ケダモノ、148円ナリ

菱沼あゆ

文字の大きさ
52 / 73
ケダモノは、やはりケダモノでした

勝手なこと言わないでください~っ

しおりを挟む
 
 駅に着いた明日実は、朝、ロッカーに入れておいたお泊まり用の荷物を取り出し、電車に乗った。

 貴継にはああ言ったが、久しぶりにお泊まりに行くのも悪くない、と思っていた。

 美味しいケーキを買って行こうっと。

 ……あと、体力も溜めてから行かないと。

『助かるわー、明日実。
 子どもたちの相手してよ』
とか言ってたからな……、と泊まりたい、と電話をかけたときのことを思い出していた。



 ようやく一日目の会議が終わり、笹原が行きたいという人気の店の列に並ばされた貴継は、明日実に電話をしていた。

 だが、何度かけても出ない。

「もうやめなよ。
 まるでストーカーだよ。

 僕が女ならドン引きだよ」

 そう横で笹原は言ってくるが。

「いや、お前が女なら、そもそもかけない」
と言いながら、もう一度だけかけてみようと、と思ってかけた。

 だが、出ない。

 そのうち、順番が来て、店に入り、貴継たちは、カウンター席に座った。

「美味しいね、味噌カツ。
 夜は、お前の言う通り、味噌カツにしてよかったよ。

 ……貴継?」

「そうだな」

「あのー、さすがの人気店の人も不安になるくらい渋い顔するのやめて」

 カウンターだよ? と言われる。

 何故、客が店の人間の機嫌を窺わねばならんのだ、と思ったが、確かに、目の前の店主が、

 ま、……まずいですか?
と言いたげな、不安そうな顔でこちらを見ている。

 さすがに申し訳なくなり、
「美味しいですよ」
と無理やり笑顔を押し上げ、言ってみた。

 いや、本当に美味しかったのだが、電話に出ない明日実のことが気になって仕方がなく、どうしても笑顔が出てこない。

 急だったし、時間がなかったから、何処に泊まることになったのか確認しなかったが、あの感じでは、実家などではないようだった。

 ……何処に行ったんだろうな。

 疑うことを知らない莫迦だから、顕人の実家にでも行ったんじゃあるまいな。

 あー、また莫迦って言いましたねーっ、と飛び跳ねる明日実の心地のよい声を思い出していたとき、カウンターに置いていたスマホに着信した。

 明日実だ。

 箸を置いて、引ったくるようにそれを取る。

「明日実っ。
 今、何処に居るっ!」

 店主が、ああ、という顔でこちらを見ていた。

 彼女か、嫁に逃げられた男とでも思われたようだ。

 だが、今はそんな周囲の自分に対する視線を気にしている余裕もない。

 何故、電話に出ないっ、と問い詰めそうになったが、ドン引きだ、という笹原の言葉を思い出し、ぐっと堪えた。

『鏡花さんのところですー』

 聞いてるだけで気が抜けてくるような明日実の声がした。

 後ろでは子どもたちが騒いでいるようだ。

「……案の定、莫迦だな、お前」

 は? と明日実は言う。
 やはり、わかってはいないようだ。

「そここそ、奴が来るんじゃないのか」

「なに?
 噂の顕人さん?

 ゾンビ並みの扱いだね」
と笹原は笑っているが。

「帰る」

 今にも顕人が来るかもしれない場所で、呑気に子どもに馬にされて乗られているような明日実と話していても、埒があかない。

 スマホをしまい、立ち上がると、ええっ? と笹原が振り返る。

「本気?」

 椅子にかけていた薄手のコートを取りながら、
「大丈夫だ。
 明日の会議に間に合うように戻るから」
と言い置いて、貴継は出て行った。



 初めて見たぞ、貴継が仕事より女を優先させるの。

 いや、こいつのことだから、ちゃんと明日の会議までには帰ってくるだろうが。

 仕事が第一で、女なんて適当にって感じだったのに。

 お金を置いて、本当にさっさと出て行ってしまう貴継を笹原は呆然と見送った。

 なんだかもう、貴継の意外な情熱が凄すぎて、
「……お幸せに」
としか言えない。

 明日実に聞かれたら、
「なに勝手に言ってんですかーっ」
と怒鳴られることだろうが。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

溺愛のフリから2年後は。

橘しづき
恋愛
 岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。    そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。    でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?

雨の日にやさぐれお姉さんを拾ったと思ったら胃袋も心も掴んでくるスーパーお姉さんだった

九戸政景
恋愛
新人小説家の由利美音は、ある日の夜に一人の女性を拾う。太刀川凛莉と名乗る女性との共同生活が始まる中、様々な出会いを果たしながら美音は自身の過去とも向き合っていく。

ソツのない彼氏とスキのない彼女

吉野 那生
恋愛
特別目立つ訳ではない。 どちらかといえば地味だし、バリキャリという風でもない。 だけど…何故か気になってしまう。 気がつくと、彼女の姿を目で追っている。 *** 社内でも知らない者はいないという程、有名な彼。 爽やかな見た目、人懐っこく相手の懐にスルリと入り込む手腕。 そして、華やかな噂。 あまり得意なタイプではない。 どちらかといえば敬遠するタイプなのに…。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

ひとつの秩序

水瀬 葵
恋愛
ずっと好きだった職場の先輩が、恋人と同棲を始めた。 その日から、南莉子の日常は少しずつ噛み合わなくなっていく。 昔からの男友達・加瀬透真は、気づけばやたら距離が近くて、優しいのか、図々しいのか、よく分からない。 好きな人が二人いるわけじゃない。 ただ、先輩には彼女がいて、友達は友達の顔をしなくなっていく。 戻れると思っていた関係が、いつの間にか戻れなくなっている。 これは、仕事も恋もちゃんとやりたいのに、だいたい空回りしている大人たちの、少し不器用なラブコメディ。

数合わせから始まる俺様の独占欲

日矩 凛太郎
恋愛
アラサーで仕事一筋、恋愛経験ほぼゼロの浅見結(あさみゆい)。 見た目は地味で控えめ、社内では「婚期遅れのお局」と陰口を叩かれながらも、仕事だけは誰にも負けないと自負していた。 そんな彼女が、ある日突然「合コンに来てよ!」と同僚の女性たちに誘われる。 正直乗り気ではなかったが、数合わせのためと割り切って参加することに。 しかし、その場で出会ったのは、俺様気質で圧倒的な存在感を放つイケメン男性。 彼は浅見をただの数合わせとしてではなく、特別な存在として猛烈にアプローチしてくる。 仕事と恋愛、どちらも慣れていない彼女が、戸惑いながらも少しずつ心を開いていく様子を描いた、アラサー女子のリアルな恋愛模様と成長の物語。

処理中です...