?」
「美味しいです。
っていうか、お疲れで帰ってらしたのに、お寿司まで握っていただいてすみません」
いや、と貴継は鷹揚に頷く。
「スーパーも楽しかったし、いいだろう」
さあ、たっぷり食べろ、と笑う貴継がなにか企んでいるようで、ちょっと怖い。
「酒も買ったしな」
「最近はスーパーにもいいお酒、あるんですね」
と貴継がテーブルに置いた白い紙に包まれた瓶を見ながら言った。
明日実はあまり詳しくはないが、この酒の名前は知っている。
確か父が呑んでいた。
「よし、呑め。
寿司には日本酒だ」
ほら、と注がれる。
「私、あんまり日本酒は……」
「日本酒嫌いという奴は、何処かで安酒を呑まされた奴だけだ」
俺も昔は嫌いだった、と語り出す。
「だが、酒蔵に行って、酒を呑んだとき、びっくりしたんだ。
日本酒というのが、こんなに美味いものだったのかと」
という訳で呑め、と注がれ、はあ、といただく。
今の講釈のあとでは、とてもじゃないが、断れそうにはなかったからだ。
だが、一口呑んだ明日実は思わず、声に出していた。
「美味しい」
よく、日本酒を呑んで、まろやかですね、と繰り返すレポーターを見て、まろやかってどんな感じなんだろうな。
他に表現ないのかな。
イメージしづらいんだが、と思っていたのだが、いや、まろやかだ。
他に言葉はいらない。
「美味しいです」
と繰り返しながら、いや、まろやかより、もっと悪いな、と思っていた。
ただ、美味しいとしか言葉が出て来ない。
「スーパーに置いてあったのに」
「あそこは保存状態もいいからな。
だが、酒蔵で呑んだ方が美味いぞ。
今度行こう」
と言われ、はい、と言ってしまう。
明日実は寿司とともに、酒も口にしながら、呟いた。
「美味しいですね。
スーパーに置いてあったのに」
「同じセリフを繰り返し出したが、大丈夫か?」
酔ってるのか? と訊かれる。
確かに。
日本酒は普段呑まないので回りが早いような気がしている。
「なんでしょう。
酒蔵に行く約束もしてしまいました。
この間、キャンディさんに、また来ます、と言ってしまったばかりなのに」
「やっぱり、酔ってるな。
うちの親父に言ったんだぞ、それ」
そう指摘されたが、確かに酔っている明日実は構わず、
「あ、親父って言ってますね。
キャンディさんがお父さんじゃなかったんですか?」
と笑う。
「でも、キャンディさんもお父様も同じですよ。
あの二人は一心同体です。
だから、あんな素晴らしい芸ができるんです」
「どうした。
急に、熱弁をふるって」
明日実の脳裏に、楽しげに芸をする貴継の父とキャンディさんが鮮やかに浮かんでいた。
祈るように手を合わせ、明日実は言う。
「私、また行きます。
軽やかに輪っかを受け止めているお父様に会いに」
「うちの父親は投げてる方だが……」
そんなに呑んだか? とてびねりのグラスの中を確認している。
「でも、水族館にも、酒蔵にも一緒に行くなんて、私、ずっと貴継さん居るみたいですね」
「居ちゃ悪いのか」
いえ、と言いながら、明日実はソファの肘掛に頭を預けた。
「いいと思います。
なにかこう、もう貴方が居ない明日が想像できないんです」
頭の上に立った貴継が笑う。
「それは随分と熱烈な愛の告白だな……」
「違います」
と言いながら、明日実は目を閉じた。
瞼が重くて開けていられなかったからだ。
「ただ、なんだかずっと貴方とは一緒に居そうな気がしているだけです」
そう弁解したはずなのだが、
「……うん」
と貴継は余計笑ったようだった。
頭の上の肘掛けに貴継は腰掛けたようだ。
「愛してるよ、明日実」
「簡単にそういうこと言う人は嫌いです」
と目を開けないまま言うと、
「まだ起きてたのか」
と言う。
起きてちゃ悪いのか、と思っていると、
「簡単には言ってない。
お前にしか言ってない」
と言ってくる。
「しゃあしゃあと嘘つく人も嫌いです」
「嘘ついてんのはお前の方だ」
嘘なんてついてません……と思ったが、もう言葉にはならなかった。
眠くて。
おかしいな。
ワインなら、結構平気なのに。
これはいかん、と思っていると、貴継が言ってきた。
「いや、ついてるよ。
お前が好きなのは、おにいさまじゃなくて……
俺だろ?」
誰かが身体の下に手を差し入れ、抱き上げた。
いや、誰かはわかっている。
貴継だ。
そう思ったが、意識は遠のいていった。
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