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ケダモノは、やはりケダモノでした
あなたがいないと落ち着きません
しおりを挟むなんか、落ち着かないなー、と明日実は、ぼんやり貴継の居ないデスクを見ていた。
昨夜、急に安田課長が体調を崩して、代わりに貴継が出張に行くことになったようだった。
部下の代わりにか。
いいとこあるな、と思っていると、
「だからあのー、佐野さん。
何処見て打ってるの?」
と声が聞こえた。
振り返ると、いつぞやの男性社員が立っている。
「え?
何処か違いますか?」
と言うと、
「いや……何処も違ってはいないんだけどね」
大丈夫かな、この新人、という顔で苦笑いされてしまった。
会議と会議の合間、自動販売機の前で、休憩していた貴継は、ふと気づく。
ガラス張りの店のことばかり心配していたが。
考えてみれば、社内にも危険な奴らが山と居るじゃないか。
栗原とか、栗原とか、栗原とか。
それと……
「大和とか?」
と声がして振り向くと、笹原が立っていた。
「……何故、俺の考えてることがわかった」
と言うと、
「お前のことなんてお見通しだよ。
そんなに落ち着かないのなら、さっさと結婚でもしたら?」
と言ってくる。
「出来るものならしている」
「あれ?
珍しい。
相手にされてないの?」
と笑われた。
大和に対しては、しょっちゅう思っていることだが、
笹原に対しては、初めて思ったな、と思う。
……殴り殺したい。
「らしくないね。
ぼんやりしないで。
ほら、行くよ」
と社内では唯一自分を見下ろせる男、笹原に首根っこをつかまれた。
「お前の好きな言葉なんだっけ?
社員なら、会社のために働け。
アリのように働け。
せっせと働け。
……ねえ、あれって、冬場は寝てていいって話?」
「違うだろ……」
と言いながら、引きずられていった。
定時に仕事が終わった明日実が玄関ロビーまで降りてきたとき、
「お疲れー」
とちょうど先輩について外回りに出ていたらしい栗原が帰ってきた。
「お疲れさまです。
お疲れさま、栗原くん」
と先輩と栗原に頭を下げる。
「お疲れさま。
人事の佐野さんだっけ?」
とその大和ではない営業の先輩に挨拶された。
「はい。
人事部付ですけど」
はは、と苦笑いして言いながら、貴継の言葉を思い出していた。
『近いうちにいろいろあるんだ。
そのために、お前を人事部付にしたんだ』
いろいろってなにーっ?
と今、改めて、空恐ろしく思っている明日実の目の前で、その先輩が、
「おい、栗原。
お前の同期は美女ぞろいだな」
今度、同期会呼んでくれ、と無茶を言っている。
「他は知らないですけど。
佐野さんは決まった相手が居るっぽいですよ」
といなきり、栗原が言い出し、ええっ? と明日実は彼を見た。
「と、特に居ませんが……」
と言うと、
「え?
そうなの?」
と栗原がこちらを振り向いた。
「いや、全然、浮ついたところがないから、学生時代から決まった相手とか居るのかと思ってた」
「そういや、薬指に指輪やってるじゃん」
と先輩が明日実の手を見て指摘する。
「いえ。
これは単に、寝てる間に、薬指に、はめ直されてただけで」
うっかり、そう言ってしまい、へー……と呆れ顔で見られた。
「えっ?
私、今、なにか変なこと言いました?」
「言いました。
やっぱり彼氏居るんじゃん」
あっ、そうか。
今のおかしな意味に聞こえるな、と気づき、
「違うんですっ。
単に……」
単に一緒に住んでるだけですっ。
と言い訳しようとして、いや、これだとドツボだな、とさすがの明日実も気がついた。
「単にうたた寝していたときにですね」
「だから、側でうたた寝できるほど、気を抜いてる男が居るってことでしょー?
っていうか、薬指じゃなくても、男のくれた指輪はめてるだけで、男の方はもう自分に気があると思っちゃうからね」
気をつけなよー、と言われる。
「ええーっ。
じゃあ、外しますっ」
と言ったが、外そうとした瞬間、記号化されているが故に、あどけなく見える、丸い目と微笑んでいる口のイルカと目が合った。
イルカが自分を見て、微笑んでいる……
微笑んでいる……
「はっ、外せませんっ」
と思わず言うと、
「あーあ。
決まった相手が居るのか。
あずみん、一番人気なのに」
と栗原が言ってくる。
え? と顔を上げた。
「あんなおかしな芸をしたのに?」
と思わず訊いてしまい、先輩に、
「おかしな芸って、なに?」
と訊かれてしまう。
栗原は笑い、
「あずみんは、なんと、お金を増やす芸が出来るんですよ」
と言い出した。
「……やめて。
栗原くん」
トラウマ増やさないで……。
しかし、貴継さんめ、あの芸のお陰で私が人気がないとか言っておいて。
いや、別にあってもなくても、どうでもいいんだが。
同期の誰かと付き合うなんて、今は、全然想像もできなかった。
「じゃあ、お先に失礼しますー」
と早々に二人と別れたが、背後から、
「佐野さんが一番人気なんだ?
やっぱ、可愛いから?」
「面白いからみたいですよ」
という会話が聞こえてきた。
……聞かなかったことにしよう。
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